第六話
室内には今日も講師であるヘムテイロの声が響く。
そんな中、ここ数日でこの状況に慣れてしまった俺は、しばらくは頑張って聞いていたが次第に集中力を欠き、今日も籠で丸くなりリラックスするのであった。
だってまだ俺は子供といえるサイズの猫ちゃんなのだ。眠くなるのは当然。しかも猫だ。猫という呼び方は『寝る子』からなんて説もある。これは自然なことである。
大丈夫。耳はちゃんと働いていて、内容は聞いているし完ぺきとはいえないが要点は概ね押さえている。俺はそこそこできる猫。そこできにゃんこなのだ。
さて本題というか、大人たちと共に数日頭を悩ませていた双子の学習姿勢についてだが次第に矯正されており、二人は現在俺の目の前でしっかりとヘムテイロの言葉を理解しようと努めていた。
何のことはない。俺が何かすることもなく、よい方向に進んでいる。
ではなぜ双子が真面目に話を聞くようになったかということなのだが、それはアミーのちょっとした一言がきっかけとなったのである。
「スース様とルールー様は後ほど籠でお休みになられているアンバー様に今日学ばれたことを教えて差し上げてください。お二方はアンバー様よりも大きなお兄様、お姉様ですので」
こんな風に。
どうも「おにいさま」「おねえさま」この言葉は双子にクリティカルヒットしたようなのだ。スーの方は俺の見本となるように頑張りはじめ、ルーの方は覚えたことを俺に語る。そして二人は周囲から褒められた。そういった部分が上手く働き、目の前の情況に繋がったのである。
ということで、なんと俺はごろにゃんこと机の上に置かれた籠の中で休んでいただけなのだ。要するに寝ることが仕事と言っても過言ではなかったりする。何とも楽な仕事である。
一応。一応だがルーから話を聞いている時に「ミャ!」と時々返事をしているので、まったく何もしていないわけではないことは忘れてはいけない。
初日にあった俺の動きを気にすることで集中力が欠けるという問題の方であるが、そちらは徐々に触れ合う時間が増えることで解消されていった。
どうも最初の一週間は試用期間に近いものだったようで、俺の素行や双子との相性を見るため大人たちはあえて接する時間を制限していたようなのだ。
この話を聞いた時、様子見の試用期間にもし激しい抵抗やおかしな行動をしていれば追い出されていた可能性だってあったと知り、その時の気分で暴れなくてよかったと感じた。
だってこの環境を捨てるなんてとんでもないことだし。
それでだが、しばらく経っても俺が大人しいままなことが確認できたため、大人たちは一週間を皮切りに双子との触れ合いタイムを増やした。結果、双子に余裕が生まれたという感じだったりする。
さて、双子が真面目に学ぶようになっている。めでたしめでたし。と終わらないのが世の中というもの。なんと俺が参加することで双子に良い影響が見られたため、共に学習の場にいなければならない時間が増えてしまったのである。当初はひとコマのはずだったのが、様子を見ながら増やすという話になってしまった。
この決定は思ったよりも俺に影響を与えた。
話を聞いた時は、人間の時の感覚で「疲れれば寝ていればいいか」程度に考えていた。だが猫ボディは思いの外長時間の拘束に弱かったらしく、過度のストレスを感じるようになった。
別にスーやルーが嫌いなわけではないが、まだ小さな子供というのは怖いのだ。何をされるのかわからないという点や、こちらが不意に起こした行動で怪我をさせてしまわないかなど、精神面での負担が増した。
元々なぜ猫生活をしているのか。それは「猫のように自由に――」という願いからである。時間的拘束とはそれとは真逆であり、不満に感じるのは必然であった。
そうしたストレスは、自然と物を引っ搔くという形で現れるようになってしまった。しかも元々は一般家庭の出だ。丁度さよさそうな天蓋にかかるレースが目に入っても「もったいない」などといった自らの思考により、それを引っ掻き破ることを躊躇させられ勝手にストレスを増加させるという悪循環。
そんな現在の俺はアミーちゃんによる献身的なブラッシングによって保たれているといっても過言ではないのだった。




