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先代様の置き土産  作者: 鈴寺杏


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第五話 初仕事は置物

 さてここ一週間もの間メイドのアミーにお世話され、自らが貴族かお偉いさんにでもなったような生活をしていたわけだが、いくら先代様に似ているとはいえさすがにいつまでもそのままでいられるほど甘くはなかった。


 朝食を終えて窓から差し込む光の下、毛づくろいをしつつまったりとしていると「本日からお仕事をお願いいたします」とアミーに告げられたのだ。すっかりだらけた生活に馴染みつつあった中での一言に、吾輩びっくりである。

 しかし待遇分の働きをすべきなのは一度社会に出た者であるため理解している。しぶしぶながら自らいつもの籠の中へ入り、アミーに運ばれるのであった。


 アミーの歩様が若干変化する。目的地はここだろうか。

 視線の先にある部屋は扉が開かれており、中いる者たちの会話する声が僅かに耳に届いてきていた。

 アミーは入り口で足を止めると「失礼します」と中へと聞こえるように声をかけながら躊躇なく入室していく。案の定初仕事の現場はここらしい。


 中にはスーとルーの双子、二人の母である奥様ことルアナがそれぞれ椅子に座っていた。そして双子の後ろには見慣れぬ男性が立っている。

 室内には本棚があり、鼻に届く臭いも普段とは違う。俺の過ごす部屋やいつも双子たちと顔を合わせる空間とは雰囲気が違うことは明らか。


 仕事と言われ先ほどまでネズミでも捕まえさせられるのかと僅かに身構えていたが、部屋の情況からここで求められている仕事の内容がなんとなく予想できた。

 恐らくだが子育てのお手伝いだろう。正直言って面倒である。


「アンバーおはよう!」

「アンバー! おはよ!」


 そんな俺の気も知らず、双子の態度はいつも通り元気そのもの。ルアナに至ってはこちらを見て微笑むのみ。


「アンバー様。本日はスース様とルールー様の付き添いをお願いいたします」


 アミーの言葉により、先ほどの予想が正しかったことがわかる。

 嫌な仕事でもしっかりこなす。それが立派な社会人というもの。仕方ないが求めに従い頑張るとしよう。


 籠に入ったままの俺は、双子の向かう机の上に乗せられた。

 付き添いと言われたわけだが、具体的には何をすればよいのか。

 こういった場合にはアミーと視線を交わせば説明があるはず。期待して目を向けてみたが、まるで頷くように目を伏せるのみ。何も説明はない。俺の打ち出の小づちが……。


 どうしたものかと思っていると、双子の後ろに立っていた男がスッと息を吸うのを耳が捉える。視線をそちらへ向けると、男性は落ち着いた声で話を始めた。

 いきなりのことではあるが、まだ何もわかっていない現状。とりあえずは大人しく聞くことにする。きっとわかることがあるはず。


「先日お話しましたが、ここエルナドという都市は現在五つの家が中心となり治められております。主家となるエルナード家。続いてライエル家、エルティガ家、ピュエルマ家、そしてスース様ルールー様のお生まれになったここエルミーナ家です」


 語られる内容は、この都市についてだった。小学生の授業でいうところの社会科ということになるだろうか。

 猫として生活している時には聞くことのなかった話に、知的好奇心をくすぐられる。個人的にこういった内容は嫌いではない。むしろ好みである。


 男の語る内容に、ふんふんなるほどと相槌を打つように適度なタイミングで尻尾をペタンペタンと振り下ろす俺に比べ、双子はそれほど興味を惹かれないのか視線が俺の尻尾へと誘われ上下している。


 学ぶ機会というのは非常にありがたく貴重なのだがな。


 しかし俺がその考えに至ったのは社会人になってしばらく経ってからのこと、遊びたい盛りの目の前の双子に理解しろといっても難しいだろう。言葉で説明しただけで納得する子たちばかりではない。

 周囲が手本となれば話は別だろうが、大人たちには仕事がある。そしてそれらが学習とは異なるものということは、まだ小さな双子にも感じ取れることだろう。

 

 なるほど。そこで俺の出番ということか。「猫ちゃんだってちゃんと学んでいるのに……」なんて言われてしまえば頑張らざるを得ない。

 しかしそんな周囲の思惑に反して、現状の双子は俺という存在の動きが気になっている様子。要するに逆効果だ。


 そこそこやれる猫を自負する俺としては、大人たちの期待に応えたいところだがどうすればよいやら。さすがに結婚すらしてなかった俺には子育ての経験がないので、すぐには思い浮かばない。そうして頭を悩ませるのであった。

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