月夜の出来事
「お兄、また黒田さんと夜空を飛ぶの?」
家に帰って台所で冷たい麦茶を飲んでいると、何処から聞いてきたのかゆかりが尋ねて来た。
出どころは、安良坂しかないけどな。
「ほんと隠し事できないよな。お前ら」
「安良坂さんから聞いたわよ?お兄は放っておくと危ないらしいじゃない。黒田さんが心配だから、私と安良坂さんも行くからね!」
「心配ってお前なぁ。俺たちは結婚しているんだから」
「黒田さんは憶えていないのでしょ?お兄が変なことして、傷ついたら大変だもの」
ゆかりと安良坂は、普段からメッセージのやり取りをしているらしい。
ゆかりも来るのか。
まあいいか。
安良坂が、ゆかりのフォローをするのだろうから。
「ピーンポーン」
呼び鈴を押す。
俺は、しおりの家を訪ねていた。
夕方で外はすでに暗い。
「あら、今日は二人きりじゃないのね」
ドアを開けて、俺の後ろを見たしおりが言った。
安良坂とゆかりが居るからな。
「どうも、俺が信用できないらしくてな」
「ふふ、仕方ないんじゃないの?」
しおりに笑われた。
「えっと、そちらの方は?」
「ああ、まだ会ってなかったっけ。俺の妹のゆかりだ」
ゆかりは頭を下げた。
「よろしくお願いするわね」
雑談をしながら、俺たちは学校の裏の廃屋へ歩いて行く。
廃屋は、しおりの家から歩いて十五分はかかる。
しかし、歩くだけで汗が出るな。
冷たいペットボトルを持ってきて良かった。
お茶を飲みながら歩く。
「何で、あそこまでわざわざ行くのかな」
「以前、待ち合わせた場所が廃屋だったじゃないか」
「ああ、確かにそうだったね」
出会った頃に、よく待ち合わせ場所に使っていた所だ。
以前、行ったことのある場所へ行きたかったのだ。
記憶が戻るかもしれないから。
「しかし…ここは」
安良坂の言わんとしていることは分かる。
待ち合わせ場所でもあったけど、しおりとゆかりが麻木たちに監禁された場所だったからな。
嫌な思い出しかない。
俺たちは、今にもくずれ落ちそうな廃屋の前に立っていた。
「中に入らなければいい。認識阻害の魔法をかけるぞ」
俺はしおりと、ゆかり、自分に魔法をかけた。
「ぼくは?」
「お前は、自分で魔法をかけろよ」
「上原くんって女子には甘いよね」
「何言ってんだ。お前は魔法使えるだろうが。お前はゆかりを頼むな。俺はしおりと飛ぶから。しおり、手を繋ぐぞ」
俺は右手を差し出した。
「うん。よろしくね」
控えめに右手を差し出してくるしおり。
風魔法で二人の体を包み込み、ふわりと体を上昇させる。
「わぁ!空中を飛んでいるわ!」
「怖くないか?もっと上に上がるぞ」
眼下には点々と家々の明かりが灯っている。
月明かりがあるので、まだ今日は明るい方だろう。
「うん…大丈夫よ。浮かんでいるなんて不思議な感じね」
かなり上空に昇って来ていた。
高度に気を付けて飛ぶ。
あまり高いと体に悪いらしいからな。
安良坂とゆかりは付いて来てないな。
てっきり追って来るものだと思っていたが。
二人きりにすると、危ないって言ってたくせに。
「月が大きいわね」
「ああ、本当だな」
満月が周りを照らしている。
認識阻害の魔法をかけていなければ、直ぐに見つかってしまうだろう。
以前も月に照らされて、しおりが凄くきれいに見えていた。
今思えば、あの時彼女を好きになっていたのかもしれない。
「黒髪がなびいて…キレイだったな」
俺は、思い出して思わず呟いた。
見ると、今日のしおりは三つ編みをして眼鏡をかけている。
「もしかして、こういう事かしら?」
しおりは、輪ゴムで結っていた髪を解いた。
さらさらと髪が流れる。
長い黒髪は癖がついていて、ウェーブがかかっている。
月の光に照らされて、彼女は銀色に輝いていた。
「月がきれいだな」
俺は見たままの感想を言ったつもりだったのだが。
「えっ?」
しおりが頬を染めている。
大きな瞳が見開かれていた。
「…あれ?わたしどうしてこんなところに?」
しおりが不思議そうに俺を見つめていた。
「ゆう、わたし何でここに居るの?」
「「しおり!記憶が!!」」
どうやら記憶を思い出したらしい。
俺は思わず彼女に抱きついた。
「良かったー!君は、事故で記憶を失っていたんだよ」
「そうだったの…。あら…ゆう、泣いてるの?」
「え?」
いつの間にか、目から涙が零れていた。
うれし泣きだろうか。
「何だか、ぼんやりと夢を見ていた気がするわ…
ふふ、ゆうったら泣き虫さんなんだから」
「それは…」
君のせいなんだが。
俺はしおりが絡むと、冷静でいられなくなるみたいだ。




