第六話 ブレイク様様
「ブレイク、これが依頼書と手紙だ」
トロッガンをスタートさせる前に、バウランが手渡す。
枯れた小枝のような指先でそれを受け取るブレイクは、顔をめいっぱい近づけて文書を読む。
そんな至近距離で読める方がどうかしてるとミラノはいつも思う。ふむふむふむ。と頷いているってことは、理解してるってことなんだろうけど。とても不思議な光景だ。
だって、それこそ小枝をポッキンと折ったような尖った鼻の先に、紙が当たっちゃってるんだもの。変でしょ?
でも、これまでもその奇妙な読み方できちんと理解していたようだから、本人に面と向かって文句を言うつもりはないけれど。
しばらくしてブレイクが文書から顔を放した。
「なるほど。ええとですね、クラウン・サイバード様は遠い場所に居られるようなので、影法師を呼び寄せるには少々時間がかかります」
「どれくらい要する?」
バウランは訊いて、ゴボゴボゴボと咳をするトロッガンを静かに走らせた。どうやらミラノの臀部の下辺りが故障しているようだ。
「そうですねぇ。小一時間は頂きたいところです」
「うむ。ギリギリ大丈夫だろ」
「では、ワタクシはさっそく影狩を始めさせて頂きますが、宜しいですか?」
「ああ。頼んだぞブレイク」
「了解致しました」
ブレイクはバウランに一礼をして、それから後部のミラノを見た。
ミラノは足を組んで座席からずり落ちそうなくらいだらしない格好でトロッガンの調子を窺っていたから、ブレイクと不意打ちの視線の合致に薄気味悪さを感じた。
「な、なんだよ」
「いや。何でもないです。ただ、今から小一時間はお話ができないことに協力頂ければと思ってます」
「あ? ああ。了解」
ミラノは、途中から太ももを見られていたことに気づいていたから、わざと股を開き気味に足を組み直してやった。これでどうだ。
ブレイクは金壷眼をパチクリとさせ、ハッとしたように前に向き直った。
そしてポケットからしわくちゃの黒い布を取り出して顔に掛け、影狩の基本形である瞑想を始めた。
ふふふ。そんな調子で瞑想できるのかね。とミラノは心の中で笑った。ブレイクはからかい甲斐があって楽しい。
「いい加減にせい」
バウランが何でもお見通しと言わんばかりに前を向いたまま小突いてきた。
ミラノはチッと言って唇を尖らせた。これは大事なコミュニケーションだよおっさん。分かってないんだから。
魔法使いのブレイクが居なくなっちゃったらウチは商売上がったりだからおっさんは必死なのだ。
そう。擬似屋って魔法使いが居ないと成り立たない。ちょっと面倒なんだけどそうなんだからこれは仕方ないんだよね。
あいにくアタシもおっさんも影狩はできない。
だってこの魔法って、下手すりゃ生命の危機に陥れてしまうくらい危なっかしいやつだから。容易に取得できないのだ。
名前と在魂番号からその人の影法師を浮き上がらせて、それを別の人間に憑依させれば、あらま不思議、あっという間にその人に成り代わっちゃう。外見をそっくりそのまま複製できちゃうってわけ。
あ、声も範囲内だから無理に変える必要は無し。口調とか癖とか歩き方とかは本人の特徴を意識しなきゃならないんだけどね。
ただ、この魔法って失敗した時がホントに恐ろしい。
影法師を肉体に入れるときも外すときも最善の注意を払わないと、互いに拒絶反応を起こしてしまうからさ。心臓が止まって死に至ることもある。
そうなったらもう時すでに遅し。どうすることもできない。
だから影狩を使える魔法使いは優秀でなきゃいけないし、万が一のことが起こってからも善良のフォローができなくちゃならない。
それらを考えると、ブレイクって見た目はあんなんだけど、魔法に関しては出色な人材なんだなぁと感心するよ、ホント。ブレイク様様だね。
それでもって今日は、ウェッジ村在住のクラウン・サイバード君十七歳に成り代わるってこと。




