表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

自衛のための作戦会議

 冬の夕方の日差しが空を黄金色に染めていく中、会議棟は黒煙を吐き出し続けている。

 警察と消防が駆けつけ、周囲はものものしい雰囲気になっていた。

 規制線が張られ、場内の入場は制限されてしまった。

 シュウジは準備会スタッフとして、一般参加者の誘導に忙殺されている。


 ぼくは、いち早くこの場から離れたかった。もし警察による手荷物検査にでも引っかかろうものなら、ぼくのバックパックの中にはこの時代には存在しないものだらけだ。爆破事件とは無関係に、やっかいなことに巻き込まれる可能性は高い。 

 ぼくとミズキは、近所の喫茶店に腰を落ち着けた。ここは初めてミズキと会った際に、夜まで時間をつぶした場所だ。店内にはテレビが据え付けられている。

 ぼくらは無言のままテレビ画面を凝視し、会議棟爆破のニュースを見続けた。

 報道による内容は、次のとおりだった。


 ・使用された爆弾は、圧力鍋に火薬を詰めた手製のもの

 ・キッチンタイマーを使って起爆する簡単なつくり

 ・いまのところ死者は出ていないが、負傷者は50人を超えている

 ・明日の二日目の開催は中止。代替開催や、次回以降の開催についても白紙に


 最初は事件のあらましについて報じられていたが、夜のニュースになると、元FBI捜査官の著書を引き合いに出しつつ、犯罪心理の専門家が出演していた。その学者は、1995年に起きた組織的なテロ事件とは異なり、今回の事件は単独犯であると推測しつつ、「オタクの異常性」について滔々と述べ始めていた。

 しばらく食い入るようにニュースを見ていたが、やがてミズキが口を開いた。


「ねえ、ノアのいた2016年には、こんな事件が起きた歴史はあるの?」

「なかった、と思う。っていうか、こんな大事件が起きたらコミケは中止になるよ。いまのニュースの論調なんか、完全にオタク・バッシングだし」

「1995年って、何が起きたの?」


 1995年はぼくが生まれる前の時代だ。だからリアルタイムで知っているわけではない。しかし、日本史の教科書の近現代のパートには、その記述があった。授業では太平洋戦争の直前までしかやらなかったが、受験では近現代史が中心になるため、予備校では集中的にやらされた。

 1995年は、地下鉄サリン事件が起きた年だ。

 そして、阪神淡路大震災も。ぼくはミズキの運転免許証に記載されていた住所を思い出した。

 おそらく彼女は、その当事者になる可能性が高い。ミズキが言ったように、このまま都内で就職せずに神戸にUターン就職すれば、その可能性はグッと高くなる。

 未来の知識は、どこまで教えていいものだろうか。当事者かもしれない人間を実際に目の前にすると、尻込みしてしまう。

 はじめは“予言”で過去を変えればよりよい未来が訪れると思っていたけれど、いみじくもミズキが言った「正しい歴史なんてあるのかしら」の言葉がよみがえってくる。いいことも、悪いことも、それがどれだけ未来に影響しているのかは、とてもじゃないが理解が及ばない。バタフライ・エフェクト……っていうんだっけ?

 ただ、こんな爆破事件は起きてはいけないことだ。


「その……新興宗教の団体が、都内の地下鉄でサリンを撒いたんだ」

「サリンって……、え? 毒ガスの?」

「そう。この時代は、それから3年しか経っていない。だからこういう大事件が起きたら、まずテロの可能性を疑うんだろうね」


 もっとも、ぼくの時代でもその風潮は変わらない。


「それで、どうしたらいいのかしら?」

「う……ん。とりあえず寝て起きて、また29日だったらいいんだけどな」

「そうね」


 あれだけ脱け出たいと思っていた反復ループを、いまは待ち望んでいる。

 皮肉なことだけど、いまはそれに賭けるしかない。

 喫茶店の閉店時間にともなって店を追い出されたぼくらは、そのまま国際展示場駅へと向かった。車両の椅子に腰を沈めて、ぼくたちは反復ループ現象の発生を待った。いままでは、まったく違う一日だっただけに、はたして反復ループは起きてくれるのか不安な気持ちになる。


「じゃあ、また今日」

「うん、また今日ね」


 ぼくとミズキが神妙な面持ちで顔を見合わせると、電車はガタンと大きく揺れて、目の前が一瞬で真っ暗になった。

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

「そろそろ動き出しますよ」


 牛山健二がぼく起こしてくれた。

 こめかみに頭痛が走る。


「えっと、きょうは……12月29日?」

「そ、そうだよ。あ、夢でも見てた?」


 ふうっ、と安堵のためいきが漏れる。9回目の12月29日だ。

 ぼくは牛山健二と話をしながら、列のまま階段をのぼって屋上展示場まで出た。

 準備会スタッフが拡声器で叫ぶ。

 

「押さないでくださーい」

「列を乱さないように、前の人とのあいだを詰めてくださーい」

「ノア!」


 不意にぼくは自分の名前を呼ばれて、ギョッとした。待機列を整理しているスタッフのなかに、シュウジがいた。ぼくは西館の入口を指さして、シュウジに応じた。


「広場で!」


 シュウジはうなずくと、西館に向かって歩いていった。

 ほどなくして待ち合わせ広場に着くと、すでにシュウジとミズキがそろっていた。ぼくの横では、小男が紙袋を落として、戦利品を床にぶちまけている。


「大変なことになっちゃったな」

「うむ。正確には、今日はまだ起きていないがな」

「シュウちゃんは前回の29日は、いつも通り会場内を警備してたんだよね?」

「そうだ」

「ぼくらも、特に変なことはしなかった」

「うむ。さきほど江古田さんから聞いた」

「でも、事件が起きた」

「うう…む」

「念のため聞くけど、100回以上の反復ループの中で、あんな爆破はこれまで起きてないよね?」

「もちろんだ」

「ぼくの時代にも、コミケで爆破が起きたなんて歴史はない。っていうか、あんなことが起きたら、コミケ自体がなくなっているはずだ」


 ぼくはバックパックから、2016年のコミケ・カタログを取り出した。


「見て。まだ2016年のカタログが存在している。ということは、まだぼくの時代にコミケが開催されていることの証拠だ」

「『バック・トゥ・ザ・フューチャー』ね! あれは写真の中の人が消えちゃったけど、もしコミケットが開催されなくなってたら、そのカタログも消えちゃうわけよね?」

「そういうこと。つまり、“爆発が起きた12月29日”は、まだ確定した歴史じゃないんだ。この反復ループの中で爆発を阻止して、その状態で12月30日を迎えることができれば、元通りの“爆発の起きなかった未来”が訪れる、と思うんだけど、どうだろう?」

「なるほど」


 シュウジは、なにか確信めいた表情でぼくに目線を送ってきた。

 わかってる。ぼくもそのつもりだ。

 ぼくたちのその様子を見て、ミズキが慌ててぼくたちを制止してきた。やはり彼女は察しがいい。


「ねえ、ちょっと。馬鹿な考えはやめてよ?」

「俺たちで爆発を止めるぞ」

「うん。ぼくも賛成だ」

「あなたたちバカじゃないの? ねえ、そんな危ないこと、警察に任せればいいじゃない」


 ミズキの心配はわかる。でも、これはぼくたちが片づけなければいけない問題だ。


「すでに火炎瓶男で逮捕者が出ている。これ以上の警察沙汰は避けたい。世間のオタク・バッシングを加速させたくない。ノアのいた未来のように、何事もなかったかのようにするためには、俺たちの手で、秘密裏に解決することが大事だ」

「そうだね。それに、警察に爆弾魔がコミケにいるなんて通報しても、タチの悪いいたずらと思われるのが関の山だ。あの爆発が起きるのをを知っているのは、ぼくたちだけなんだ」

「問題は方法だな」

「ぼくらのアドバンテージは反復ループできること。反復ループを繰り返して、情報を集めて、犯人を捕まえる。それだったら、ミズキが心配するような危険なことはないよ」

「本当に? 本当に危険はないの?」

「大丈夫さ。爆発が起きる現場はわかっているんだ。会議棟の出入りをチェックして、誰が犯人なのか目星をつけるだけでいい。この反復ループが急に終わらない限り、ぼくたちが圧倒的に有利さ」

「そ、そうね。それなら確かに安全だわ」

「きょうは犯人を確認するだけでいい。次の29日に、そいつが爆弾を仕掛ける前にとっつ構えればいいのさ」

「いや、それはだめだ」


 それまで黙ってぼくに同調していたシュウジが、急に反論をしてきた。


「その男に、何て言うんだ? おまえはこれから爆弾を仕掛けるからその前に捕まえる、と? まだ犯罪を犯していない人間を、可能性だけで捕まえるわけにはいかない」

「でも相手は爆弾を持っているんだぜ?」

「なぜ俺たちがそれを知っているのか、そこを突かれたら手荷物検査に応じてもらえない。俺たち準備会スタッフはボランティアであって、捜査権があるわけではない」

「せっかく情報を持っているんだから、先手を打たなければ意味がないだろ? 『マイノリティ・リポート』だよ」

「マイノ……、なんだそれは。とにかく、正当性がないと捕まえられない」

「シュウちゃん、ちょっとそれは頭が固いよ」

「いや、だめだ。先制攻撃は絶対に許されない」

「じゃあ、爆弾が仕掛けられるのを、指をくわえて見てろっていうの?」

「そうだ」

「そんな! 爆弾はどうすんのさ」

「情報を整理すると、その圧力鍋を使った爆弾というのは、非常に簡単な仕組みだ。中学生レベルの化学の知識で作れるようなシロモノだ。だから……」

「だから?」

「俺が起爆装置を解除する」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ