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第12話:神鳥ガルーダの襲来と、消えた初期装備

――ゴオオオオッ!!!


数百年後の未来レイヤーに生成された、天を衝くほどの超巨大な欠陥山脈。その麓に降り立った私を、容赦のない突風が襲う。

この遮るもののない垂直に近い大絶壁のせいで、周辺の気流が完全にバグって暴走しているのだ。現実の都市部でも高層ビルのせいで発生する「ビル風現象」の、数万倍はタチが悪い超巨大突風である。


「ひゃあ!? なにこの風! スカートが、ミニスカートがめくれちゃいますー!」


私が着ているのは、システムエラーの代替アサインによって強制着用させられた未来レイヤー専用アバター『電脳歌姫(ミライネオン)』の衣装だ。過剰なほどにネオンがギラギラと発光し、信じられないほどミニスカートの丈が短い、ひどく露出度の高いサイバーアイドル風のドレスである。

風が吹き下ろすたびに、ふわりふわりと裾が舞い上がり、生足がこれでもかと露出してしまう。現場の安全基準的には完全にアウトな破廉恥極まりない格好なのだが、残念ながら完全なワンオペ現場の今、私を注意してくれるまともな上司も職人さんもここにはいない。


「もう、歩きづらいなぁ……。風が強すぎて、油断したら身体ごと後ろに持っていかれちゃいますよ。ミネルヴァさん、インベントリに何か杖の代わりになりそうな、地面に突き刺して身体を支えられるオブジェクトって入ってませんか?」


私は歩みを止め、グローブをはめた手を空間にかざして空中ディスプレイの『PAD』をスクロールした。

すると、並み居る素材データの端っこに、見覚えのある長細いアイコンがぽつんと居座っているのが目に留まった。


「あれ? ミネルヴァさん、これって第1話のチュートリアルで、私が攻撃力ゼロのゴミデータだと思ってゴミ箱にポイしたはずの『聖剣のレプリカ』ですよね? なんで実家インベントリに帰ってきてるんですか?」


『アナウンス。前回のエリアデバッグにおいて、ユーザーCが支給品を即座に破棄したログをシステムが検知しました。そのため運営側は、再度の廃棄処分を防止すべく仕様を変更。本日は、システム側でデリート不可オブジェクトとしてロックをかけた、本物の【見習い戦士の大剣みならいせんしのおおけん】を自動再発行し、あらかじめ格納しています』


「あ、なるほど! 運営さん、わざわざ仕様変更してくれたんですね!」


私は納得して、その長細いオブジェクトをインベントリから実体化させた。

ジャキィン!という頼もしい金属音と共に私の両手に現れたのは、ずっしりと重い、平べったくてやたらと頑丈そうな鉄の塊だった。その表面には、何やら等間隔でファンタジーな紋様が刻まれている。


だが、その形状を見た瞬間、私の脳内に電流が走った。


「なるほどなるほど! 前回のレプリカはただのプラスチック製みたいなオモチャでしたけど、これは本物のスチール製『測量用スタッフ(標尺)』ですね! ほら、この表面のギザギザした紋様、どう見ても高さを測るための目盛りじゃないですか! 運営さん、私がこれからこの山の高低差を登山調査するって分かってて、わざわざデラックス版の頑丈なポールを支給してくれたんだ。いやぁ、話が分かる下請け仲間ですねー!」


『……それは攻撃力15に微増した、れっきとした【見習い戦士の大剣】です』


「いいえ、どう見ても自立式の頑丈な測量スタッフです! アルミ製からスチール製にアップグレードされたおかげで、重量感もあって最高に頼りになりますよ。よし、これを杖代わりにして、斜面の角度を測りながら登りますよ〜。トコトコ、ポテポテ」


慢性的にお仕事脳な私はミネルヴァさんの訂正を完全に右から左へ受け流し、攻撃力15の大剣の先端を「測量スタッフ」として贅沢に地面へ突き刺しながら、垂直に近い絶壁へとアプローチを開始した。

ザクッ、ザクッ、と、本物の大剣が素晴らしい耐久度で岩肌を削り、私の身体を支えてくれる。


「うんうん、やっぱり道具は頑丈さが一番ですね! 前工程のうっかりモデラーさんのために、どこが一番グラグラしてるか、バッチリ測量してあげますからねー!」


ネオンをピカピカと輝かせながら、サイバーミニスカドレスの裾をはためかせ、鉄の棒を地面に突き刺して一歩一歩登っていく謎のアイドル。

完全なるワンオペ現場の孤独な登山調査が、ここに幕を開けたのだった。


――バリバリバリッ!!!


山の中腹、標高にしてどれくらいだろうか。かなり登ってきたところで、突然、周囲の空間全体の空気が重く引き締まった。

直後、鼓膜を破らんばかりの凄まじい雷鳴が轟き、目の前の黒い岩肌に紫色の激しい電撃が走り抜ける。


「ひゃあ!? なに、今の地絡事故みたいな音は!?」


私が思わず足を止めて頭上を見上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。

遥か上空の雲が、まるで巨大な刃で切り裂かれたかのように真っ二つに割れ、そこから眩いばかりの黄金の光が溢れ出していたのだ。


――キエエエエエエエーーー!!!


天を震わせる、あまりにも雄大で、そして凶暴な鳥の鳴き声。

雲の割れ目から姿を現したのは、翼を広げれば数十メートルはあろうかという、全身にバチバチと雷を纏った黄金の神鳥だった。その鋭い眼光が、正確に地を傷つける私を捉えている。


『警告。当該エリアのボスオブジェクト【神鳥ガルーダ(しんちょうガルーダ)】が接近。ユーザーCを明確な排除対象としてロックオンしました。激しい戦闘行動が予想されます』


「ええっ!? ボス!? 嘘、ここ様子見の巡回クエストじゃなかったんですか!?」


私の驚きを無視して、空に君臨するガルーダが傲然と羽ばたいた。その翼から、無数の風の刃と、極大の雷撃が雨あられと降り注ぐ。


『愚かな地を傷つける虫どもよ! 我が絶対の聖域を穢した罪、その身に刻むがいい! 我が雷に焼かれ、塵と消えよ!!』


ドガガガガガーン!!!


周囲の岩石が爆音と共に粉砕され、破片が四方八方へと飛び散る。私は「ひゃあああ!?」と悲鳴を上げながら、手にした測量ポールを抱えて必死にワタワタと逃げ惑った。


「痛い痛い! 痛くはないけど音が怖いです! ちょっとミネルヴァさん、この現場、安全対策の架空地線や避雷針が一本も立ってないですよ! こんな落雷リスクの塊みたいな不安全状態で、労働者に生身で作業を強いるなんて、労働安全衛生法違反ですー!」


『仕様です。相手は自然現象の雷ではなく、エネミーの攻撃属性としての『雷撃』です。建築基準法や労働安全衛生法の管轄外となります』


「管轄外とか言ってる場合ですか! そもそもあの大きな鳥、何なんですか! 巣を作るなら、建築許可を取ってからまともな土台の上に作ってください! あんな不安定なツンツンした山頂に巣を作ったら、風でパタンといったときに共倒れになっちゃうじゃないですか!」


ガルーダは空高くを優雅に旋回しながら、地上の私を見下して完全にイキり散らしている。

遠距離から一方的に風の刃と電撃を撃ち込んでくるその姿は、まさにファンタジーの絶対強者そのものだった。


しかし、どれだけ激しく雷が地面を叩き割ろうとも、私には一切のダメージが届いていなかった。

なぜなら、私が着ているネオンドレス『ミライネオン』が、ガルーダの攻撃が掠るたびに、ピカピカピカーッ!と五色に怪しく発光していたからだ。


「……あれ? そういえば、全然熱くないし、痛くもないです。それどころか、雷が直撃したはずなのに、あの独特のパチパチする静電気の不快感もゼロですよ?」


私は足を止め、自分の衣装を見つめた。

ガルーダの放った特大の雷撃が、まさに私の脳頭頂部へと吸い込まれるように直撃した、まさにその瞬間。

ドレスの表面にバチバチと眩い光の粒子が走り、凄まじい爆煙が周囲を包み込んだ。


『ハハハハ! 我が絶対の雷撃に焼かれ、塵と消えよ!!』


ガルーダの高笑いが山霊に木霊する。

だが、モクモクと立ち込める黒煙の中から、ネオンをこれでもかと点滅させた私が、煤ひとつついていない綺麗な姿で、何事もなかったかのようにポテポテと歩き出てきた。


「……すごいです! ミネルヴァさん、やっぱりこのドレス、完璧な絶縁・耐火仕様の防護服ですよ! 見た目は破廉恥でミニスカートすぎて露出の極みですけど、現場の安全性能としては間違いなく一級品ですね! 静電気も熱波も全部シャットアウトして、自動クリーンアップ機能で汚れまで弾いちゃうなんて。さすが未来のテクノロジー、衣服の廃棄ロスを減らす省エネ省資源な超エコ防護服です!」


私は自分の服の性能に目を輝かせ、グローブをはめた手を叩いて大絶賛した。


一方、その光景を特等席から見ていたガルーダは、あまりの異常事態に、その鋭い眼球を大きく見開いて硬直していた。


『……バ、バカな!? 我が神話級の最高火力の雷を直撃させておいて、掠り傷ひとつないどころか、煤汚れすらその場で『消去』しただと……!? い、一体全体どんな神の絶対結界を張っているのだ、あの電脳の小娘は……!?』


ガルーダにとっては、自身の存在証明とも言える最大最強の神罰。それが、地上にいる奇妙なアホの子にとっては、「作業着の汚れ落としテスト」の検証データにすらなっていないという、最悪の格付けの落差がそこに完成していた。

神鳥のプライドは文字通り粉々に粉砕され、その全身から冷や汗のような魔力が噴き出す。


「ミネルヴァさん、あの大きな鳥、さっきから上空でウロウロ飛び回って、風と雷をバリバリ乱発してくるせいで、山の斜面にカーソルが合わせづらくて仕様特定(測量)の邪魔なんですけど!」


『仕様です。相手はあなたを討伐しようとしています。ユーザーCの認識が「測量の邪魔」という一点に終始していることの方が、システム的にはエラー(狂気)の領域です』


「もう! せっかく前工程のうっかりモデラーさんのために、リフォームの親切な設計図を立てに来てあげたのに! あの鳥、現場の不安全行動も含めて、ちょっとお行儀が悪すぎます!」


私はぷんすかと怒りながら、逃げ惑うステップをさらに加速させる。

まだ私の右手には、持ち上げることすらできずに地面をずるずると引きずることしかできない、初期装備の邪魔な大剣が握られたままだが、そんな野蛮な鉄の塊のことはもう意識の隅に追いやっていた。


「こうなったら、攻撃を華れたステップで避けながらでも、あの壁の内部構造と弱点を力技で引っ張り出してあげます!」


私は空いた左手のグローブを、力強く空中へと突き上げた。

ガルーダが「ヒッ……!? 次は何の神聖魔術を放つ気だ……!?」と恐怖に羽を震わせる。


起動システム・オン――CADモード!!」


私の瞳の中に、鮮やかなブルーのグリッド線が走る。

次の瞬間、視界を覆っていた真っ黒な巨大山脈が、その外皮を透過させ、青く輝く無数の直線と曲線で構成された『構造三次元ワイヤーフレーム』の姿へと一瞬で変貌を遂げた。


プロの解体屋、そしてゼネコンOLの視界が、ついにこの狂った欠陥建築の「本質」を捉える――。

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