拒絶と、自分の心を見つめること
「ほかに心に決めた人がいるんだ」俺は結衣にそう告げた。「今の俺には、君の気持ちに誠実に応えることはできない。ちゃんとできないなら、君を受け取ることはしない。最後まで、まっさらなかたちでなければ。だから信じてほしい。君の気持ちは、ちゃんと届いている」俺は続けた。「感謝してる。君が自分を貫いてきたことが、たまらなく好きだ。君のことは、心から大切に思っている、結衣。だからこそ、あとじゃなくて、今こうしているんだ」
「じゃあ、また待つってこと?」
「違う」否定の言葉は、一点の曇りもなく口から出た。「待つことから、君を解放する」
「ほかに守りたい人を見つけたの?」
「選びたい人を見つけたんだ」俺は訂正した。その違いが大事だったからだ。「琴音のためにしてやりたいことが、まだある。俺と同じように、未来を閉ざしていた子なんだ。俺たちは一緒にぐるぐる回り続けたけど、メリーゴーラウンドみたいに、結局は出発点に戻っていた。進んではいても、外の世界では何も前に進んでいなかったんだ。君は、その乗り物から降りて、現実がもたらす怪物に立ち向かう方法を教えてくれた。痛くても、ちゃんと目を逸らさないことを教えてくれたのは、本当にすごいことだ。でも、心が別の誰かに向いているのに、君がくれたものを言い訳にして、君をそばに置いておくつもりはない」
「つまり……私はずっと大事だった。で、その子は、今なんだ」
「君は『劣っている』わけじゃない。君は結衣だ」
「私、この気持ちをどうすればいいの?」
「好きにしていい。持っていてもいい。燃やしてもいい。俺を憎んでもいい。俺が決めることじゃない」次の言葉をもっと重く、もっと確かなものにするために、俺は間を置いた。結衣がすがりつける抜け道を残すつもりはなかったからだ。「偽りの希望を背負わせはしない。これからも君には俺の人生にいてほしい。でも、俺があげられない恋人としてじゃない。守れない約束としてでもない」
「それで、琳太郎はどうするの?」
「君が降り方を教えてくれたあの乗り物から、俺はもう降りた。俺たちは、世界が俺たちを知るより前から、互いのものだった。君は、俺があざだらけで醜かったときに来てくれた。今の俺は、そのどちらでもない。選ぶのが痛いからといって、それを避けるのは、もうやめたんだ」
「……こんなの嫌。こんなに近いのに。だって、琳太郎なんだよ」
「わかってる」俺は滑らかに答えた。「だからこそ、楽で、汚いほうのやり方はしない。君を、俺がゆっくり壊していく誰かに変えてしまうくらいなら、この瞬間を憎むほうがいい」
結衣の目が潤んだ。そんな自分に、腹を立てているのがわかった。
「もう二度と、時間に選ばせはしない」俺は付け加えた。「俺の恐れにも。君の涙にも。過去にも」
「わかった。わかったよ。じゃあ……じゃあ、これはどうすればいいの?」心を決めるより先に、手がポケットへ動いていた。今すぐ触れておかないと、それが消えて、最後の証拠まで一緒に持っていかれてしまうと恐れているみたいに。一瞬、それは震える手のひらの中の鈍いきらめきだった。やがて、指が開いた。
金色の指輪。あの指輪だ。子どもの頃、俺が結衣に贈ったもの。金はなかったけれど確信だけはあって、差し出せるものが自分の手と言葉と、そこにいることしかなかった頃に。
今の結衣にはもう小さすぎて、その表面は時間にすり減ってやわらいでいた。スラムも飢えも生き延びて、誇り高く帰ってきた、ひとつの円。
証拠品のように、それが二人のあいだに掲げられた。
「これ、捨てればいいの?」鋭く、勇ましく、おどけてみせようとした声は、むき出しの本音へと崩れ落ちていった。「ポケットに戻して、何もかも乗り越えるあいだずっと持ってたことなんて、なかったふりをすればいいの? たった今、俺は君のものにはなれないって言った男のための、みじめな祠みたいに、取っておけばいいの?」
俺は手を伸ばさなかった。腕の筋肉という筋肉が張りつめ、距離を詰めて結衣を胸に引き寄せろと叫んでいた。俺も覚えていると伝えて、世界がまた意味を成すまで、俺のシャツにもたれさせてやれと。だが、俺は踏みとどまった。今触れるのは、また別の種類の盗みになる。
子どもの頃から愛してきた少女を見つめ、俺は自分の中の炎を見せた。世界も、俺の決断も、完璧に筋が通っていた。
「結衣」俺は言いかけた。
名前を呼ばれて、結衣はびくりとした。そして、自分自身にできるいちばん残酷なことを、そしていちばん勇敢なことをした。小さな指輪を、指先にはめたのだ。
「見て」ささやき声だった。「まだ、ちゃんとある」
「その指輪は、一度も鎖なんかじゃなかった。俺たちに何の借りもない」
「そんなこと聞いてない。これがまだ全部だって感じるのに、どうすればいいのかって聞いてるの」
「確かに全部だった。俺が君のものだって意味だった。君が俺のものだって意味だった。そして、世界は俺たちに手出しできないと思えるくらい、俺たちが馬鹿だったって意味だった。でも、それに君の未来を決めさせる必要はない」
「じゃあ、誰が決めるの?」
「君だ。今ここに立って、地平線を見ている君自身だ」俺はその視線をとらえ、ためらうことを拒んだ。「それが君の幸せの象徴なら、持っていればいい。君を傷つけているなら、手放せばいい。でも、俺のせいで、自分にかける南京錠にだけはしないでくれ」
結衣の指が、守るようにそれを包んだ。「それでも持っていたら? 南京錠としてじゃなくて。ただ……琳太郎を好きになったのは、おかしなことじゃなかったって証として」
喉が詰まった。「持っていてくれ。そして、それに自分を小さくさせないでくれ。俺も自分のを持っている。お気に入りのダマスカス包丁の柄に、大切に巻きつけてある。結衣――」
結衣の目に、あっという間に涙があふれた。体がずっと、泣く許しを待っていたみたいに。泣くまいと、手のひらの付け根を口に押し当てる。「やめて」声が詰まっていた。「そんなふうに名前を呼ばないで。それがいちばんつらいの。琳太郎は、抱きしめてくれてるみたいに感じさせるくらい優しいのに、それでも手を放すんだもん」
「君が俺にとってどんな存在だったかを手放すんじゃない。君のものになれるふりをする権利を、手放すんだ」
「わかってる」思っていたより大きな声が出て、その大きさに押しつぶされるように崩れる。「わかってるよ。だから、ちゃんと憎むことさえできないんじゃない」
そのあとの沈黙を、俺たちが何年も抱えてきたすべてが、一度に満たした。結衣がよろめくように一歩下がった。
「結衣……」
結衣は、こすれば証拠を消せるとでもいうように、ぐしゃぐしゃに、必死に顔を拭った。くるりと背を向け、風に耐えるように肩をすくめる。
「結衣、待ってくれ――」
「ついてこないで。ついてきたら、違う意味だって思っちゃう。馬鹿で勇敢なんて、両方いっぺんにはなれないんだよ」
俺が何を言っても、それはまた一本のロープになってしまうだろう。
だから俺はその場にとどまり、陽だまりのような誇りの残りを抱えて走り去る結衣を見送った。現実が誰ひとり免れさせてくれない、たったひとつのことを突きつけられながら。言葉であろうとなかろうと、望んでいなかったとしても、誰かを傷つけてしまうということに。
しんどい回でしたが、最後まで読んでくださってありがとうございます。
次回は琴⾳回です。ブックマークしておくと、更新のお知らせが届きます。




