第七話 散策
背筋を伸ばす。表情は自然と厳しいものになっていることだろう。
最後にもうひと伸びクイッとする。
クルリと身を翻し、一仕事終えた地点をチェック。
今日も問題はなさそうだ。
シャカ。シャカシャカ。
仕上げの作業は念入りに。
散策前のトイレは無事終わり、トコトコと出入り口の方へと歩いて行く。時折肉球の間から零れ落ちるおがくず。少々部屋を汚してしまっていることに対して掃除係のメイドさんに申し訳ないと感じながらもそのまま歩みを進める。猫を飼うということはこういうことが日常として起きる。苦情は飼うことを決めた奥様ことルアナにお願いします。
現在は朝食から三時間ほど経った頃のはず。我が腹はそう教えてくれている。
今頃の時間といえば、昨日までならば双子と共に学ぶ時間であったのだが今日は違う。いや、今日からと言うべきか。
俺は本能に従い館内を自由に歩き始めた。なぜそんなことができているかというと、優秀なメイドことアミーにより自由時間、そして館内を好きに移動する権利を獲得したからである。
さすアミー! しごできメイド。
急激に変化した日常により俺のストレスは溜まり、精神面への負担が行動の変化をもたらし始めていたある日。見かねたアミーは俺の知らないところで双子の母であるルアナや執事のセルトに掛け合ってくれたらしく、拘束時間の緩和やストレス解消をするための自由を得てくれた。
そして俺はさっそくその権利を行使し、館内を移動することにしたのである。
そんな俺の元には先程から心躍る香りが届いており、誘われるようにそちらへと歩を進めている。匂いの元は階下。ピョンピョンと階段を下り、スンスンと鼻を動かしながら移動を続ける。
道中見慣れぬ使用人、主にメイドたちに会うが皆微笑みながら道を開けてくれる。この敬われている感じは、やはり先代様と呼ばれている俺に似たお猫様のおかげだろうか。
そして辿り着いたのは厨房のある付近。
食べ物の匂いを辿ればここに辿り着く。当たり前の話である。
厨房まで数メートルという廊下で立ち止まり耳を澄ませているのだが、トントントンと何かを刻む音や、シャッシャとかき混ぜる音など忙しく動き回る様子がここからでもわかる。
その他には緊張感のある声で指示を出す男の声。それに返事をする複数の者たち。過去俺の見てきた料理人は比較的神経質なことが多かった。指示している者もきっとそうなのであろう。
そんな現場に匂いに誘われたからといって立ち寄ってもよいものかと一人悩む。自由に移動する権利は好きに振舞って良い権利とは違うのだ。
しかし本能には逆らえない。
ちょっとだけ。ほんの先っちょだけ覗いちゃおうという気持ちで近づき顔を覗かせると、いきなり鋭い視線が俺を射抜く。
嘘だろ!? なぜすぐに俺に気付くことが出来た?
これでも猫。抜き足、差し足、忍び足と慎重に近づいていたにも関わらずにだ。事前にこちらを補足していたとでもいうのだろうか。だとすれば相当の手練れ。ただの料理人ではないのかと気を引き締める。
だがここで視線を外してはいけない。相手に隙を見せることになる。争っているわけではない。だが意味もなく負けるわけにもいかない。
一先ず相手をしっかりと確認するとしよう。目線は相手の顔を捉えたまま情報を集めていく。まずは上から。
長身にして細身。年齢は三十歳前後といったところ。そして男性にしてはやや長い髪。襟足の長さが特徴的か。オールバックとまではいかないが後ろに流した髪はやや料理人らしからぬもの。
意識を目元まで落とせば、眉間の辺りに力が入り目が細められていることがわかる。更には細身の眼鏡と目じりの傷が目の前の男性から何とも言えぬオーラを演出する一部となっている。
仮に友人に対して男を簡潔に説明しようとするならば「インテリヤクザ」この一言に尽きるだろう。正直怖い。だってどう見ても料理人ぽくないんだもの。それっぽいのは着ている服だけだ。やや胸元の開いたコックコート。
兵士のような日本では非現実的な容姿であればそこまで気にはならなかったのだが、子供の頃より「近づいてはいけない恐ろしい者」と刷り込まれているそっち系の人は見ただけで体が反応し強張ってしまうのだ。言ってみれば運転中などにパトカーが視界に入ったとかそういう状況に似ている。
どうしよう。
逃げるのではなく戦略的撤退というのも選択肢としてはありだろうか。
そんな風に考えていると、相手の怖いお兄さんはゆっくりとこちらへ近づこうと動き出し始めた。
あ、ちょっと待って。
にらみ合いは先に動いちゃ負けなんですよ!
だから止まって!
け、警察! アミーちゃんどこですかー⁉




