第7話 あまりものあまいもの(特筆すべきことなし①)
「知ってる天井だ」
ベッドにいる先輩が呟いた。
「何の話すか?」
ソファにいる私が先輩を見ずに言った。
「今何時?」
「十時すね。コーヒーあるす」
「……ありがとう」
先輩がワンテンポ遅れて返す。
「何の間すか?」
ベッドがキシりと鳴り、先輩が起き上がる音がした。背後から私にくっつく。
「ここにいるの慣れてきたねって思ったから」
「はあ」
「前は借りてきた猫みたいだったのに」
「記憶捏造してないすか?」
「うん、嘘。君は最初からスンとしていた」
私の右頬に先輩の左頬が触れる。
「何か食べた?」
振動ごと声が聞こえる。
「いえ、私もさっき起きたので。簡単なものならなんか作ってもいいすよ」
「うーん」
先輩が左右に私を揺らす。
「でもちゃんと食べるにしては昼前すぎるかなあ」
「そうすね」
「あ、いいのあるよ」
先輩が身体を離し部屋の端まで歩いてカバンを探っている。
「じゃーん」
じゃーん?
先輩が透明の袋を取り出してこちらに向けた。中に茶色いものが詰められている。
「なんすか?」
先輩が袋をテーブルの上に置いて私の横に座った。
「カステラ」
「細いすね」
市販のカステラにしては細長くて大きさもまちまちだ。
「そう、カステラのあまりもの」
「あまりもの? ああ、切れ端すね」
「そうそう」
先輩が袋を開けて、昨日からクッキーを置いていた皿に並べた。カステラを包丁か何かで成形するときにあまる端っこの詰め合わせだろう。
先輩が目の前のマグカップを手に取り口まで運んだ。
「コーヒー、まだ温かいね」
「そろそろ起きるかと思って淹れたので」
「わかってるじゃーん」
先輩が私の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「前からそれやめてくださいって言ってると思うんすけど」
先輩は私を褒めるときしばしばこうする。
「なんかかわいいからさ」
「私は犬でも猫でもないす」
「それはそうだけど」
「これが最終回す」
「わかったよ」
結局これでも怒らないんだから私が甘いと言われても仕方ないんだけど。
先輩がカステラの切れ端を口に放り込みコーヒーで流し込んだ。
「うんうん」
意味ありげに頷いている。
「どうすか?」
先輩が皿を指さす。
「まあ、食べてよ。切れ端だけど美味しいからさ」
「なんで生産者目線なんすか?」
「まあまあ」
「わかりました」
私も手の平くらいの長さで厚みのないひょろひょろしたカステラを食べる。
「カステラすね」
味はそのままカステラだ。安物ではないかもしれないけど誤差か。そういえばカステラって自分のために買ったことないな。
「そうだよね」
先輩が同じような切れ端を持って私の目の前で揺らす。
「ほら、曲がって見える」
「実際曲がってるんすけど……」
ペンを揺らして曲がって見えるやつのことが言いたいのだろう。
「それはそう」
そのまま先輩が食べた。
「いつもより甘い気がする。カステラって端の方が甘いとか、そういうのないかな」
「聞いたことがあるんで、ないことはないと思うすけど」
「けど?」
「これの元のカステラの甘さがわからないと評価できなくないすか? 元からめちゃくちゃ甘いカステラの可能性があるす」
「あー、うん。言えてる。さすがよく気がついたね。ご明察」
変な評価だな。
「私、こういうの好きなんだよね」
「こういうのってなんすか?」
「あまりもの。あまりものには福がある的な? 私たちみたいな?」
「先輩はあまりものではないと思うすけど……」
先輩は面が良いので男女関係なくモテるし私しか選べないということはない。
「それを言ったら君もあまりものではないよ」
「どうすかね、私はモテないんで」
これはこれで卑屈っぽいな。
「この私が選んだんだから自信を持ってよ」
「逆に先輩は自信過剰すね」
「でもこんなに続いたのは初めてかも」
「そうすか」
その発言は正直デリカシーなくて複雑だな。過去を匂わせ減点、私への評価で加点。それぞれが独立して差し引きゼロにはならない。
「私のこと嫌いにならない?」
「お酒がまだ残っているんすか? 嫌いになる要素はいまのところないすね」
「それならいいけど。あんまり言わないから少し不安」
やや沈んだ声で先輩が言った。過去に何を言われてきたか知らないけど、詳しくは聞きたくないのでここで話を止めることにする。しばし無言でカステラを食べ続けた。
ちょっと待て、人のことあまりものって結構失礼じゃないか?
「なんかカステラ食べたら余計にお腹空いてきた。そういうことある?」
「私をChatGPTみたいに使わないでください」
「まあまあ」
「これはアペタイザー効果すね。アペタイザーは前菜という意味で、少量の前菜を食べると胃が刺激されて食欲が増幅されるらしいす」
「やっぱり知ってるんじゃん」
先輩がふわっと私の頭に手を置き、気がついて手を離した。よろしい。
「割れせんべい、くずれ明太子、不揃いバウム、そして君」
「はい?」
「私が好きなあまりものシリーズ」
「そうすか」
「何か言いたげ」
「割れせんべいは味を染みやすくするためとかで意図的に作っているところがあるすね」
「そうなの?」
「明太子はそうしないと売れないからという都市伝説もあるす」
「そんな……」
「バウムは無印のやつすよね。あれは検品の手間を省いたから不揃いという表記をしているらしいす」
「じゃあ完全体のバウムは……」
「存在しません」
「いつか完全体を買うのが夢だったのに」
「ショボい夢」
「聞こえてるよ」
「聞こえるように言ったす」
「あ、そう」
「最後のはそうすね、私も好きですよ」
「え?」
「あまりものの先輩が」
「……最高!」
横にいた先輩が私に抱きついた。ふわふわの感触が伝わってくる。
「……あの、先輩。この部屋においては先輩は基本的に自由だとは思うすけど……」
「近代において人間は基本的に自由?」
「いや……」
「うん、だから何?」
「そろそろ上にシャツか何か着てくれないすか?」




