自ら設計した檻の中で
シノハラ・ショコラ。せめて違う名前にしておけばよかった、と母は悔やんだ。そうすれば、学園が失敗した事業を見世物にしたあとも、店がここまで詮索を招くことはなかっただろう。店の名が口にされるたび、母の名前まで一緒に引きずられていった。
そして俺は、その無力さが嫌だった。家の名前が、一夜にして商標から汚点へと変わってしまうこと。中身の甘さは何ひとつ変わっていないのに。ガラス窓の向こうの思いなど、これっぽっちも気にかけずに。
このくだらない赤いネックレスは、呪われていた。
学校とは、生徒を社会に備えさせるためのものであって、生徒の周りで社会を崩壊させるためのものではないはずだった。
事務所と契約している生徒は、ずいぶん楽なものだ。さらにいいのは、財閥が代表事業になっている連中だ。もし学園を転校して、事務所を代表事業として再出願すれば、琴音や結衣のようにメディア・エンタメ分野へ転身することさえできる。何重にも重ねた契約で、利益を家のショコラトリーやプライベートシェフとしての仕事ではなく、動画の収益を通して流せるのだ。
今の俺には、その選択肢はなかった。シノハラ・ショコラが、シノハラ・ショコラだけが、利益を伸ばさなければならない。それが、俺が在籍し続けられる唯一の方法だった。残り十五日の登校日は、どんどん過ぎていく。
金ならたくさんあった。だが寄付をすれば、MidnightChefとしての俺の顔が悪い人間の手に渡る危険がある。だからもっと小さく考えた。働いている邸宅へのささやかな額。店を通じた応援購入のお願い。断る人もいるだろう。潰れかけた店を助ける施しと見なされて、縁起が悪いからだ。
ブランドイメージを「沈みかけ」から「回復中」へと変えなければならなかった。そうすれば、実際のお金で本当に回復しはじめられる。ある意味、これこそ学園が烙印持ちの生徒全員に強いていることだった。市場に許してもらうことで、自分がここにいる資格を証明しろ、と。
両親は、うちの店はまだやっていけると仕入れ先や出資者を安心させるために、死に物狂いで戦っていた。店の再開は今週末まではしない。つまり、まだ売上はない。だが、そのおかげで戦略を練る時間ができた。再開するなら、それなりのイベントにしなければならない。そして結衣が、特別なプロモーションの手伝いを申し出てくれていた。
結衣は節約ジャンルのコンテンツクリエイターだ。サービスや商品の値段を取り上げ、その値段が妥当かどうかを解説するコンテンツをよく作っていた。マスコミが俺たちを笑いものにし、サメのように周りを回っているときに、うちのような店を擁護するのは、結衣のチャンネルの守備範囲内だった。
俺は反対だった。家族の中で、ただひとり。学園で結衣の提案を断るつもりだった。
昼休み、結衣が打ち明けてきた。「会長のグループに絡まれちゃってさ」
「……『絡まれた』の定義は?」
「んー、見てよこの人、ミスター仏頂面。なんでもなかったってば」
「なんでもないなら、わざわざ俺に言わないだろう」
「琳太郎くん、さっきから最悪のシナリオに一直線だよね。もはや競技みたい」
「ここではそれが命を守るんだ。それに、近くに立ちすぎだ」
「そう? まるで、嫌だったことがあるみたいな言い方」
「もう小学校じゃないんだ」
「じゃあ、隣に座るのに通行許可証がいるみたいな態度、やめてよ。本当の理由を言って」
「ねじ曲げるな。俺の近くにいたら、君は同情ネタにされる。『節約系女子、落ち目の家の残りカスにすがる』ってな」
「つまり、私のイメージを守ってくれてるんだ。私がか弱いと思ってる? ふふ……可愛いとこあるじゃん」
「君には価値があると思っている」
「気をつけてね、琳太郎くん。そんなに落ち着いた声でそういうこと言われると、情が移っちゃう」
「ほら、弁当だ。あいつらのことは気にするな。俺が心配しているのは、あいつらが君を何に仕立て上げようとするかだ。だから、これを君が俺を助ける話にするな」
「じゃあ、どういう話にすればいいの? 賢い琳太郎くんなら、わかるでしょ」
「君が俺を雇う話にすればいい。街中の節約メシについてコンサルを頼む。君の視聴者のためになることだ。そうすれば、あいつらの筋書きは死ぬ」
「ひどい……私の優しさを戦略に変えちゃうなんて」笑みが深まる。「嫌いじゃないけど、私のやり方じゃないな」
「どう対処したのか、話してくれ」
「ランクを聞いたの」
「君が……何だって?」
「こうやってにっこり笑って、『あれ? あなたたちもエンタメ分野なんだ? ランクは?』って言ったら、急に用事を思い出したみたいでさ」
「ふうん。見事だな」
「でしょ。それと、言われる前に言っとくけど、ランクは伏せておくほうが賢いってことはわかってる」
「……それでも、やったんだな」
「物事はきちんとやるのが昔から好きなの。それに、私がちゃんとやれるって気づいて、琳太郎くんがほっとするところを見るのが好きだから」
「君のやり方のほうがいいと思う」
「もう一回言って」
「自分に嘘をつき続けることはできない。君は昔から、そこには気をつけていた」
「琳太郎くんは、嘘をついてたの?」
「はぐらかしてきた。自分を安全に保てる出口ばかり選んで。君が戻ってきて、思いはじめたんだ……俺の『いちばん正しい』やり方は、自分がそれほど傷つかないとわかっているものを選ぶことだったのかもしれないって。ほかの誰かも、傷つけないように」
それでも、傷つくことは避けられない。それは、幸せになるという人間の権利と同じくらい自然なことだった。「お前はどこかで間違えた」とネックレスは俺に告げていた。そうでなければ、この装身具が首元で焼けつくこともないはずだろう? 俺はその理由を探していた。用心深く生きてきたつもりの俺は、いったいどこで間違えたのか?
「よかった。琳太郎くん、まだそこにいるんだね」
「俺は変わったか?」
「変わったよ」
「どんなふうに?」
「何もかも計算みたいな話し方をする。肩はこれまでになく張ってるのに、目が輝いてない」結衣は目を逸らさなかった。「まるで、自分のいちばん明るいところを部屋に閉じ込めて、見張りを立てたみたい」
「手厳しいな」
「手厳しいんじゃない。もどかしいの。だって琳太郎くんはすぐそこにいるのに……私は今も、その部分に手が届かないんだもん」
「それで、そいつに会いたいと」
「……うん」
「なぜ?」
「私が戻ってきたのは、MidnightChefとしての琳太郎くんを認めるためじゃない。琳太郎くんの心を認めるため。琳太郎くんの中には、誰にも見せてないものがもっとあるって知ってる。その部分にとって、私は他人でいたくないの。もう二度と」
「感情に基づいた理屈だな」
「私たち、そうやって見つけ合ったんじゃなかった? 突き放さないで。どうしてまだ突き放そうとするの?」
「話したら……自分と向き合わなきゃならなくなる」
「だったら、私はここにいる。琳太郎くんが向き合ってるあいだ」
「君は本当に、感情が眩しいな、結衣さん。追いつきたいと思う星みたいだ」
「私が星なら、琳太郎くんは銀河まるごとだよ。私にはわかってる。だから、自分を小さいみたいに振る舞うのはやめて」
どうして君に話せる? 君に話すことは、自分自身と、俺たちの過去に向き合うことを意味するのに。
そして最近、世界があまりに速く崩れ落ち、押し寄せてくるような気がしていた。




