藤城琴音はいじわるだ
エリート社会では、外集団は自然に生まれる。上の者は常に下の者を食い物にする。俺たちの学園は、この自然な過程から上っ面の取り繕いを取り払い、烙印持ちは食われてしかるべきだと宣言したのだ。
普通なら、学校という仕組みは弱い生徒を切り捨てるのではなく支えることを重んじる。グループ学習や補習によって。けれど、生徒に手を差し伸べるのは常に大人の役目であって、生徒同士に期待されることではなかった。とりわけこの名門学園では、お荷物の札を貼られた仲間と関わることを、誰もが避けた。
琴音のねじ曲がった友人グループでさえ、青のネックレスをつけた女子たちを標的にしていた。彼女たちが手を取り合って現実の困難に立ち向かえるという、その事実が、よほど琴音の癇に障ったらしい。
「付き合ってくれませんか?」
それが去年、東京戦略リーダーシップ学園の廊下で俺に届けられた報酬だった。
その願いを口にしたのは、琴音のグループを完膚なきまでに解体したあとで俺が守った、二人の後輩のうちの一人だった。二人とも一年生。どうやら一人が、俺に恋をしてしまったらしい。
「先輩が口数の少ない人だってことは知ってます。でも、でも、助けてくれました。それに、先輩はきっと、心から通じ合える特別な誰かを待ってるんじゃないかなって……それが私だったら、すごく嬉しいです」
俺は口数の少ない男ではなかった。むしろ口数の多い男だ。ただ、その言葉が生きて外に出られないだけで。言葉は洗っていない皿のように、俺の中に積み重なっていた。言い訳、警告、結論――頭の中で何度も仕込んでは、決して皿に盛ることのなかったものたち。誰かにそれを引き出してもらうのを待っていたわけでもない。とくに、すでに自分で容器を密閉し、ラベルまで貼りつけてしまったあとでは。〈開封厳禁〉と。
俺は呆然とし、自己嫌悪に陥り、感謝もしていた。そしてどうにか冷静さを保って、できる限り優しく後輩の想いを断った。
そのすぐあとだった。琴音が俺に近づいてきたのは。彼女もまた一年生だった。どうやら俺に家庭教師をしてほしいらしい。
家庭教師?
「悪い、家のショコラトリーの手伝いで忙しいんだ」
「先輩、まだあたしに借りあるの忘れてない?」彼女は顎を傾け、腹が立つほど落ち着いた表情を浮かべた。「あざできたんだけど。本物のやつ。まだ指の形残ってるのもあるし」
俺はノートから顔を上げなかった。「誰も君に触れていない」
「へええ?」彼女は甘ったるい無邪気さで、まつげをぱちぱちさせた。「じゃあ、あたしが帰ろうとしたとき、太ももをがっちり押さえつけたのは先輩の手じゃなかったってこと? 先輩がヒーローモード全開で駆けつけて、披露宴の花嫁みたいに原っちを抱き上げたところも、あたしの幻覚だったってわけ? そのときの、原っちの小さな『はっ』って息も? 胸焼けしちゃう」
俺の表情が硬くなった。「緊急事態だった」
「はいはい。緊急事態のダブルおさわりね」彼女は明るく言った。「今週の金曜も、また原っちを『救出』しに行くの? あたしはやめるって約束したけど、録画まるごと校長に届くようにすることだってできるんだよ。あたしの家庭教師をするほうが時間の有効活用だって、先輩が思わない限りはね」
「脅迫しているのか?」
彼女の唇が甘く弧を描いた。「どう思う、先輩?」
うわあ! すっごくムカついちゃった! その小指、へし折ってあげよっかなー! ★
琴音の成績は芳しくなかった。この学園では、成績はたいてい飾りにすぎない。自分のブランドに合うならつけるアクセサリーのようなものだ。生徒は成績に関係なく毎年進級し、併設の大学への内部進学ルートのおかげで、学業の結果はさほど重くのしかからない。ほとんどの生徒にとって、GPAはおまけのトロフィーにすぎなかった。
琴音の頼みは奇妙だった。唐突で、俺には筋が通らなかった。俺の知る限り、彼女には家庭教師を学校ひとつ分まるごと雇えるくらいの資金があるのに、なぜよりによって俺に頼むのか。
「いろいろ複雑なの」
好奇心から、そして俺に好意を寄せてくれたあの子を彼女がまた悩ませないようにするために、俺は引き受けた。
彼女は馬鹿だった。口は達者だが、簡単に黙らせられる、愛すべき馬鹿だ。
勉強会のある日、俺は二人分の夕食を作った。琴音はその味に目を見張った。俺は自分が伸び盛りのチャンネル〈MidnightChef〉の中の人だと明かし、それから彼女は、自分の邸宅で料理をしてほしいと俺を招くようになった。
なぜ彼女が家庭教師を求めたのか――その疑問は、彼女の家庭の事情を知ったことで、すぐに解けた。
琴音は、いつ母親に家から追い出されてもおかしくないと怯えていた。そうなれば、ファッショニスタとしてのキャリアがどうなるかはわからない。学園在学中に家族から勘当されれば、別の高校に転校し、そのあとは普通の大学に進むしかない。だから琴音が求めていたのは成績そのものよりも、入試を受けることになった場合に備えて、頭を鍛えておくことだった。
なぜ西園寺和佳美のような優等生ではなく俺を家庭教師に選んだのかといえば、たぶん、すぐにやめるならいじめのことは報告しないと俺が約束したあとも、俺を見張っておきたかったからだろう。彼女は俺が信用に足るかどうかを試していた。本人は決してそうとは言わないだろうが。互いのことを少しずつ知るにつれて、それはもっと長く互いを見ていたいという気持ちへと変わっていった。
整った容姿は生まれ持った才能だ。研究によれば、見た目のいい人間ほど高い給料を得る傾向があるという。生まれつき授かる贈り物の中でも、最上のもののひとつだ。俺はずっとそれを真実だと思っていた。だが最近は、あまり自信がない。
「美しさは、何からでも救ってくれるわけじゃない。見当違いの同情が投げかける胡散臭い視線から、ホステスを救ってはくれないのと同じだ」琴音の家のキッチンで、俺はほとんど独り言のようにつぶやいた。「美しさなんて、上っ面にすぎない」
「えー。それがあの、悲劇のぼっち系・顔出しナシ料理動画の哲学ってこと?」彼女は鼻を鳴らし、気だるげな薄笑いが唇を引っぱった。「綺麗な頬骨で好かれたくない、謎の顔なしシェフ。ご立派すぎん?」
俺は答えなかった。意味がない。彼女はもう勢いに乗っていた。
「『美しさは救ってくれない』」彼女は俺の声を真似て、低く滑らかな声で引用した。「うっわ、恋敵に負けたばっかの悲しいアニメ主人公じゃん」
「だから――」
「聞いてたってば」彼女は俺の抗議をすり抜け、大理石のカウンター越しに身を乗り出して、俺のパーソナルスペースに踏み込んできた。「顔じゃなくて料理見てほしいんでしょ。でもさ先輩、普通に見た目のこと優先しすぎ。ゾンビみたいな顔でも、ファンは絶対動画見るって」
「それはなぜ?」
「声! ラッキーすぎ。先輩がめったに人にあげないやつ、またひとつ独り占めしちゃった」
琴音は馬鹿だ。だが俺は、彼女がまるで望遠鏡を覗くように、俺の心のくっきりと鮮やかな色を見ているのだと、絶対的に確信していた。
「わざと平均点を取っているんじゃないか?」目を合わせながら、俺はつついた。「最近は、とくに」
「なんであたしがそんなことするの?」
俺はそれ以上追及しなかった。ただ、俺の作ったスープを、まるで俺宛てのラブレターのように彼女がすするのを眺めていた。いつもより少し長く居てもいいかもしれない、と思った。




