高い棟の男
「そんなのダメに決まってるじゃない!」
シュウジの提案に対して、ミズキは声を荒げて反対した。
予想をしていなかったミズキの剣幕に、シュウジは困惑していた。
「ちょっと、ミズキおねえさん」
「なによ」
ぼくはミズキの手を引いてシュウジから離すと、シュウジに背を向け、声をひそめてミズキを説得しはじめた。ミズキは上唇をとがらせている。
「爆弾の解除はシュウちゃんにやらせるべきだ」
「なんでよ?」
「ミズキが言ったじゃないか、彼がこの夢のホストの可能性がある、って」
「言ったわよ」
「ぼくもそう思う」
「どうして?」
「さっき、彼が反論してきたときのセリフ、おぼえてる?」
「なによ急に」
「“その男に、何て言うんだ? おまえはこれから爆弾を仕掛けるからその前に捕まえる、と?”」
「うん」
「犯人が男だって、どうしてわかる?」
「……ニュースでは言ってなかったわね」
「そう、犯人に関する情報は公表されていない。でもシュウちゃんは男だと決めつけている」
「そう思い込んでいるだけじゃなくって?」
「そう。思い込んでいるんだ。その思い込みが、違う時代からぼくらを呼びこんだんじゃないか、ってのがミズキの推論だろ」
「そう……いうこと、よね」
「だからきっと犯人は男だ」
「……」
「アホの一念岩をも通す、って言うだろ」
「虚仮の一念、よ」
「それな」
ミズキは上唇をとがらせたままだ。
「シュウちゃんがこの夢のホストなら、その“男の犯人”を捕まえて、“コミケを守った”という手ごたえを感じてもらう必要がある。彼がこの12月29日に満足して、気持ちを30日に向けてもらわないと」
「それは、そうかもしれないけど」
ミズキは渋々ながら、ぼくの提案を吞みかけている。
「ねえ、ノア。その考えが正しいとして……」
「うん」
「犯人が反復者の可能性があるんじゃない?」
そうだ。その可能性を失念していた。
もし犯人が反復者なら、作戦の立て方が変わってくるぞ。
「大丈夫。ぼくに考えがある」
「ほんと? それなら、まぁ、反対し続ける理由がなくなるけど……」
もちろん嘘だ。
だけど、実際に動いてみないと、どう出るかわからないこともある。
やり始めてみないことには、終わらせることもできないはずだ。
ぼくはシュウジのほうを振り向いて、親指をサムズアップして見せた。
「話はついた。ぼくらで爆弾魔を捕まえるぞ」
「そうか。協力に感謝する」
「ただ今回の12月29日は、あくまで様子見だ」
「うむ」
「犯人が反復者の可能性がある以上、同じく反復者であるぼくらがいることを相手に悟られるのはマズい」
「そうか」
「今回、確認すべきことは、爆弾の設置から爆発までの時間だ。つまり、起爆装置の解除にどれだけの猶予時間があるのかを探りたい」
「そうだな」
「シュウちゃんは犯行現場の付近の物陰に隠れていてほしい」
「俺か。わかった」
「ニュースによると、犯人は黒いバックパックに圧力鍋の爆弾を入れて、現場に放置していたらしい。だからバックパックを放置するヤツがいたら、すぐその場を離れること。間違っても、すぐその場で解除に向かったり、犯人を追いかけたりしないように」
「腕時計で爆発までの時間を計測する。それが今回の目的だな」
「そう。あくまで“正しい歴史”のために、円満解決するための情報収集だからね」
「わかった」
「ここで捕まえようとして失敗すると、爆発は止められない、犯人が反復者だったら警戒される、と最悪の状態を招くぞ」
「ああ、わかった。心に刻む」
「危険だからすぐにその場を離れるんだぞ。あんまり現場の近くにいると、シュウちゃん自体が警察から疑われちゃうからね」
「わかった」
「シュウちゃんはこの時代の人間だから、無事に一日を終えなきゃいけないからな」
シュウジはぼくの念押しに、苦笑いしている。
ただ、彼の正義感を考慮するならば、目の前に置かれた爆弾を放置させるには、かなり念押しが必要だ。それにシュウジが夢のホスト役だとしたら、彼が死傷すると何が起きるのかまったく想像ができないだけに、絶対に避けたい。
「犯人がどっちに逃げたかすぐに伝えてもらえると、追いかけやすいんだけど。有明は携帯の電波が通じないんだっけ?」
「人が多いせいだな。しかたない、準備会からトランシーバーを拝借してくるか」
「お、ずいぶん融通が利くじゃない」
「特例だぞ」
「じゃあ犯人の逃げた方向と容姿を、シュウちゃんからトランシーバーで教えてもらって、ぼくとミズキが犯人を尾行する。顔や行く先を確認するんだ」
「わかったわ」
「具体的に犯人を捕まえようとアクションを起こすのは、次の12月29日だ。そのことは、ふたりとも、くれぐれも胸に刻んでおくようにな」
ここまでの話は、シュウジもミズキも了承してくれているようだった。
「ノア、見事な作戦だ。お前がいてくれて助かった」
「まだこれからだよ。で、犯人のことは何て呼ぶ?」
「うむ。オタボマー、だな」
「どういう意味?」
「アメリカで大学を狙った連続爆弾魔がユナボマーと呼ばれていた。コミケのオタクを狙った爆弾魔だから、オタボマーだな」
シュウジがあまりに真面目な表情のまま言うので、ぼくは思わず吹き出してしまった。
ミズキは呆れた顔をしている。
「男の子って、ほんと、そういう名前を付けるのが好きよね」
「わかりやすくていいや、オタボマーね。じゃあ作戦名はヤシオリ……、いや、ヤシマ作戦だな」
「電力は使わないが、それしかないだろう」
「過去と現在と未来のチームで解決するんだ。オタクのアベンジャーズだな」
「アベンジャーズ?」
「アメコミ映画だよ。そのうち流行るぜ」
シュウジは腕時計をちらりと見た。
「じゃあ、俺はそろそろトランシーバーを取りに行ってくる。先に会議棟の下に向かってくれ」
「わかった。ミズキ、シュウちゃん」
「なんだ?」
「なに?」
「ぼくたちで捕まえるぞ」
「おう」
「捕まえて、元の時代に帰ろう」
「そうだな」
「捕まえたら12月30日だ。そうだよな?」
「ああ、そうだな」
犯人の確保と反復の終了には、表面的には因果関係はない。だけど、シュウジが夢のホスト役であると仮定するのならば、彼の意識に「確保=夢の終了」と植え付けておかなければならない。シュウジの意識をその結論にどうにか誘導できた、と思う。
あとは犯人を捕まえるだけだ。
この“もしもコミケで爆破事件が起きたら”という歴史改変は、絶対に防がなきゃいけない。




