第九話 デート
新緑香る緑の絨毯。
そこにあるベンチに俺とアミーは腰を下ろしていた。
青春時代を思い出させる草たちからの青臭い主張は、踏みつけたことへの怒りか、はたまたこの場にいる我々二人への嫉妬の現れか。
視線を上げ少し先を見れば豊かな水量を誇るかのようにたたずむ噴水。それを受け止める水場は高所より落ちてくる仲間と一つとなり音を響かせる。
そんな自然豊かな場所で男(猫)女が一組。
良い雰囲気なのではないかと、思ってしまうのも可笑しくはないはず。
目を閉じそんな時間を堪能していれば、頭部へ熱を感じる。
俺たち二人に太陽さえも嫉妬とは――。
目を開き、空を見上げようとすれば視界に入る複数の使用人の姿。
俺の感じていた頭部への違和感は太陽に照らされたわけではなく、彼ら彼女らからの視線によるものだったらしい。
気づかないふりをしていたが、二階部分のベランダからは「アンバー!」と呼ぶ双子の声も届いている。
「先代様もこの中庭がお好きでした」
そう。我々がいるのは屋敷に存在する中庭なのである。
厨房を後にした俺は、未知の領域である一階部分を確認するようにちょこちょこと寄り道しつつ歩いていた。猫になっていると、人間以上に好奇心旺盛というか警戒のために場所の確認がしたくなるのだ。
するといつの間にか中庭に通ずる場所へと辿り着いていた。
そうなると行ってみたくなるもの。
少しの段差を降りるとそこからはいくつかのブロック状にカットされた敷石が並べられていたので、上手にその上を歩いて渡る。周囲には花壇もあり、様々な色のチューリップが咲いていた。
普段はそういった景色を意識しない俺でも「綺麗だな」と感じる。異世界に順応してきたのか、それとも情報量の少ない場所ゆえか。
花壇の並んだスペースを過ぎると丁寧に管理された芝が遠くまで広がっている。歩くと足の裏を刺激する感覚が心地よい。
敷石を辿って着いたのは東屋。海外風にいえばガゼボだったか。初めて耳にした時は聞き馴染みが無さ過ぎて驚いたのでなんとなく覚えることになってしまった。最初は嘔吐の音に似ていると思ったことは内緒だ。
何のためにかわからないが周辺にもいくつかベンチが並べられていたので、比較的噴水に近い場所で休憩がてら座ることにした。
そして久しぶりのデートということで一人で妄想に耽っていたというわけである。
それにしてもこの中庭はずいぶんと広い。
屋敷が大きいのだから当たり前だと言われればそれまでなのだが、庶民である俺が想像できるのは大きな病院の屋上庭園とかその程度の規模。それらと比較するとここは異常としか言えない。
なぜ水路があるのか。なぜ大木があり林のようなものがあるのか。貴き人々の考える事、やることはよくわからない。アメリカやヨーロッパであればこれくらいは普通なのだろうか。
スケールの大きさに呆気に取られて若干ぼーっとしている俺を見かねてか、アミーが声をかけてくる。
「噴水周りの水場には水魚が放たれております。ご覧になられませんか?」
アミーからの誘いに応えるように「ミャ!」と一鳴きすると、ベンチの上よりピョンと飛び降りる。女性からのお誘いである。断るわけにはいかない。
トコトコと歩き水場に到着すれば、日本では中々お目にかかれない色鮮やかな魚たちが泳いでいた。太陽からの光を反射させる魚たちの鱗は非常に美しい。
そんな魚たちの様子を熱心に観察していると、頭上よりアミーの声が耳に届く。
「アンバー様。水魚に興味をお持ちかと思いますが、くれぐれも捕まえたり致しませんようお願いいたします。ここにいるのは水量を多く保つための高価な水魚でございますので」
言葉は丁寧だが「おい猫よ。これ高いんだから間違っても魚襲うんじゃねーぞ」って言われていることはわかる。
大丈夫です。ここまで鮮やかな色をしているとすぐに食べようなんて気は起きないのでね。純粋な猫であれば違うかもしれないが、俺の場合はそうなのだ。こういった時には人間の感覚も役に立つ。
ただ動くものには体が反応しそうになるんだよな。我慢するのでそこは見逃してほしい。
アミーからの注意事項をきちんと聞いたことをアピールするため、彼女へ視線を送るとニコリと微笑まれる。
このシチュエーション、なんともデートっぽくていいのではないだろうか。
満足すると、そしてまた水魚の方へ顔を向ける。
そうか。こいつら高級なのか。錦鯉とかそういう感じなのかな?




