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先代様の置き土産  作者: 鈴寺杏


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第十一話 曇り空

 中庭デートから数日。

 ある程度自由に歩き回れるようになったことで、俺の精神状態は落ち着いた。

 

 前回の件があるためか、拘束時間は配慮されたまま。午前中に双子たちと顔を合わせたり、時々座学に参加したりと余裕のあるスケジュール。

 あとは食っちゃ寝の生活である。


 一度社会を経験した身としては「これでいいのだろうか?」という迷いが生まれつつある。家族なのか雇われの身なのか曖昧な立場である俺にとって、休みが多すぎるというのも悩みの種となる。更にはこのままでは堕落していくだろうという恐怖が俺を襲う。ニートは周囲の目が厳しいので嫌なのだ。日本社会の中で染みついた感覚は抜けることはない。


 しかし世間一般の家猫はこういったもの。このままが正解なのかもしれないとも考える。楽そうに見えていた家猫生活というのも、良い事ばかりではないようだ。ある意味野良の方が生きるために活動する必要があり、働いている感がある。


 じっとしていると考え事をしてしまうので、今日もまた散策へ向かう。一応パトロールも兼ねている。屋敷内には他の猫がいないので、ある意味俺のテリトリーなのだ。


 まずは二階を移動する。もちろん一人で。

 多くの時間を共にし普段俺のお世話をしてくれているアミーだが、彼女は別に俺の専属メイドというわけではない。双子の母ルアナのメイドの一人という立場だ。優先順位としては、ルアナ、双子、最後に俺という感じだろう。


 まるで友達を誘いに行くかの如くアミーの働く現場を目指す。余裕がある時ならば同行してくれるからだ。「アミーちゃん。遊びましょ!」って具合にね。

 

 スンスン、ピコピコと猫センサーを作動させ辿り着いたのは広めの一室。

 アミーの仕事の様子を確認するために入り口から顔を覗かせると、すぐに執事のセルトに見つかった。別にまだ悪いことはしていないので、見つかったとて問題はない。


 セルトはこちらに微笑みながら小さく手を振る。

 この人一見キリっとしたまともな執事に見えるが、実はお茶目な中年オヤジ。


 そうなれば双子や他の者たちも気付くのは必然。「あっ! アンバー!」と騒ぎだす双子。邪魔するつもりはなかったのにレッスンは止まることになってしまった。

 俺は悪くねえ! 悪いのはセルトなんだ!


 室内からセルトが手招きするので、仕方なくそちらへ移動する。

 こういった場合、そのまま去るよりも軽く挨拶した方が騒ぎは大きくならないものだ。ノーリアクションで通り過ぎると好感度が下がる恐れがあるので、愛想を振りまき好感度を維持しようという打算もある。

 有名人がファンサービスをすると好感度が上がる。それと似たようなもの。今のところまだ俺は双子にとってそういったポジションだし。


 ちょっとした双子との触れ合いタイムを終え、アミーの方を見るが首を横に振られた。どうやら今日は同行してくれない様子。残念。

 ダメとなれば理由を知りたくなるもの。この部屋では何が行われているのか少しばかり見学していくことにする。


 壁際に立つセルトの隣にちょこんと座り、再開されたレッスンの様子を見守る。


「ではまた挨拶から始めましょうか」


 双子に教えているのは金髪の淑女。

 彼女先ほど俺が双子と触れ合っている時、一度だけチラリとこちらを見た後は目線を向けてこなかったように思う。ここで見かける人にしては珍しく猫が嫌いな人なのかもしれない。まあ、そういう人もいるだろう。


 金髪淑女ことダーマさんが教えているのは礼儀作法。

 彼女の口から発せられた情報によると、近々偉い人と会う機会があるので双子はこうして学んでいるみたい。そしてついでとばかりにアミーを含む使用人たちも一緒に学んでいるということらしい。

 たしかに使用人たちが礼儀作法の正解を知っていると、何かあった際に役に立つだろう。何でもこなさせるようになるのが理想というのはわかる。こういった身辺のお世話をする立場ならなおさらか。そう考えるとちょっとだけコンビニ店員ぽく思えてきた。


 アミーの忙しい理由もわかったことだし、この場を辞するとしますか。

 猫が礼儀作法を覚えたところで意味もないだろう。人と同じ動きが出来るわけでもないわけだし。

 セルトに「ミャ」と一言告げて静かに退室だ。

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