第三十六話 シャスタ
ベロベロとティトとはまた違った感覚。
エルゼという名の守護獣は、俺のそばに寄ってくると体を舐め始めた。たぶん味見ではなくて毛づくろいをしてくれているのだと思う。大きな口は、昔祖父母の家で見たブラウン管テレビほどに思える大きさで怖くてちょっと漏らしそう。ティトの時に同じような経験があって助かった。サイズがアップしちゃってるけどね。
二度目ということで気付いたが、どうも俺は小さいからか大きい方たちに可愛がられる傾向にあるようだ。可愛いは正義!
「シャスタ様のお加減はいかがですかな?」
「大事ない。と言いたいところだが、少々長引いているね」
「症状はどのような?」
「本人に口止めされているから、僕からは……すまない」
「何か手伝えることでもあればと思いましたが……残念ですな」
俺がベロベロされている間に、偉い人同士の会話は進んでいく。
現在はカトル爺が例の病気についてギールさんに聞いているところ。話にある通り、症状については教えてもらえないようだ。
元々公表されていたものでもないためカトル爺も聞いたところで教えてもらえるとは思ってないんだろうけど。家の弱みに繋がることもあるだろうし。
「せめてアンバーに挨拶だけでもと思いましたが」
「それくらいであれば問題はない。とはいえ私室で寝ているのでアンバー殿だけということでいいかな?」
いつもながらに勝手に話が決まる。知らない人相手に一人で挨拶に行かないといけないとか、これはいじめではないだろうか!
面倒なのでそういう気持ちになるが、いつものことなのでしょうがないと諦めている自分がいる。これは話せない弊害なのでもうどうしようもないことなのだ。
仮にアミーがこの場にいたとて、完全には伝わらない上にメイドの言葉にどこまで耳を傾けてくれるかもわからないし。ここに来た時点でこうなる流れだったのだろう。
そんなこんなでシャスタという名のエルナード家奥様の私室へとやってまいりました。室内に入りまず飛び込んできたのは植物の香り。鼻を刺激するのは何かの花なのかな。少々強い印象を受けるがそれほど嫌でもない。
偉い人の私室ということで広いだろうと思っていたが、俺の使っている部屋と同じくらい。これくらいがスタンダードというか、使いやすいサイズとされているということだろうか。
中央より少し奥にベッドがあり、そこにシャスタは寝ていた。
ベッド自体ももっと豪華なものを想像していたのだが、天蓋などはない。パッと見は俺のベッドの方が豪華に見えるだろう。ふふん。
「奥様。エルミーナに新たに加わった守護獣様候補だそうです」
少しばかり年嵩のメイドが声をかけると、閉じていた瞳が開かれる。寝ていたところをわざわざ起こしたのであれば申し訳ない。俺の意思できたわけじゃないけど。
「あら。小さくてかわいい子ね。お名前は?」
「アンバー様だそうです」
「そう。アンバーちゃんていうのね。こっちにいらっしゃい」
上半身を起こし声をかけてきた女性は、二十代くらいに見えた。
例に漏れずお貴族様ということで優れた容姿をしたその女性は、整った顔立ちの中にも親しみやすさを感じさせる雰囲気を持っていた。俺が子供の頃に憧れた近所のお姉さんぽさを感じる。ちょっとタレ目なとことかさ。
誘われるまま手招きにしたがいトトトッと近づいて、ヒョイとベッドの上にお邪魔する。
真横まで行き見上げると少しだけ目のやり場に困った。こういうのもネグリジェって言えばいいのかな、薄っすらと透けた白系のそれはせっかく美人さんのセクシー衣装だというのにどこか病人っぽさが拭えない。
もちろん素肌が見えているわけじゃないからえろい感じもなし。
改めて近くで顔を見ると、笑顔ではあるのだがそれが作られたもので頬の辺りに余計な力が入っていることがわかる。こうして接してくれているが、体調があまりよくないということが伝わる。
「心配してくれているのね。ありがとう。優しいのね」
俺の表情はわかりやすいのだろうか?
とにかくそう言いながら彼女は俺の頭を撫でてくれた。
どこが悪いのだろう?
そう考えていると答えが返ってくる。
「実はお腹の張りが続いているの。それが苦しくてね。みんなには内緒よ」
少しお茶目な感じで話すシャスタの最後に見せた笑顔は作られたものではなかった。それは俺に「この人をなんとかしてあげたい」と感じさせるだけのものであり、なんとなくでここまで来た俺の意識を変えるには十分だった。




