第四十一話
「お母さま。いい匂い」
廊下の方からトテトテトテと勢いよく音が聞こえたと思ったら、匂いに釣られて小さなお嬢さんがシャスタの部屋にやって来た。娘さんか。それにしてもよくシャスタに似ている。茶色い髪色も同じだね。目元もそうかな。
年齢は、スーとかルーと近そうだ。まだまだお子様。
「お客様がお越しよ。挨拶をなさい。それに廊下を走ってはだめね」
「はあい。お客様ってこの猫ちゃんかな? 私ルナリアです。猫さんお名前は?」
「ミャ!」
ルナリアの挨拶に前足を上げてご挨拶。こちらも「アンバーです」と名乗りたいところなんですけどね。これでご勘弁を。
「ふうん。アンバーちゃんていうのね」
「ミャ!?」
あれれ!? なんで知ってるの?
シャスタの娘だけあってこの子も通じる系なのか⁉
「アンバーちゃん驚いてるみたいね。目がまん丸ですごい顔になってるわよ。でもね、ルナの場合は私みたいにわかるわけじゃないの。以前来た時に話したから覚えてただけよ」
「もー。お母さますぐにバラしちゃだめ」
「アンバーちゃんが可哀そうでしょ」
「だって。お母さまだけエルゼとも話せるのはずるい!」
この言い訳にならないいいわけ。実に子供っぽい。
とにかくシャスタみたいに通じ合える子ではないのはよかった。そんな人がいっぱいいたんじゃ便利ではあるけど、気疲れしちゃうこともあるだろうし。
「今日も家にアンバーが来るって聞いてたから驚かせたんだよ。びっくりした?」
いたずらっ子だね。猫を驚かせるなんて悪女だ。かわいいいたずらなので小悪魔ちゃんといった感じ。俺はシャスタみたいなお淑やかなお姉さんの方が好みだぞ。
「でね。おいしそうな匂いはそれ?」
あら。もう興味がカレーの方に戻ってしまったみたいだ。これも若さですね。うんうん。
「ええ。アンバーちゃんが私のために用意してくれたのよ」
「えー。お母さまだけずるい!」
「ふふ。いいでしょう」
ぷりぷりと怒る娘と、それを揶揄って楽しむ母親。エルミーナでは見ない関係性だ。庶民ぽくていいですね。個人的にはこっちの方が好み。
「奥様。冷めてしまう前に」
「そうね」
ここに届くまでに毒見は終わっているんだろう。シャスタはそのままスプーンでカレーを掬って口に運んだ。ちょっとは色とか香りで警戒してもよさそうなものだけど、ずいぶん思い切りが良い事で。
カレーの感想を聞きたくてシャスタを見つめているんだけど、ゆっくりと味を確かめているようで中々口は開かれない。
それにしてもきれいな人の口元っていいもんだね。ほくろがアクセントになっていて色っぽいし口フェチの人の気持ちがちょっとわかった気がする。ちなみに俺の口もチャーミングですよ。時々仕舞い忘れてる舌がポイント。
「うん。美味しいわ。アンバーちゃんありがとうね」
「ミャアン」
二口、三口とスプーンを口に運んでいるのでお世辞じゃなく本当に気に入ってくれたのかな。よかった。
あとはこれで体調が改善されればいいのだけれど、さすがにこの場ですぐにはわかんないよね。いきなり元気になったらその方が怖い。
「お母さま。私も食べたい!」
「あっ!」
「ミャアアア!?」
ルナリアがシャスタの腕を掴むもんだから、カレーが少し飛び散ってしまった。シャスタにはかからなかったようだけど、ルナリアの袖口が汚れてしまった。ずいぶんと高そうな服だけど、どうしよう。カレーって落ちにくいよね。
洗濯、染み抜きのプロメイドさんおられませんか⁉
きょろきょろと室内を見渡す。
シャスタたちは落ち着いていて、慌てているのはメイドたち。
「お嬢様お怪我は!?」
「ルナ大丈夫?」
「大丈夫だよ。ごめんなさい」
「失礼いたします」
少し焦った様子でメイドがルナリアの汚れた袖口を捲らせて腕の状態を確認する。
するとそこにあったのは、すごい痛そうな火傷の痕。
「ミャ!? ミャミャ!」
ええっ!?
カレーちょっとついただけでそんなになる!?
「アンバーちゃん落ち着いて。あの火傷の痕は今できたものではないのよ」
え? そうなの? あー焦った。
今怪我しちゃったのかと思ってしまったよ。確かによくよく考えれば、ちょっとかかっただけであんなに広範囲かつ酷い状況になるわけないよな。急なことで焦ってしまった。自分が持ち込んだ料理だけにさ。
シャスタの話しぶりから痛みは無くなってるみたいだけれど、痕が残っちゃったということか。女の子だから火傷の痕って余計に辛いだろう。
シャスタ自身の体の問題もそうだけど、ルナリアの火傷も結構な怪我だよね。これも家の秘密だったりするのかな?




