職場見学
「お兄、私、冒険者になりたいのだけど」
俺の自室に来て、妹のゆかりが突然告げた。
飲んでいるコーヒーを、思わず吹き出しそうになってしまった。
「ゆかり、いきなりどうした?」
「普段、魔法が使えないから使いたいって思うんだよね。異世界で思い切り使っていればストレスなくて使わないと思うの」
「違うだろ。魔法を使えば授業で楽が出来ると思っていないか?」
「うっ!」
ゆかりは言葉を飲み込んだ。
どうやら図星だったようだ。
学校の成績は良いが、昔から体育だけは苦手らしいからな。
「た、確かにそう思ったかもだけど…もう思わないから」
「冒険者になりたいって、安良坂に言ったのか?」
ゆかりは首を横に振る。
「だって、言ったら止められそうだもん」
確かに、アイツなら止めるだろうな。
俺だって、可愛い彼女が危険な事をしようとしていると思ったら全力で止める。
「気軽な気持ちなら、冒険者は止めておけ。魔法を使うだけなら冒険者にならなくていい。それでも、どうしても冒険者になりたいというのなら安良坂を説得してからだ」
「「えええっ!」」
意外な答えだったのか、ゆかりは叫んだ。
「お兄なら、直ぐに分かってくれると思っていたのにな。分かったわよ」
ゆかりは冒険者は諦めるだろうと思っていたのだが。
「お兄、許可取れた。一緒に異世界へ行ってくれる?」
どうやら、安良坂を説得したらしい。
安良坂に確認したら間違いなかった。
一体どうやって説得したのだろう?
疑問が湧いたが、訊ねるのは止めておいた。
訊くと、安良坂が可哀そうな気がしたからだ。
「行くのは次の週末で良いか?どちらにしろ、昼間じゃないと冒険者ギルドはやってないしな」
土曜には、冒険者ギルドへ行かないといけない。
一緒に行くのもどうかなとは思ったが。
登録だけして、さっさと異世界の家に帰ってもらえば良いのだ。
*
「えっと、ゆかりさん?」
土曜日、冒険者ギルドへ二人で行った。
ゆかりは冒険者登録をした。
その後、ゆかりは見学したいと俺の職場を見に来ていた。
非常にやりずらいのだけど。
これ、授業参観か?
変に緊張するのだが。
俺は、ギルドに併設された演習場で、女性冒険者ミルルと向かい合う。
「次は…得意の魔法を見せてもらえるか?」
「はい」
ミルルは、背が低くて金髪の髪の長い20代くらいの女性だった。
剣と魔法を使うらしい。
異世界って美人が多いよな。
華奢な体に似合わず、勇ましい。
『雷よ』
「「ドドーン」」
ミルルは杖を掲げ、詠唱すると雷で的は黒焦げになった。
雷は音が凄まじいな。
「コントロールが上手いな。直撃をした魔物はひとたまりもないだろう」
「練習だと上手くいくのですけどね。いざ目の前に現れると動揺してしまって…」
魔法は、精神力が大きく左右されると言われる。
「とにかく、慣れるしかないな」
離れた位置で静かに見守っているゆかり。
危ないので、会場の隅に座ってもらっている。
俺は教本の内容を話すことにした。
・危なくなったら逃げる
・決して無理はしない
「自分より強い魔物とは戦わない…」
「私は弱いので、強い魔物とは戦いませんよ」
自嘲気味に言ってくるミルル。
「当たり前の事しか言ってないのだが、これが出来ないらしくてな。最初は慎重に行動するが、慣れてくると変わってしまうのかもしれないな」
「そういうものでしょうか…」
「ありがとうございました」
ミルルが頭を下げる。
終わった。
あ、ゆかりの事すっかり忘れていたよ。
それだけ「集中出来ていた」という事なんだろうけど。
「お兄、凄い。何だか堂々としていて…」
「ありがとな」
少し照れ臭かったが、ゆかりに褒められて悪い気はしなかった。
それから、少し休憩をしてまた冒険者の相手をする。
流石にゆかりには帰ってもらった。
先ほどの女性ならいいが、男性冒険者だとゆかりの事が少し心配だからな。
ゆかりは可愛いから、ナンパされるかもしれないし。
そういえば、何で冒険者になりたいなんて言いだしたのだろう?
ここで働かなくても暮らしていけるのに。
しおりに訊いたら。
「好きな人といつも一緒に居たいからじゃないの?」と言っていた。
うーん。
今度安良坂に会ったら、何か嫌がらせでもしようか。




