第4話 私の好きなところ100個言って(ウザい)(バレンタイン)
「お邪魔しまーす」
「なんで私より先に部屋に入るんすか」
「いいじゃない」
両手にビニール袋を持ちながらなんとかして部屋のドアを開けたところ、先輩はそのまま私の脇をぬるりと抜け部屋に吸い込まれていった。先輩が靴を脱いでとんとんと部屋に入っていく。私がドアを閉めた頃にはすでにワンルームの中央で仁王立ちして部屋を物色している。初めて人の部屋に来てする態度かこれは、まずは大人しく座ってほしい。
「きれいにしているじゃん」
「モノがないだけすよ。先輩みたく服持ちじゃないんで」
玄関近くの冷蔵庫に私が食材を詰め込んでいく。
「もっと本とかあるのかと思った」
「電子書籍派なんすよ」
「へえ、君のって私も読めるの?」
「共有していいのは家族だけじゃないすかね」
「家族みたいなもんじゃん」
そういうのさらっと言わないでほしいなあ。
「あと専門書は図書館で借りるんで買うことはあんまりないすね」
「図書館かあ、試験期間以外行ったことがないなあ」
「学費がもったいないじゃないすか」
「そんなこと考えたこともなかったけど、そうかもね」
「そうすよ。先輩はもう卒論だけかもしれないすけど」
「その前に就活が……」
「ああ、就職はするつもりなんすね」
「『は』は余計」
「とりあえずそこのクッションの上に……、なんでベッドに乗っているんすか」
先輩はベッドの上で体重をかけたり腰を浮かせたりして跳ね返りを確かめている。
「だってベッドの方が座り心地よさそうだし」
「部屋が狭くて先輩の家みたくソファがなくてすまないすね」
「そうは言ってないじゃん」
しかもテーブルをベッド側に引き寄せている。これから鍋をするんだぞ、汁がシーツについたらどうする。
「あ、これ何?」
先輩が立ち上がって部屋の隅にある段ボールを勝手に開いた。デリカシーがなさすぎる。これ恋人としてガツンと怒らないといけないやつか?
「知らない食べ物ばっかり。やきそば弁当?」
食材を詰め終わった私が先輩の横まで行く。先輩は北海道限定のカップ焼きそばを手に取って裏表を確認している。
「実家からの荷物すよ。たまに送ってくるす」
「いいね」
「送料考えたらお金振り込んでもらった方がいいすけど」
「でもそういうのが親心ってやつじゃない?」
「そうすね」
「これは?」
すでに荷物に興味を失った先輩はテレビの横にある二体の茶色と白のテディベアを指さした。
「こういうかわいいのあるんだ」
「こっち来るとき弟たちからもらったんすよ。私の趣味じゃないすね」
「弟さんたちの代理か」
「そうかもしれないすね」
「なるほど」
先輩はそれぞれの手で二体のぬいぐるみを掴み、裏返して壁向きに置き直した。
「なんすか?」
「見られるとなんか恥ずかしいかなと思って」
「私が? 先輩が? 意味がよくわからないすけど」
「わからないならそれで結構。さあ食べよう食べよう」
「買ってきたお茶用意するす。待っててください」
それから私たちは伊勢丹のバレンタインフェアで買ってきた高めのチョコレートをテーブルに並べて色々つまみながら感想を言い合った。どれもこれも私のチョコレート人生を塗り替えるほどの美味しさで、バイト三日分のお金を飛ばした甲斐はあった。
「手作りチョコって作って渡すタイプだった?」
鍋を片付けたあと、残ったチョコレートと一緒にお酒を飲んでいる満面の笑みの先輩が言った。
「どうすかね」
「覚えてないってことはないじゃん」
「先輩はどうなんすか?」
「秘密」
「じゃあ私も秘密にするす」
「おあいこか」
「そうすね」
「君はさ」
先輩が私を見て、真剣な顔で、いや、これ酔っ払い特有のぐるぐる目か?
「私のどこが好きなの?」
「それは……」
「私の好きなところ百個言って」
「ウザッ」
「あ、それ傷つく」
「そういう先輩は言えるんすか?」
「うん? 言えるよ、言おうか、まず」
「いやいや、わかりました。言わなくていいす」
思わず先輩の口を手で塞ぎそうになる。
「言わせてよ~」
首を左右に揺らしている。長身の先輩は座ると私とさほど高さが変わらなくなる。
「言いたいんすか」
「たまにはね、確認しておこうかな、と」
「確認?」
「私の気持ちがわからないならそれでよろしい」
「わからないわけじゃないすけど」
「けど、なに?」
「いいすか、先輩」
「お、何か始まるな」
「その反応はそれでなんか嫌なんすけど」
「いいから、続けてよ」
先輩はアルコールの缶をテーブルに置いて、やや姿勢を正してこちらを向いた。
「……わかったす。私は先輩の好きなところを百個挙げましょう、先輩も同じく百個挙げるす。その百個の要素をすべて持つ人間は、すべて私や先輩すか? その要素をすべて持っている人間がいたら、先輩はその人間を好きになるんすか?」
先輩の頭の上に三点リーダーが浮かんでいるのが見える。私の言葉を飲み込んだ先輩はゆっくりと口を開いた。
「それは、違うと思う。それは私じゃないし、君でもない」
「そうすよね? 私も同じす。有限の個々の部分の集合は、必ずしも全体を表すわけじゃないす。特に人間という複雑な存在はそうす。私は全体としての先輩が好きなのであって、先輩は私の好きなパーツの寄せ集めじゃないす」
「うん、うん、わかった。君が言いたいこと。それは私も同じだよ。ごめんね、こういうこと聞いて」
「いや、私も言いすぎたす」
先輩がちょっと涙目なのに気がついて慌てて取り繕う。
「でもさ」
先輩が両手で私の肩を掴んで私をベッドに押し倒した。
「あんまり言わない君も悪い」
「わかりました、それは反省するす」
「それでよろしい」
先輩は横目でテレビの方、テディベアをちらりと見た。ああ、そういうこと。
「『バレンタイン』の『連帯』の部分」
先輩がぼそりと言った。
「なんすかそれ」
「言葉の部分から別な言葉を見つける遊び。Xで見た」
「そうすか」
腕の力が抜けたのか先輩が私に覆い被さる。
「どう?」
お酒臭い甘い息が私の耳元にかかる。
「あまりにもくだらなすぎる」




