結衣と出会った日
小学校の頃、ある男子が苛立っていた。
俺は彼の仲間のことをよく知らなかった。あとになって、合同で呼び出された指導の場で知ったのだ。彼の好きな子が俺を好きだったから、彼は振られたのだと。それも、見た目ではなく頭の良さのせいで。
それが彼の拳の重さの理由だとは到底思えなかった。だが前にも言ったとおり、小学校の頃の俺をいじめていた相手のことなど、知りたいと思ったことはなかった。
自分の吠え声のほうが拳よりよほど凶暴だということにも、俺は気づいていなかった。ロットワイラー対チワワだ。俺は毎週、近所の公園でそれを思い知らされた。
同じ公園によく来ている女の子がいた。不登校か、自宅学習か、家がないのか――そうとしか思えなかった。ほかの女子に比べてひどい匂いがしたが、俺は気にしなかった。どうせ、その子が俺に近づいてくることはなかったから。
ある日、事態が行き過ぎた。
俺は本当に情けなかった。それでも結衣は、加勢してくれてありがとうと俺に礼を言った。俺のために立ち向かってくれているあいだ、俺はその背中に隠れて縮こまっていたのに。
結衣が割って入って俺を救ってくれたことには、大きな意味があった。俺は決して忘れないだろう。俺が反応するより先に、あいつがその身に受けた殴打を。
結衣との出会いほど、大きな贈り物はなかった。
たったひとりの人間が、人を一生変えることがあるという。それは、俺たちのあいだに花開いた世界において、完璧な真実として君臨していた。
当時の結衣は貧しく、俺はよく食事を作ってやった。仲良くなるにつれて、掘っ立て小屋のようなあいつのアパートに足しげく通うようになった。
家の店の手伝いでもらったお小遣いで、俺が最初に買ったのは指輪だった。金に見せかけた、安物の金属の指輪。指輪の意味なんて知らなかったが、かっこよかったし、周りの女子はアクセサリーが好きだった。差し出したとき、それは結衣の指に合わなかった。
結衣も俺のために指輪を用意していたなんて、思いもしなかった。まっすぐに伸ばしたクリップを曲げて作ったものだった。サイズが調節できた。そっちのほうが上等だった。
ファーストキスは、たいてい最悪なものだ。だからといって、最高じゃなかったわけじゃない。
そんな夢のような日々は、中学に上がると同時に、すべて終わりを告げた。
今日から、好きな人に会えるのは半分の時間だけです……そんなこと、正気の人間なら誰も受け入れない。
じゃあ、こうしたら? 好きな人には、もう二度と会えません。しかも、それはお互いさまです。
近しさが痛みに変わるのは、何かを失ったときだけだ。子猫の親友をなくした子犬のように、結衣が引っ越していったとき、それが俺の心に刻み込まれた。
俺に好意を寄せてくるほかの女子たちを断るときでさえ、この距離がどれほどの痛みを生むか、俺にはわかっていた。学校で顔を合わせないというだけで、起きている時間の半分以上が消えてしまうのだ。
これから先、結衣と過ごす起きている時間はゼロになる。何年も。
俺の快活さは、内側に閉じこもっていった。
深淵をさらに覗き込むことを自分に許しはじめたのは、この頃だった。
建設的に批評すること。のちに俺が作ることになる料理動画でさえ、それを自分のブランドの軸にしていた。料理の世界では、賢く取捨選択することは、好まれ、名高い才能と見なされる。たまたま俺は、それを自分の感情に対してもやっていたというだけのことだ。




