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先代様の置き土産  作者: 鈴寺杏


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第二話

 日の出の淡い光を受け、カーテンが僅かに色をにじませ始めた。

 それに気づき、天蓋のある豪奢なベッドの上にて一つ伸びをする。ついでとばかりに口が開き、欠伸が出るのはご愛敬。


 思わず伸びてしまった爪が、今日もまた俺のために用意された柔らかい布団カバーに小さな穴を作ってしまった。体の下にあるこの布団カバーは温かい時期用の物なのか通気性の良いガーゼで作られているため目が粗く、どうにも引っ掛かり易い。しかしその点を除けば肌触りもよく気に入っている。


 体よりも少しばかり濃い毛色をした大きな耳が館内の音を拾う。朝早いというのにすでに動き出している人の気配を捉えた。彼ら彼女らは勤勉で今日も規則正しく行動を開始しているようだ。

 だからといってさすがにメイドのアミーがご飯を運んで来てくれるまでにはもう少し時間が必要だろう。もうひと眠りする時間はありそうか。だが現在それほど眠いわけでもない。


 トンとベッドから飛び降りると室内を移動し、台の上に置かれた器から水を掬い取るように口の中に運んでいく。先日までと違い臭みのほとんど感じない綺麗な水にも慣れてきたと感じる。


 セーラに捕まり、ここへ連れてこられてから一週間が経った。



 あの日俺を捕まえた女の子セーラは、壁の上まで追ってきていたいかつい顔の男と合流すると、こちらを抱え込んだ姿勢のままで移動を開始した。逃げる様子の無くなった俺相手に怪訝そうな視線を寄こしながら。


 しばらく進むと商店の並ぶ華やかな大通りに出た。俺は捕まっていることも気にせずキョロキョロと周囲を見やり、普段足を踏み入れることのない街並みを目で楽しんでいた。

 この辺りは俺もあまり知らない地域だ。なぜなら他の猫のなわばりだからである。


 そんな旅行者のように景色を眺める俺を余所にセーラたちの目的地はこのあたりではなかったようで、足早にそのまま通りを歩くと整備されたスペースで立派な馬車に乗り込んだ。


 そこから先はセーラの膝の上で抱えられ外の風景を確認できず、最初は不満に感じながらも大人しくしていたわけなのだが、人肌とセーラの太ももによっていい感じに緩和される馬車の揺れにより、不覚にもリラックス状態になってしまった。セーラとおっさんは向かい合って座っているにも関わらず、特に会話をせず静かというのも眠気を誘う要因の一つ。

 しかしさすがにこの状態でムニャムニャと寝るのは、まだ余裕があるといっても無防備すぎるので我慢を続けた。


 馬車に揺られながら何度目かの欠伸をかみ殺していると、ようやく目的地に到着したようで馬車は動きを止めた。外の馬たちがブルルと一息ついている。


「さあ着きました。降りますよ。このまま大人しく籠に入ってくれるといいのだけど……」


 久しぶりに届いた声に耳が反応し、ピコピコと動く。

 セーラの表情を伺えば、俺を捕まえた時とは違い若干不安そうな眼をしていた。それはまるで試験に臨む前の受験生のよう。


 セーラは膝上から俺の柔らかボディを持ち上げられると、今度は植物で編まれた籠に入れようとした。先程の彼女の表情が気になったので、ここでも大人しくされるがままとなっておく。俺はそこそこ優しいのだ。

 パタリと上蓋を閉められると、セーラのホッとした吐息が聞こえた。


 入れられた籠は雰囲気的には藤の籠。こういう物に詳しいわけではないので、自信はないが似たようなものだろう。

 籠の中は柔らかいクッションのような物が敷かれており、狭いながらも感触は意外に悪くない。隙間から僅かに光が届きはするが、内部は薄暗くなっているので落ち着くのも高評価だ。


 籠の内部を確認していると若干の浮遊感を感じた後、セーラたちは建物内に侵入したようで周囲の空気が変わる。

 中は独特の香りが漂っていて、鼻を僅かに刺激する。知ってるようで知らない嗅ぎなれない香り。


 スンスン、ピコピコと体のセンサーを用いて籠の中から周囲の様子を窺っていたわけなのだが、最初の目的地は水場だったようで籠から出された。

 そこでは優しい手つきの可愛いメイドさんに体を洗われて、しっかりと水気を拭きとられるとまたしても籠に戻された。気分はまるでお貴族様だ。ただ次回同じことが行われるのであれば、水でなくぬるま湯を希望したいと感じた。


 そうしてまた移動。

 ここまでの流れを踏まえると、おそらく次に会うのが俺を捕まえる指示を出した依頼主。ここの主人ということになるだろうとその時は考えていた。

 

 俺が入れられた籠を持つセーラの足が止まると、若干の緊張感が空気から伝わってきた。身体はそういったものを自然と感知する。


 もしかすると相手は恐ろしい性格でもしているのだろうか?

 鬼が出るか蛇が出るか。そんな心持ちで気を引き締めた。


 しかしそんな俺をあざ笑うかのように、その後の展開は予想とは違ったものになっていった。

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