第十一話 高台の豪邸
サイバード家は高台に建てられた、石造りの大きな家だった。
この一帯では一際目立つ豪邸で、煙突がとても長いのが特徴である。
門にたどり着くまで長い上り坂が続いていたが、よくぞオンボロトロッガンで登りきったものだとミラノは感心した。途中でくたばってしまうんじゃないかとヒヤヒヤものだった。
トロッガンを門の前に停め、三人は大扉まで歩いた。
生き生きとした芝生が一面に広がった前庭には、色鮮やかな花が等間隔に植えられている。
家を守るように翼を広げた霹靂神の石像が置かれているのには、バウランとブレイクがビックリしたけれど、それよりも、個人宅でホウキバタキが庭掃除していることにミラノは驚いた。
瞬間移動場で見たホウキバタキよりも一回り小さいけれど、害虫や枯葉を美味しそうに食べている勇ましい姿にまたしても感動した。
ガレージにはまだ真新しい黄色いトロッガンが停まっている。
もし、オンボロが故障したら貸してもらうことが出来るだろうか? とミラノは思った。
「ちょっと良いか」
バウランが足を止める。「ブレイクが感じた不吉の件はくれぐれも黙っておくように」
「了解致しました」
ブレイクが慎重に頷いて長いため息をつく。
ミラノは親指を立てて合点のサインをした。そんな話、言いたくとも言えないから心配無用だよ。
「あ~そしてミラノ、図々しくも報酬のことは口に出すんじゃない。分かったな?」
「ケッ」
「ケッ、じゃない。冗談でも言ってみろ、小遣いを減らすからな。良いな?」
と、バウランが釘を指す。
「わ~かってますよ。そこまでアタシだって子供じゃない」
「分かってるならよろしい」
背を向けたバウランに、ミラノはベーッと舌を出した。それを見ていたブレイクは微笑ましく笑う。
三人は大扉を見上げる。マエストロの技が光り輝く立派な鱗模様が施された豪華な扉だ。
遠慮気味に咳払いをしたバウランが鐘を鳴らした。キリンコンと予想に反して可愛い音が鳴り響いた。
しばらくして扉が開けられ、長身のブロンドの女性が顔を出した。彼女は白い生地に花の刺繍が散りばめられた麻のワンピースに、砂浜のような色をした胸元までのレースのポンチョを巻いている。腕に貝殻のバングルを飾っていた。
化粧こそ薄かったが、バウランと同年代には見えないくらい若々しい。十代のミラノでさえ艶やかな白い肌が羨ましいと思うほどだ。
「お待ちしておりました、バウランさん」
「この度はご依頼くださりありがとうございます」
バウランがツルツルの頭を深々と下げる。
「そしてこのおチビがあっしの相棒です。まだ若干十五歳ですが、イミテンションはお手の物でございます。ご安心を」
ミラノはバウランの横顔を睨んだ。イミテーションだって言ってんじゃんおっさんよ。無理して慣れない言葉なんか使うから間違うんだよ。
彼女はスカイブルーの瞳を細めてミラノを見た。
「ええ。存じ上げております。よろしくお願いしますね」
「ミラノ・アウディラです」
ミラノはペコッと頭を下げた。
「そしてこっちが魔法使いのブレイク・コーリーです。この通り見た目が不健全ですが、腕は本物です」
「今日は宜しくお願い致しますブレイクさん」
婦人が手を揃えて頭を下げる。
ブレイクはトンガリ帽を取った。埃が舞う。
「息子さんの影法師を彼の自室に呼び寄せてございます。随分と遠い場所におられるようで、時間を要してしまいましたが、息子さんはご無事でいらっしゃいますからご安心を」
その瞬間、婦人の目尻が下がった。張り詰めていたものが一気に緩んだように顔が綻ぶ。
「そうですか。あ~良かった。ひとまず安心したわ。さ、中へどうぞ」
三人は、婦人の後に続いて邸宅に入った。
高そうな調度品と絵画を眺めながら三人は階段を上り、クラウンの部屋に通された。
ミラノの自室の数倍はある室内には、毛並みの豊かなオフホワイトの絨毯が敷かれていて、大きな暖炉があって、ふかふかのベッドがあって、王様が使うような細かい彫刻の入った机があって、机の上には銀の台座に座った水晶玉が置かれていた。一家に一玉じゃないのが羨ましい限りだ。水晶があれば好きな時に好きな人と会話ができるじゃんか。ま、今のところ好きな人はいないんだけど。
それはそうと、どれもこれも高級品で揃えられていてミラノはため息しか出なかった。十七歳にしては贅沢過ぎる生活感が大いに窺える。
綺麗で若い母親もいるし、何不自由なく育てられていると言うのに、どこに不満があって家出したのだろうか。まさか金持ちの生活に飽きたとかじゃないでしょうね。そうだったらはっ倒してやる。
「立派なお宅ですな」
バウランが感嘆した。
「ありがとうございます。この家は亡くなった主人が残してくれたものなんです」
と、彼女は感慨深い面持ちで窓際に立って外を眺める。
「夫はハーバス市に石材店を数店持っておりました。全て他人の手に渡ってしまいましたが、生前から私と息子のことを一番に考えてくれていたようで、今もこうして幸せに暮らすことが出来ているんです。息子にも優しかったですし、自慢の夫です」
「そうでしたか」
バウランがしんみりと頷く。
優しいか――。
ミラノはこの十五年間、父親が優しいと思ったのは一度だけだった。自立して初めての帰省の時、頑固者で無口な父親が新しい靴を買っていてくれた。それまでプレゼントをもらった記憶がなかったから、初めてのことに戸惑ったけど、涙が出るほど嬉しかった。その靴は、まだ大事にしまってある。
ま、二度目の帰省では何ももらえなかったのだけれど。
「どうしましょッ」
窓の外を見ていた婦人が唐突に言った。
「どうしましたかね?」
バウランが問う。
婦人は青い瞳をオロオロさせる。
「どうしましょう……教員たちが来たようです。まだそんな時間じゃないはずなのに」
「何ですと?」
窓の外を見ると、高台から見える一本道をこちらに来る黒いトロッガンがあった。
「どうすんだよ、おっさん」
ミラノは言った。「打ち合わせ、まだじゃんか」
こちら側は良いけれど、素人の依頼者がしくじって不首尾に終わる場合が希にある。擬似屋を使っていると見抜かれてしまうのだ。そうなってしまっては元も子もない。
おっさんとの間にはまだないけれど、一回の失敗が原因となって依頼が来なくなった人をミラノは知っている。
「仕方がない。待たせてしまうのも印象が悪くなってしまう」
バウランが顎を摩る。
「打ち合わせ無しかよ?」
「大丈夫。キリエさんは何も難しく考えずに、本当に息子さんと教員たちが話していると思って接して下さい。きっと上手くいきます」
「ええ。分かりました」
胸元を抑え、フーっと息を吐く婦人は、目を瞑った。「大丈夫。大丈夫」
「そうです。何も心配なさらずに――ブレイク、頼んだ」
ブレイクは頷いて、成功の儀式である祈りを捧げた。そして人差し指を出して天へ掲げる。途端、指先が緑色に光った。
ブレイクは光る指を使って空中に「クラウン・サイバード」と書いた。
次の瞬間、部屋の中央に人の形をした黒い影がボーッと現れた。クラウンの影法師だ。
陽炎のように浮かぶ影法師は仄かに揺れている。
ブレイクが指を動かすと、影法師もその通りに動き出す。
影法師は不思議なことに、影狩でおびき寄せただけでは影は見えない。魔力を放った魔法使いなりが、『空光』を集めた指で操って初めて影法師が浮き上がるのだ。
「ミラノさん、よろしいですか?」
「いつでもどうぞ」
と強がったが、影法師に憑依される瞬間ってのは細胞が破壊されているみたいに気味が悪い。失敗した魔法をかけられた感覚だ。
窓の外から、トロッガンのドアを閉める音がした。続いて複数の男性の会話する声が聞こえる。教員たちは無遠慮にガレージを利用したのだろう。となれば時間がない。
婦人の閉じられていた瞼に力が加わった。
ブレイクはそれでも冷静に、呪文を唱えながら指をクイックイッと動かす。
「マト・ラ・ウ――ミラノ・コン・イ――クラウン・シー・ア」
ミラノの身体と重なった影法師は、最後に指をピンッと弾いたブレイクのシグナルと共に消えて無くなった。
血流が一瞬止まった感覚に陥ったミラノは呻いた。
次に、皮膚の中に植物の根が蔓延ったような違和感に跪いた。
「うぅぅううう……あぁぁぁ……あうぅぅあぁああああ」
ミラノは堪らず声を絞り出す。後半の声質は変化していた。それは紛れもなく少年の――クラウン・サイバードの声だった。
とその時、サイバード親子を呼ぶ鐘がキリンコンと鳴らされた。




