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先代様の置き土産  作者: 鈴寺杏


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第六十二話 予習する猫

 深夜にコッソリと屋敷を抜け出す。当然外は真っ暗。実際には月が出ているので僅かに光は届いているのだが、今日は満月ではないのでいつもより暗い印象は拭えない。

 貴族家だからといって夜中にずっと発光ネズミを使ったランプで照らしているわけではない。ネズミくんたちだって疲れはするので休みは必要。道具であって道具ではないのだ。この時間に使うとすれば見回りや見張りの兵士たちぐらいだろう。たぶんきっと交代制。ブラックな労働環境ではないと信じたい。


 ベランダに出ると空気がひんやりとしていているのもあって、足を踏み出すことを躊躇させる。猫の本能的には飛び出したい気持ちもあるのだが、まだ人間での時間の方が長いからね。怖いという気持ちもある。


 今回の目的地は、いつもの廃墟兼倉庫。満月でもないのに何しにいくのかという話だが、薬草のわかる本で湿地に生える植物を調べるため。普段サボることばかり考えているようで、何だかんだ俺は真面目だったりする。


 ぴょんぴょんスイーっと高いところに移動してから滑るように移動する。時々木の枝でジャンプを挟むと効率的だと学んだ。ゲームでもそうだもんね。一旦ゲージを回復するのだ。


 いつもより早い段階で倉庫へやって来たことでウルシが不思議がっているが、歓迎はしてくれる。着いたらすぐ外に出てきたし、ちゃんと夜もこの場所を守ってくれている。偉い偉い。


 中に入るとなんだか知らない猫がいた。

 誰だい君?


 天井の壊れた隙間から入る月明かりに照らされたその猫は、痩せて汚れた体。毛色は茶色というか黄色というかオレンジというべきか。とにかくそっち系統。一瞬茶虎かなと思ったんだけど、顔以外に模様がない。なんて種類だろう。雑種かな?


 そんな不審猫は絶賛こちらに警戒の目を向けている。

 俺は君より小さくて頼りなさそうだけど、一応ここの家主なんだけどなあ。確かに普段いないからウルシが家主っぽいけれどさ。細かい事を言えば、ここの権利者は知らない誰かだけどね!

 おっと、そう考えるともらったお金でこの建物と土地を買い取っておくべきだね。次の機会に手続きを進めよう。


 肝心のウルシは脅威と感じていないのか、知らない猫に興味を示していないようす。個室周辺にこないのであれば俺としても気にしないので、まあいいっちゃいいか。


 そのまま奥に進み、棚に置いておいた本を手元に寄せて明るい場所へと移動する。

こういった時、多少の明かりさえあれば猫の目は見えるのでありがたい。人間の目ではこうはいかないだろう。


 見に行くのが湿地という話なので、水場付近の植物がいいのだろう。普通の植物であればエルミーナの方にもあるだろうし、それこそ他の二家に自生している可能性は高い。パザンから聞いた話からすると、求められているのはエルティガ特有のものなのだ。アドバンテージとするならば、固有種が望ましい。


 でもそんな植物あるのかね?


 ペラペラとページをめくりつついくつか候補を見繕っていく。現地には行ったことがないので、どんなのが生えているかわからないからね。できるだけ多くを覚えておいた方がよい。


 でもちょっと面倒になり始めてきた。

 猫の飽きっぽいのだ。すまぬなエルティガの諸君。


 三つくらい候補あればいいよね!

 なかったら湿地が悪いのだ。俺は悪くない。それにいっぱいは覚えられないよ。頭が小さいのだから。メモを取るにも今は猫だから大変だしやりたくはない。やれることはやりきったのだ!


 事前準備の時間は終わり。帰る前にウルシにおやつを与える。カリッとしたボールもいいけれど、今日はカリカリに例のアレが添えられているやつにしようかな。ルーがジャムの添えられたクッキーが美味しかったと話していたので、似たようなこれにしましょう。


 ウルシは手から貰うのが好きなのだけれど、生憎今はこちらも猫。専用のお皿にチャリチャリンと落としてあげる。どうぞ召し上がれ。

 最初はやや不満そうににおいを嗅いで止まっていたけれど、今日はこれしかくれないのだと認識したようで食べ始めた。ガリッという音がいいですね。料理を出して子供たちがしっかり食べる様子をみる母親はこんな気持ちなのだろうか? 俺の場合は作ってすらいないですけどね。


 せっかくなのであの知らない猫にもおすそ分けしておこうかな。日本だと野良の子にこうやって餌をあげるのはダメだったりするけれど、こっちでは合法。そもそも今の自分は猫なので、法律なんて関係ないけどっ。

 なんだか久しぶりに自由というものを感じた気がするよ。

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