痺れる脚
「報道によると8階のトイレで爆発が起きたとのことだ」
シュウジは会議棟の地図を取り出し、爆発現場の状況を説明してくれた。
8階にはエレベーターが4基ある。ぼくはシュウジからマジックを借りると、地図上のエレベーターに1から4までの番号を書き込み、作戦の概要をシュウジとミズキに伝える。
「現場から近いのは3番と4番。遠いサイドの1番と2番には立ち入り禁止のコーンを置いておく。シュウちゃんはトイレの付近に身をひそめて、トイレに入ったときと出たときで手荷物の数が異なる人物をチェックしてもらいたい。っていうか、会議棟は立ち入り禁止区域だから、そんなに大変じゃないと思う。相手に姿を見られないようにすることが大事だからね」
「うむ」
「犯人の目星がついたら、相手が3番と4番のどちらのエレベーターに乗ったのかを確認し、すぐさまトランシーバーで連絡してくれ」
「わかった」
「ぼくとミズキは1階のエレベーターあいだに待機して、連絡を受けたら犯人が乗ったエレベーターの出口に移動し、犯人がエレベーターから出てきたら尾行を開始する」
いよいよ作戦の開始だ。
ぼくとミズキはシュウジと別れて、会議棟の1階のエレベーター付近に待機していた。
待機中、ミズキが話しかけてくる。
「ねえ、ノア」
「なに?」
「うまくいくかしら」
「この作戦は、あくまでこの反復の原因がシュウちゃんにあると仮定したものだよ。違ったら違ったで、また考えるさ」
「そう……」
「大丈夫。ヤバイことはしないって」
「それはいいんだけど、あの、シュウジさん、って……」
「やっぱ不安?」
「ううん。すごいな、って」
「へ?」
「だって、あんな大変なことを100日以上も繰り返しているなんて、すごいわ。あそこまで自分を律してみんなを守るなんて、普通できないもの」
そうか、「すごい」なのか。ちょっとその感覚はわからないけど、とりあえずミズキが心変わりをして協力的になってくれたのは助かる。
そこに、シュウジからの無線連絡が入った。
「こちらノア。どうぞ」
「いま出た。1番に向かった」
「相手の外見は?」
「身長はちょうど俺と同じくらい。モスグリーンのコートを着ていて、黒のニットキャップをかぶってる」
「わかった」
「ノア」
「ん?」
「このまま俺が追いかけたほうが早いんじゃないか?」
マズイ。やっぱりシュウジの正義感が災いしている。ぼくの“予想”が正しければ、できるだけシュウジは犯人と会わないほうがいい。犯人と対面させるのを避けるために、あえて近距離に置いて、そこから引き離れていく役割を与えたのだ。
「いや、犯人との鉢合わせを避けて、別のエレベーターで降りてきて」
「でも目の前にアイツがいるんだぞ」
「爆発までの時間を正確に測って」
「しかし!」
「ほかに被害に遭いそうな人を誘導して。それができるのはシュウちゃんだけだよ」
「……そういうことなら、仕方ないが」
「頼む。トランシーバーは切るけど、あとで連絡する。何かあって連絡できなかったら、反復して屋上展示場で落ち合おう」
「わかった。気をつけろよ」
ぼくがトランシーバーの電源をオフにして見張っていると、ほどなくしてモスグリーンのアーミージャケットと黒のニットキャップを身に着けた男が出てきた。
「……来たわよ」
ミズキの口調に緊張がこもる。
ぼくたちは男を見失わない程度に、およそ5メートルほど後方から尾行を開始した。
男は少し猫背だろうか。かなり速足で、追いかけるのがやっとだ。
息が切れる。前に出て顔を見るチャンスがない。
ミズキは少し遅れがちになる。
ドカン!
ぼくたちの後方で大きな爆発音がした。物見高い人々が、いっせいに国際展示場のほうに向かっていく。周囲は騒然として、誰もがパニックを起こしているようだった。
男は人の流れに逆らって、駅へと向かっていく。
マズイ。
電車に乗られると、ぼくたちは反復してしまう。
ただでさえ犯人が速足なのに、人波に逆行することで、さらに尾行が困難になる。
時間がない。その前に何としても顔を確認しなければ。
ミズキを待っては、いられない。
ぼくは大きく遅れたミズキに向かって、声をかける。
「ミズキ」
「さ、先っ、……先、行って」
ミズキは前方を指さして、ぼくに先に行くように指示をしていた。
ぼくはミズキを置いて、駆け足で犯人を追い続けた。
駅前まで来ると、周囲の人々は皆、野次馬として国際展示場の方面に向かって行ったので、ぼくと犯人の付近はぽっかりとエアポケットのように人波が途切れていた。
そのままぼくは犯人に追いつき、横並びになると、ちらりと顔を向けた。
「おまえ!」
ああ。やはり犯人はぼくの予想したとおりだった。
男は瞬間的に身構えて警戒心をあらわにする。しまった。声を出したのは失敗だった。
ぼくは男と正対することになってしまった。
男は銀色に光る金属製品を取り出すと、なにやらカチャカチャと片手で操作すると、金属製品はナイフへと早変わりした。
うそ?
ぼくが身じろぎしているうちに、男はぼくの脇をすり抜けて駅方面へと走りさっていった。
ぼくは男の背後を見送ると、右脚に猛烈な熱を感じていた。
「熱っ」
だが、熱と感じたのは錯覚であり、少し遅れて激しい痛みが襲ってきた。
「キャッ! ノアどうしたの、その脚!」
ようやく追いついてきたミズキが、短い悲鳴を上げた。ぼくの右太ももには、ナイフが突き立てられていた。痛みで脂汗がにじみ出てくる。
「ぐっ……、反復しちぇえば大丈夫……。悪い、電車まで肩を貸して」
「……ナイフ、抜いちゃだめよ。血があふれ出てくるから」
右足から流れ落ちる血を見ても、動転しているのはミズキよりもぼくのほうだった。
ぼくは上着のダウンジャケットを脱いで、手で抱え持つようなふりをして右脚を隠した。そしてミズキに券売機で乗車券を買ってきてもらい、体を支えてもらいながら電車に乗り込む。しかし、電車はなかなか発車しない。車内にアナウンスが響く。
「ただいま付近で起きました爆発事故の影響で、安全確認を行っています。安全が確認でき次第、発車いたします。お客様にはご迷惑をおかけしますが、いましばらくおまちください」
くそっ。脂汗が止まらず、冬だというのにぼくは川にでも落ちたかのように、全身が汗だくになっていた。ミズキが心配そうな顔をしている。ミズキは気を紛らわせようとしてくれているのか、いろいろと話しかけてくれる。ぼくは、それにいちいち、うん、とか、ああ、とか曖昧な返事をしていた。
「それで……相手はどんな人だったの?」
犯人の男の顔は、シュウジだった。
似ているとかそっくりとか、そういうレベルではない。生き写しそのものだった。
ぼくの予想は的中してしまった。あの犯人は、シュウジの潜在意識が生み出した負の存在そのものだ。
「ただいま安全が確認されました。まもなく発車いたします。みなさまには大変ごめいわくをおかけしました」
ようやく電車が動き出す。
右脚が痛すぎて、痺れたように感覚がない。
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「そろそろ動き出しますよ」
牛山健二がぼく起こしてくれた。
体育座りの姿勢のまま眠っていたせいなのか、それとも師走の寒さのせいなのか、両脚が痺れていて感覚が鈍い。脚は痺れているが、痛みはなかった。




