第三話 我が名はアンバー
「私がおなまえつけたい……」
目の前では小さな女の子が目に涙を蓄えながら俺の方を見つめていた。
小さなと言ってはみたが、もちろん猫である俺よりはずいぶんと大きくはある。
そんな黒髪で小学生くらいの女の子ルーが泣きそうな理由は、俺の名付けの権利を双子の兄であるスーと争っているからである。
どうやら俺がここに連れてこられた理由というのは目の前にいる双子の兄妹のためらしく、実際はここの主人である旦那か奥様によって養われることになるのだろうが、双子ちゃんたちに命名権は譲られた。
しかし現在の問題としては、彼らの言う「可愛い猫ちゃん」こと俺は一匹なのである。
お兄ちゃんであるスーが譲ってあげるのはどうだと言いたいところだが、双子だから兄妹と言っても生まれた日は同じだ。妹を優先する理由としては少々弱い。出てくる順番が違えば立場は逆転していただろうし。「お姉ちゃんだから」ってな具合で。
チラリと後ろに目をやると、俺を追っていたいかつい顔のおっさんことバーマンが視界に入る。そんな彼に対して「なんでもう一匹捕まえてこなかったんだ!」なんて気持ちがルーの表情を見ていると湧いてくる。お菓子やおもちゃは平等に与えるものでしょうに。まったく。
この日は結局スーもルーも命名権を譲ることがなかったので、俺の名付けは翌日以降に持ち越しとなった。
双子ちゃんたちはまだ小さいながらもお貴族様の子供ということで、お稽古ごとのスケジュールが詰まっており、それなりに忙しいらしいのだ。
奥様と双子ちゃんたちとの対面が終わると、俺はまたしても籠で運ばれることになった。逃げる様子のないためここからは蓋は空いたままとのこと。これで館内の様子をもっと把握しやすくなる。大人しくしていて正解だった。
優秀な大きな耳は周囲の会話を聞いていたので、次の目的地は理解している。俺用の部屋だそうだ。さすがお貴族様。ペット相手に個室を用意するらしい。
箱馬車に乗せられた時からある程度お金持ちの家に連れて行かれることは予想できていたが、少し古さがあるものの俺の想像していたよりもこの屋敷が大きなのは間違いない。上位の貴族なのか、はたまたこれが普通なのか。日本人としての知識と、ここまで猫として過ごしてきた異世界生活で得た知識では判断は付かない。
移動した先は角部屋。ドアを開け室内に入ると、まずは大きなベランダが目に映った。カーテンが開かれていて光が差し込むその空間は、ビーチパラソルなんかを設置すればお昼寝に丁度良さそうである。
「失礼いたします」
ゆっくりと籠が床へ降ろされる。セーラは双子ちゃんと共に移動していたので、館内の移動は体を洗ってくれたアミーが担当していた。さすがメイドさん。仕事が丁寧である。
降ろしてもらったものの、どうすればよいのか。
確認するかの如くアミーの表情を伺うと、すぐに気づいてくれたのかスッと言葉をかけられた。
「本日よりこちらをご利用くださいませ。御用の際は私アミー、もしくは他の者が呼びにまいります」
丁寧な言葉遣い。猫として生活している期間にこういった接し方をされたのは初めてかもしれない。まるで旅館などに訪れた気分だ。実際のところ、当たらずと雖も遠からずといった状況ではある。捕まってやってきたのだが、扱いを見る限り歓待はされているようだし。
アミーの監視の下、籠からピョンと飛び出し室内を歩く。
目を引くのは中央に置かれた天蓋付きのベッドか。こんな俺でも薄いレース越しにお嬢様が寝起きしている姿を想像することが出来る。
一瞬双子の妹ルーが元々使用していた部屋なのかと思ったが、それにしては箪笥のような家具が少なくあまり生活感を感じない。
俺が落ち着かない様子でうろうろしたあとアミーの元に戻ると、丁度タイミングよくその疑問を解決させるための一言が告げられた。
「こちらは先代様が別室としてご利用されていた部屋でございます」
先代様。
その言葉は長くを人として生きてきた俺にとっては人物を指すものという認識があったためすぐには何のことかわからなかったのだが、アミーにより壁に飾られた一枚の絵を指さされ見ることで納得することになった。
座った賢そうな焦げた茶色い猫。
俺に似た猫が描かれ飾られていたのである。
違いといえばまだ小さな俺と比べてあちらは体が大きなことと、わかりやすいところで眼の色だろうか。俺が琥珀色なのに対してあちらは碧い。
なるほど。
俺がここに連れてこられた理由。そして妙に良い扱いの訳。
一気にすべてが繋がる。
結果、奇妙に感じていた心の中の引っ掛かりが解消された。




