第十五話
シャカシャカ、カシャカシャと厨房内に音が響く。それは機械的なものではなく、どこか楽し気な軽快なリズム。
時折クリームの状態を確認する視線は鋭い。
「アンバー様。もうしばらくお待ちください!」
ラーナツがこちらに笑顔を振りまきながら抱えたボウルでクリームを泡立て続ける。元々見た目が怖い彼が笑顔でそんなことをしているものだから違った部分でも恐ろしく、好意を向けられているはずの俺は戸惑い「ミャ、ミャア……」と曖昧な返事になってしまう。
しかも先日の事件が起きて日も浅い。
数日前まで亡くなってしまった偉大な先代様ことアザーに対し、病的に執着しつづけていた彼だが、あの日の事件によりようやくその呪縛から解き放たれることになった。
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あの日ラーナツの部屋に訪れた俺は、突然部屋から飛び出してきた奴に捕まり室内へと連れ込まれた。
室内には神棚か小さな神殿かというような、厳かというかなんとも異様な雰囲気の物が祀られていた。そして俺はその手前にある台の上に降ろされることに。
今思い出すとその姿は、傍から見れば生贄の供物のように見えたことだろう。
そしてラーナツは「アザー様……」と祈るようにしながらぶつぶつと呟き始めた。
そんな状況にすぐ逃げ出そうとしたが不思議と身体が上手く動かせず、頼りの超能力も不発。
焦った俺はアミーに助けを求めるようと入り口、廊下の方へ視線を向けたがそこにはアミーの姿はなかった。
これはおかしい!
どうにかしなければ。
そういえばなんだか寒気がするような……。
室内では怪しい儀式のようなものが進んでいき、ラーナツは祈りながらどこかから取り出した猫の姿をした人形を手に持ち出し、それを俺に向け始めた。すると先ほどよりも更に寒気を感じるようになる。
次第に頭はぼーっとしていく。思考能力が低下していくような感覚だった。
もうダメか。
なぜこんなことに。
死ぬならせめて誰かに抱えられていたかった……。
温もりを……。
そう諦めかけたところで、廊下の方よりバタバタと足音が近づいてきた。それを耳が捉える。
足音が部屋の前まで来ると「アンバー!」というスーとルーの声。
双子の声が届くと不思議と先ほどまで感じていた寒気が消え、身体の自由も取り戻せた。
ここがチャンスと俺はすぐに飛び上がり、祀られている物を吹き飛ばして破壊する。ついでとばかりにラーナツに飛び掛かり、人形も爪で引き裂き中をぶちまけてやった。
「あああ゛あ゛!」
結果ラーナツは一瞬の内に目の前で起こった出来事に嘆声を上げ気絶。
俺は完全に解放されたのだった。
その後起きてきたラーナツは晴れやかな表情に変わっており、アザー様が生きていた頃のように戻る。更には事の顛末を知った結果、新たに俺へもアザー様に似たような態度を取り始めたということなのだ。
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で、彼は今は俺のために調理中。
なんでもそれはアザー様が好きだった甘いお菓子なのだとか。
具体的にいうとスイートポテト的なやつ。
ホイップ作業は終わったようで、違う工程へと移っているのか段々と美味しそうな香りが鼻を刺激する様になってきている。
バターかな。それとも芋の方だろうか。
とにかくそわそわとしてしまう。
猫が食べて大丈夫な物かと一瞬脳裏を過ったが、こっちの動物って元の世界より強固に作られているようで結構平気だったことを思い出す。
特殊な力を動物ばかりが与えられているのは、元世界で多くの生物が人間の繁栄によって絶滅し消えていったことを憂いたこの世界の神による采配なのではないだろうか。勝手な予想だが、案外合っている気がする。
「そういえばアンバー様の考えが少しわかるようになりました! 気を失っている間にアザー様が言っていたことは、本当だった!」
へ?
突然の語り掛けてくるような、独り言のようなラーナツの言葉に驚く。
しかし考えてみるとアミーも似たようなところがあり、念話みたいな能力が存在するのかもしれない。
でもそうなれば、彼ら人間なのに特殊な力(弱)を得ていることになる。どうも聞いていた話と違うような。
あの事件の時の脱力感や寒気は儀式の影響だとして、ではなぜ双子が来た時に拘束が緩むことになったのか。
その部分は未だ俺の中で燻ぶり続けている。エルミーナの人たちから何も説明がないし、謎のままだ。
ま、とにかく今は助かったことを喜んでおくべきだろう。
そう考え、改めてラーナツへと意識を向ける。
彼の顔には、あの時の俺のせいで付いた新たな傷跡。
結果、以前よりもインテリヤクザ感に磨きがかかり、初見では間違いなくヤヴァイ人に見えることだろう。
だが本人はあの傷を気に入っているらしい。
俺との絆の証なんだって。
さすがの俺もちょっとばかり理解しがたい。
ラーナツ。そんな彼はちょっと変な奴だ。




