18話 トイレの住人
清隆の親父は俺の親父、つまり 「穂川周平」 なんだけど、母親がどんな人かは知らない。今どうしているのかも知らない。けど清隆がうちにいるってことは、ま、だいたいの見当がつくってもんだ。それが親父とうちの母親と話し合って決めたことだったとして、清隆にとっては同じことだ。だから俺は、一度も清隆に、奴の母親のことを訊いたことがない。
清隆も話したことはない。もちろん話したくないのか、それとも本当は話したいのか？ わからないけれど、出来たら母さんの前ではやめて欲しい。別に俺は話を聞くくらいならいいけど、でもやっぱり母さんの前ではちょっとね。
だから親父と別れて、清隆を手放して、今頃は別の誰かと再婚しているかもしれない清隆の母親のことを、俺はなにも知らない。ひょっとしたら写真の1枚くらい持っているのかもしれないけれど、見せてもらおうなんて気はない。そんな気にもなれないよな。
でもさ、2人は駄目だろ？
親父の奴、何回浮気すれば気が済むんだよ。どんだけ母さんを怒らせたら気が済むわけ？ もうさ、地獄の釜で永遠に茹でられてろよ。死ぬまで鬼になます斬りにされてろ。
もう死んでたっけ……
そんなこんなで2人目の隠し子発覚……いや、まだ確定じゃないけどさ。確定寸前ってところかな？ もちろんまだわからないことはてんこ盛りで、おかげで俺は消化不良を起こしてる。
不覚にもトイレの住人になってしまった……
いや、別に腹下したとかじゃないけど。なんか考え事をするのにトイレって丁度よくて、つい。そう、つい、だよ。
「さっさと出てこいや！」
トイレの外で清隆が怒鳴ってる。ドアまで蹴って……はいはい、今出ますから、ドア蹴らないで。開けられないから、そこどいて。うちの廊下、そんなに広くないんだから。でっかい図体で塞いでるんじゃないよ。ほら、どけっての。
ドアを開けたすぐそこには、ま、予想していたけど、すっげぇ形相の清隆の顔があった。
だからどけって、邪魔だから。出られないでしょ。清隆君、おトイレ行きたいんでしょ。代わってあげるから、そこ、通して頂戴。
ってかお前、腹でも下してんの？
もちろんそんなこと、疑問に思っても口には出さないけどさ。そう、出してないんだよ、俺は。言ってないのに清隆の奴、すれ違いでトイレを出ようとした俺を突き飛ばしてトイレに押し戻すと、自分も入ってきやがった。しかも鍵まで掛けてるよ。後ろ手に、間違いなく鍵掛けやがったよ。
なに、この状況
なんで俺、清隆とせっまい家の便所に籠もらなきゃならないわけ？ しかも、わざわざ鍵なんて掛けなくても、清隆がそこに立ってると俺、出られませんから。そんなことしなくても出られませんから。
それとも何？ 外から援軍でも来ると思ってるわけ？ いいや、来ないから。絶対来ないから。家には今、俺と清隆の他に母さんもいるけど、母さん、呑気に風呂入ってるから。あの人長風呂だから当分上がってこないし。さっき入ったばっかりだから、まだ1時間くらいは出てこないし。いや、まぁ出てきても助けてなんてくれないから。
そういう人だから
清隆君、おトイレは1人でしてください。このおトイレは1人用です。お兄ちゃんは外に出ますから。いや、お兄ちゃんは外に出たいです。出してください。
お願いだから出してよ！
こんだけ頼んでも聞いてくれないのが清隆だ。
突き飛ばされた勢いで便座に座り込んだ俺の胸ぐらを掴んで、すっげぇ近くで睨んでます。怖いです。これがさ、学校のトイレだったら間違いなく私刑だよ。もうさ、何が楽しくて家のトイレで弟に私刑にされなきゃならないわけ？
「おいマサ、お前、何か隠してるだろ？」
はい、隠してます。だから黙ってたんだけど、見逃してくれるわけないよな。ほんと、清隆ってゴーイングマイウェイ過ぎるから。
どこまでも我が道を邁進！
協調性よりも独創性を重視する性格だから。こういうところ、やっぱ母さんに似てるんだよね、血はつながってないはずなのに。で、半分だけ血が繋がってる俺とは、こういうところが正反対なわけ。ほんと、氏より育ちとはよくいったもんだね。
「トイレが壊れるからやめろって」
とりあえず 「まぁるい雅孝君」 は、近すぎる清隆の顔を押し戻してみた。こんな狭いトイレで暴れられたら逃げ場がないし、いや、すでに逃げようがないんだけどさ。胸ぐらしっかり掴まれてるし。足まで踏まれてるし。それもしっかり両足踏まれてるし。だから穏便に済ませようと思ったんだけど、ほんの一瞬、本当に一瞬だよ。頭突きでも食らわしてやろうか、なんて恐ろしい考えが頭をよぎったりしたけど……
清隆の顔が丁度いい位置にあったから、つい
この時はなんとか誤魔化せたんだけど、物凄く苦労してトイレからも出られた。それなのに翌朝、またあの子……多分雪緒って名前で合ってるんだろうけど、本人にちゃんと確かめたわけじゃない。だからとりあえず 「あの子」 って呼んどくけど、その 「あの子」 が家の近くに来ていた。しかも清隆と何か話してるし。
やっぱ清隆狙いだったわけ？
例の手紙はあの子じゃなくて、別の奴が持ってきたってこと？ よくわからないけど、なんか揉めてる感じだったし、とりあえず知らん顔をして別の道を行くことにする。ほら、邪魔しちゃ悪いし。そりゃちょっとは気になったけど、ここは気付かない振りをするのが一番だって。清隆も多分、俺には見られたくないだろうし。
大丈夫、彼女に密告したりしないから
学校に行くにはちょっと遠回りだけど、ま、行き着けないわけじゃないし、遅刻するほど遠回りってわけでもない。なんて思いつつ、やっぱ清隆たちの様子が気になっていた俺は、よそ見してて知らないオッサンとぶつかった。
すいません
つづく……結局出歯亀根性丸出しじゃん、俺。むっちゃ格好悪いんですけど。しかも人にぶつかって……朝から縁起悪ぅ～。
でも、ま、この物語はフィクションだし、いっか。いや、格好悪いけどさ……
