第七話 初体験のワイプ①
初体験の瞬間移動は、ミラノにとって見るもの感じるものがどれも新鮮でワクワクしっぱなしだった。
ホーンと呼ばれる瞬間移動を行う場所へ行くまでにも、1000キメル以上の遠方移動者には面倒な関門が待ち受けていて、何か悪さを働きたくなる気持ちにさせてくれた。
しかし本当に悪さを仕出かしちゃうほどミラノも子供じゃないから、後部席の窓を少しだけ開けて観察しているだけに留めていた。
五色のブロックで色分けされた緑色の通り道(飛ぶ距離によって色で区分されてる)の途中に関所は存在していて、予め国館で購入済みのチケットを切って渡さないと門を潜れない仕組みになっている。
1000キメル~4999キメルは四枚綴りのチケットになっていて、その都度、門衛陣に切ってもらって初めて通過できるのだ。
この時、チケットを思いがけないアクシデントで切ったとしても、そんな悲劇的な言い訳は一切通用しない。気づかなかったなんて言って同情を求めるだけ無駄である。
とりあえずは何のトラブルもなく最終門に到達したが、合計三箇所もの関所を迎えたことにミラノは驚いた。
どんだけ窮屈なんだよ。こっちは普通の、すっごく普通のお客様だっての。
最後の関所で、ミラノは門衛と目が合った。彼の瞳はとてもじゃないけど綺麗とは言えない。
国内地位としては看守とか哨兵とか、威張っておごりたかぶる男たちと同等の立場であることは間違いないんだろうけど、彼の目は濁っていて、仕事や立場に対しての誇らしさが少しも感じられない。
もっと幅を利かせてくれても文句はないのに(イラッとはするけど)。
少なくとも他二名の門衛は堂々としていた。君もそうすべきだよ。ランディ君(制服の胸ポケットに名前が刺繍されてたんだよね)。
「てか、どんだけヤル気無いなんだか」
門を通過する間際、ミラノは愚痴った。
そんな立派な仕事に就いてるってのに、贅沢だ。だったらアタシと変わってくれ! お堅い門番だって華やかさが必要だと思うし。女がいたって良いでしょ。
門衛はミラノの愚痴の断片すら耳に掠めることなく遠ざかってい行く。
最終門を出て指示通りに右折してしばらくすると、トンネルから外に出た時のように視界が艶やかになって、ミラノは具合の悪い窓を限界まで開けた。
ホントは窓ごとそっくり外してしまいたいけど、そんなことしたらおっさんにこっ酷く怒られるのが目に見えてるから、最大の十セント《cm》から無理矢理一セント引き伸ばすだけにしておいた。
前の席は三セントが限界だけど、後部席は十セントも開くんだから! いや、今は十一セント!
ミラノの目に、初めて見る光景が次々と飛び込んで来た。
足が生えたように動く階段、飛び跳ねるランプ、回転する噴水、不要な物を食べ歩いて掃除をするホウキバタキという巨大な花、色とりどりの植物。
どれもこれも砂っぽい街では見られない物ばかりだ。
「わぁすっごい! デートするのに最高だって写真誌で見たことがあるけど、ホントに異世界だ!」
ミラノは十一セント開いた窓に顔をめいっぱい近づけた。
ホウキバタキに関しては苦手な物もあるようで、それを飲み込んだ時の反応が面白いったらなかった。
植物と紛れ込んでニョキッと生えた、誰が見ても怪しい青いキノコだけれど、それを見つけたホウキバタキはモジモジと迷っていた。
と思ったら、意を決したように飲み込んで――直後、五枚の大きな花びらをピーンと立てて身震いした。
その動きが人間みたいで可愛い。家に持って帰りたいくらいだ。
しばらくすると並木道に差し掛かった。ここはトロッガンの往来が多いようだ。
長く伸びる道を挟んで、赤・青・黄の大きい身を実らせた緑樹が肩身を窄めるよう左右に植えられている。
中でも青い果実が一段と美味しそうだ。キラキラ輝いている。あの煌きは瑞々しいってことかな? 一個もいで食べたいなぁ。
と言ったら、おっさんが笑った。
「あれは食いもんじゃない。用心玉というやつだ」
「何それ?」
「赤は警告、黄は注意、青は安全――瞬間移動場ってのは、あれだけの門番を置いたところで完全な防衛にはなっとらん。他国の諜報や侵略を防ぐためには、過度の措置が必要となってくるのは仕方のないことだ。ほれ、上をよく見てみろ」
バウランはトロッガンを幅寄せし、他のトロッガンとぶつからないよう低速で走らせていた。
これもそれも瞬間移動初体験のミラノにホーンフロアーを見せるためだ。
こういう気遣いこそ娘のような相棒であるミラノを可愛がっている証拠でもあるのに、当のミラノときたらまだまだ分かっちゃいないのだった。
空に顔を向けたミラノは、そこでも愉快な気分にさせられた。
空高く飛び交う沢山の黒い鳥。尾が長くて翼が大きい。顔が赤いのがかろうじて認識できた。それぞれ優雅に旋回している。
ミラノの瞳は輝きと共に瞼がどんどん広がっていった。
「ウッソ~! あの鳥って霹靂神じゃんか! 初めて見るよ。うわぁ感動!! あの鳥ってズドーンって雷落とすんでしょ!」
「そうだ。彼らの嗅覚は優れていてな、あんな高い位置からでも瞬間移動して来た人間の魂臭を嗅ぎ分けることが出来るのだ。他国者の匂い、出身地の匂い、在住所の匂い。それだけじゃないぞ? 怪しい人物とそうでない人物とを判断出来る。そして怪しい者には、ホーンルームごと――え~ホーンルームとは瞬間移動を行う個室のことだ。良いな? ホーンルームの尖頭屋根に雷を落として、中の人間をショック状態に陥れる威力を持っとる。そればかりか、ホーンルームには、瞬時に雷光を吸収して人間に放出する魔力があるからな。そうなりゃイチコロだ」
「それ、死んじゃうじゃんか」
だって霹靂神の雷だよ? ショック死っていうか、真っ黒焦げになっちゃうでしょ。逆にこっちが加害者ってことになるよそれ。
「いんや。大丈夫」
バウランは微笑んだ。「ここの霹靂神は優秀だからな。さじ加減はお手の物だ」
「ふ~ん。おっさんより遥かに優秀って訳か」
「はん? どう言う意味だ」
バウランの声調が一変する。
「え~だってさ、おっさんの落とす雷ってか、ゲンコツって、涙がちょちょ切れるくらい痛いからさ。さじ加減不足ってことでしょ」
「バカヤロウ。それは小娘のオヌシが言うことを全然聞かないからだ。これとそれを一緒くたにするでない。ったくッ」
「ケッ」
「ケッ、じゃない」
バウランはやれやれとかぶりを振った。
しかしミラノはお構いなしだ。これもそれも一緒だと思うし、強烈なゲンコツが引き金になって脳が損傷したらどうしてくれるってんだ。ったくッはこっちだよ。ったくッ。
低速で進むトロッガンは周囲を走るトロッガンから引け目を感じるほどオンボロの動きをしながら、用心玉が生る木の道を走行していた。
「あ、てか。用心玉とそれとどう関係があるの?」
「おおそうだったな。話が逸れちまった」
バウランはトロッガンを通常走行させた。
「用心玉は、霹靂神の判断で灯る色が変わってくるのだ。フロアー内に注意人物が紛れ込んでいる時は黄色の実を灯らせて、凶徒者が紛れ込んでいる場合は赤色の実を灯らせる。ここでも雷の強さを調整されているから木が焼け焦げになる心配は無用だぞ」
「そんなに警戒しないといけないの?」
ミラノはいまいち腑に落ちなかった。霹靂神の一撃があるならそれだけで十分な気がするけどな。
「用心に少ないも多いもない。ここはいろんな人種が集まるし、追い剥ぎの被害だって馬鹿にならんのだ。他国などの極悪党だけが注目されがちだが、小さな盗っ人に関してはまだまだ怠ってるようだしな。ま、とにもかくにも凶徒は絶対に出してはならん。あれだけの木が黄や赤に灯れば、どんな目が悪くとも分かるだろ。数の多さと実の大きさは周囲に知らせる目的でもあるのだよ」
「なるほどね。色々大変なんだ、ワイプ場も」
「そういうことだ」




