一路先生は変化に気づき、琴音はさらに変わる
昔の俺は、よりよい人間になるには過去を押しのけなければならないと思っていた。何年もかけて、その選択を俺に強いた世界を恨んできた。だが真実はもっと単純だった。俺の過去は、俺の現在と同じだけの愛に値する。過去は重荷なんかじゃない。俺を形づくったすべての人、すべてのもの、俺をこの俺へと鍛え上げたすべてと、並んで走るためのものなのだ。きっと、そこには勝ち抜くための、かけがえのない答えがあるはずだ。崩れ落ちてくる奔流のような宇宙の中でも、虚勢を張ってでも、俺はそれを握りしめる。
「過去を退けることと、受け入れることは、まったく違う二つの道だ」一路先生はきっぱりと言った。週に一度の補習面談の時間だった。「シノハラ・ショコラを盛り立てているのは、いいことだ。お前の家族はつまずいた。そういうこともある。大事なのは、そこからどう立ち上がるかだ」
「つまり? 家族が落としたバトンを、俺が拾えということですか?」
「その比喩を続けたいなら、そういうことだ」先生は、俺の佇まいを確かめるように、じっと俺を見た。「お前の家族は、この短距離走でつまずいた。バトンを受け取れ。ゴールのはるか先まで走り抜けて、誇りを取り戻せ。最悪の瞬間に、自分を定義させるな」
「どうして、それが俺の聞きたかった言葉だとわかったんですか?」
「一年の大半、お前の声を聞いてるんだぞ、少年。自分の影に打ち勝とうとしてる男の声くらい、わかる」
「同じ声色は使っていません。和佳美さんですね?」
「それには答えられない」
「俺の副業を言ってみてください」俺は挑むように言った。「烙印持ちの生徒」というレッテルが嘘に思えるほどの威厳を放ちながら。
「夜更かしさせる仕事だな。邸宅の修繕業」わざと外した答えだった。「わかってる。詮索するつもりはない。お前の秘密はお前のものだ。それに、この学園では時差のある市場との関係で、夜の仕事は禁止されてない。とはいえ、在学中に夜遅くまで働き続けるなら、午前二時までには終わらせろ。日中のことに全力を注げるようにな」
「和佳美さんに、口止めの契約を結ばされたんですね」
「いずれにせよ」先生は餌に食いつかず、話をかわした。「何かおかしいとは思ってた。信じられないかもしれないが、私はお前の担任なんでね。子育ての経験がないのは勘弁してくれ。でも、お前たちは私の子どもだ。全部お見通しの私の目から見て、お前は臆病になるんじゃなく、待ち受けているものを見据えてる。それはいつだって誇りに思っていい。さあ、そのネックレスがお前の一部になる前に、さっさと外してこい。私はボーナスが欲しいんだ」
俺は胸元の金属に触れた。過去の自分も、与えられる限りの愛に値するのだということを、俺は忘れかけていた。では、今の自分は? もっと多くの愛に値する。俺と並んで歩いてくれ。一緒に勝とう。
ネックレスを外すだけで終わらせるつもりはなかった。俺の望むやり方で、俺の条件で、俺の勝利とともに、引きちぎってやる。俺は、そう固く決意していた。
「よっ!」外に出ると、琴音がぶつかってきた。
「琴音さん」
「準備できたよ、先輩」
俺はその目を見た。「そのようだな」
琴音は頷いた。制服の袖口を直す手が、かすかに震えていた。恐怖が、決意にまだ追いつけずにいるらしい。「余裕。ガチで」
「和佳美さんに、証拠を集めはじめろと言われたんだろう。静かに。きれいに」
琴音は否定しなかった。
「君は何も悪いことをしていない」俺は続けた。「俺は君を後押しできる。でも、俺がまだ烙印持ちのまま公にこの件に関われば、君の未来に濁りが出る」
「つまり、先輩の隣に立ったらあたしの印象が悪くなるのが怖いってこと?」
「メディアは君を小さく見せようとする、と言っているんだ。そして、そのために俺を使う」
「でも、もし公にしたら……ワンチャン報道されるよね? でっかい見出しで」
「飛びつくだろうな。『ショコラティエ、家業を犠牲にしてでもファッショニスタを擁護』」
琴音の大胆さが、ふっと繊細さへと揺らいだ。「もし報道されたら……あたし、自由になれる。事務所から。あの人から」
「だからこそ、この道は魅力的なんだ」俺は穏やかな口調を保った。「和佳美さんがそれを提案した理由もそこにある。自分の人生を選べるなら、君は火の中だって歩いていくと、あの人はわかっているんだ」
琴音は眉をひそめた。「また、あたしたちを試してるってこと?」
「君がドラマと勝利を取り違えるかどうかを試しているんだ」俺はその目を見つめた。「勝つのに、書類に俺の名前は必要ない」
「え?」
「証拠を固め続けろ。自分の力で勝つんだ。俺が派手に出しゃばりすぎたら、やつらは君を『救われたアイドル』に書き換える」
「じゃあ、一緒にはやらないってこと」
「一緒にやる」俺は訂正した。「でも、君の強さを損なわないやり方でやるんだ」
「なんでいつもそうなの?」怒りに明るく燃える声が高くなったが、その下には恐れがあった。「いつも『賢い』選択肢を選んで、それから、ひとりでいることが……払わなきゃいけない代償みたいな顔するよね」琴音が一歩近づいた。「人の気持ちも考えてよ。あたしの気持ちも考えて。あたしは、巻き込まれたってかまわない――」
俺はそっと遮った。「かまうさ。だから震えているんだろう」
琴音が固まった。
「澄んだ頭で選んでくれ。そうすれば、俺はそこにいる。一歩一歩、ずっと。俺には俺なりの、身勝手な理由がある。ただ、それで君を、君じゃない誰かに縮めさせはしない。立ち上がる代わりに救われた、か弱い駆け出しのスター? 笑わせるな。やつらに、そんなふうに君の強さを剥ぎ取らせはしない」
「先輩……ほんとに変わったね」
「言っただろう。借りは返した。でも、ありがとう、琴音。すごいよな? 俺たちが転げ落ちるところさえ見届けようとする、和佳美さんのあの姿勢は。先生と話して、それをまた確信した。篠原の名を劇的に捨てる? それも最善手じゃない。本当の勝利は、家族を置き去りにすることじゃなく、家族のほうへ手を伸ばすことにある」
「つまりさ、あたしにとっての最善の道も似たようなもんってことだよね。世界が知る準備ができるまで、先輩のことはこっそり近くに置いとく」
「ああ、MidnightChefの秘密というカードを取っておくのは賢い」
「違うってば。先輩、あたしをそばに置いておきたい身勝手な理由があるって言ったじゃん」
「口が滑ったんだろう。最近、こういう会話がうまくなりすぎた」
「ま、あたしにも理由はあるけどね、琳太郎。それと、それな。和佳美っちって、罠仕掛けるの好きすぎじゃない? あの人が紹介してくれた弁護士さんと一緒に、罠をくぐり抜けるの、けっこう楽しかったよ」
「君は天才か?」
「カメラは何週間も前に仕掛けといた」顎をまた高く上げて、ついにそう宣言する。「それくらい常識っしょ?」
口元に笑みが浮かんだ。「反論の余地なく勝つには十分だ。当事者が直接録ったものなら、証拠として認められやすい。踏み出せ」
「先輩、これが終わったら……あたしが勝ったら……」
「君は勝つ」
「……まだ、あたしにご飯作ってくれる?」
「からかっているな」
「当たり前じゃん」
「ふざけるのはやめろ。本当の君を見せてくれ、琴音」
琴音の瞳がきらめいた。作り笑いや生意気な台詞の裏に閉じ込めてきたものが、あふれんばかりに輝いていた。力、怒り、喜び、飢え。そして、自分こそが頂点だという自信と、解放された安堵が満ちていた。
「からかってる? ねえ、賞品はあたし自身なんだけど。あたし、今から名門一族を玉座から引きずり下ろして、あたしを人形みたいに作り上げた事務所をぶっ潰すんだよ。それが済んだら? あたしが祝杯をあげないと思う? 営業時間外のサービスを恥ずかしがるとでも? ん? 先輩はあたしのもの。あたしの大好物で、いちばんほっとする味。もう、痛いくらいお腹が空いてるんだから」
「そのとおりだ。俺たちは互いを、優しく、そして徹底的に駄目にし合うために存在してきたんだ」
「じゃあ、あたしのこともちゃんと受け止めて」吐息まじりに言った。「原っちのときみたいに、今度はあたしをちゃんと抱きとめて」
「それなら、俺に任せろ」
それが琴音の母親の最大の誤算だった。夫人は、俺が琴音の代わりに戦うためにここにいるのだと思っていた。本当は、琴音は俺のおかげで成長したわけじゃない。俺も琴音のおかげで成長したわけじゃない。成長とは、そういうものではなかった。
出会ったとき、一緒に過ごしたすべての食事、すべての時間、そして離れていたすべての時間を通して、俺たちは互いの中に何かを植えた。
種を植えたのだ。
その種こそが、すべてだった。
その種は、俺たちに成長することを求めた。世界が望むものを拒み、本当の自分になることを。誰の許しもなく、自分で作った真実に満ちて。種はスポットライトに向かって伸びたりしなかった。喝采のために咲いたりもしなかった。力強く、正直に、育っていった。そして、かつての俺たちの殻を割ったとき、俺たちは本物になった。
だから、そう、俺は琴音の代わりに戦ったんじゃない。琴音が自分の戦いを選び、俺はその隣で突撃したのだ。ヒーローとして、対等な者として。そしてこの金色の木漏れ日の下で、俺たちは二人で世界を自分たちのものにする。




