第3話 永遠ではない私たちには(節分)
「……」
もしゃ。
「……」
もしゃ。
「……」
もぐもぐ。
「……」
もぐもぐ。
部屋で私と先輩の咀嚼音が静かに聞こえる。その奇妙な儀式を終えて、口の中が空になったところで私たちは無言で顔を合わせ何かを確認しあい頷き、テーブルの上に置いてある熱いお茶を飲んだ。
「これでいいのかな」
「いいんじゃないすかね」
今日は節分ということで、私はバイト先のコンビニで押しつけられた一番高い恵方巻きを二つ持って先輩の家に来ていた。コンビニ入ってそうだ今日節分だしついでに恵方巻き買おうって普通なるか? 買いたい人は西友行くだろう、と思っていたが私の予想は外れ、恵方巻きはそこそこ売れた。
「味は、うーん、海苔巻きだよねえ」
「切れていない太巻きすね」
私たちはiPhoneのコンパスを見ながら恵方を向いてルールに従って黙ったまま恵方巻きを食べた。ソファに座った上でやや右斜めに向いていたので多少無理をする姿勢になったが、横にいた先輩も同じ姿勢なのでそこが滑稽で面白い。
「ねえ、知ってる?」
「なんすか?」
「恵方巻きって最近広まったものらしいよ」
「そうらしいすね」
「なんだ、やっぱり知ってたんだ」
「やっぱりってなんすか」
「いや、君のことだからこういうことは下調べ済みなんじゃないかと思って」
「そうすね、言い返すことは特にないす」
先輩の家に向かう電車でウィキペディアを見たので図星だ。
「前からあったことはあったみたいすけど、私たちが生まれた頃くらいにコンビニが広めた説が強いらしいすね」
恵方巻きは私に仕事を押しつける悪しきコンビニの季節商品だったのだ。
「そうそう。案外伝統っていうのも最近作られるものなんだね。あ、でも生まれたときから広まっていたらもう伝統みたいなものか」
「それはそうすね。私たちより過去のものはすべて過去でまとめられてしまうなら、それらは私たちにとってはもう伝統かもしれないすね」
「慧眼?」
「まあ、はい、それで先輩がいいならいいす」
「やったね」
やったね?
「この話、私に言うつもりだった? 私が先に言っちゃった?」
「私は知識をひけらかしたいわけじゃないす。知らないことがあるのが気になるだけす」
「そういうところはいいね。いいと思う」
「そうすか」
「そうだよ、でも私には色々教えてほしいな」
「自分で調べればいいじゃないすか」
「君から聞くことが大事なんだよ。一緒に知っていることを増やしていこうよ、今日みたいに」
「そうすね」
私と先輩は去年末から付き合うにあたり、一つの約束事をした。
先輩が言い出したことで、それは『季節のイベントはなるべく二人でこなすこと』だった。一月の三が日にはそれで明治神宮にも行った。私は去年二十歳になったので地元では成人式改め二十歳の集いなるものがあったのだが、私はどうしても帰るための飛行機が取れず(一月の北海道への往復運賃が出せなかったことが大きい)、今連絡が取れる地元の友達もあまり参加しないということだったのでスルーすることにしていた。それを大晦日に聞いた先輩は、今からでもチケットを取った方がいい、なんならお金は私が出すまで言ったのだが、さすがに万単位のお金の借り貸しはしたくないので断ったところ、前述の約束事をすることになったのだ。
先輩は私の晴れ着のレンタル代まで出すつもりだったらしく、いやいやそれは先輩がお金に困っていないことを考慮しても恐縮通り越してちょっと怖い領域だよ。私は恋人にお金を借りるくらい、恋人にお金を押しつけるのもどうかと思う。私は私たちの関係になるべく大きなお金が介入してほしくない。それを二人でいる意味にしてほしくない。それをやんわり伝えると先輩は思いのほかしゅんとしていた。先輩はお金があるし、そのうえその面のおかげで当たり前のように奢られてきた生活だったようなのでこの辺の感覚は違うのかもしれない。ただ感覚が反対なのも面白いと思っているのかもしれないし、それなら私も悪い気はしない。私は自分を演じているわけではないから、それで合うならそれがいい。
「私たちは永遠じゃないから、年が過ぎ去っていくのを楽しんだ方がいい」
と先輩は冷蔵庫から缶チューハイを二本取り出して言った。
「あれすか、すべての始まりは終わりを前提としている、みたいな話すか?」
「そんな感じ」
さっき冷蔵庫見たけど半分は酒だったな。ザル寄りとはいえなんとかした方がいい、それは私の役割なのか、先輩を変えることができるか、そもそもそれって恋人がやっていいやつか。
「はい、どうぞ」
私は冷えた缶を受け取った。先輩とは違う低アルコールのチューハイで、先輩が飲むと思わないから私が来ることを想定して準備していたのだろう。そういうわざとらしくない気遣いが心地よくて先輩といるところはある。これは甘えだなあ。先輩が言う『永遠じゃない』には『死』も含まれているし、単なる『別れ』も含まれている。未来のことなんて誰もわからないと言い切ってしまうのは簡単だ。始まってしまった私たちは、いつか終わりに向かいあうことになる。願うことなら、それがずっと先で、それも穏やかであることを望むしかない。先輩にもそう思っていてほしい。望みすぎか?
「さっき、恵方巻き、何願った?」
「言わない方がいいらしいす」
「そっか」
「ああ、そうだった」
「なになに?」
私は床に置かれていた自分の赤いリュックを引き寄せ、袋を取り出す。
「実家から荷物が来ていたす」
「北海道もの? レーズンバターサンドかな」
「残念すけど違うすね。一応、少しは投げるかと思って」
「ああ、豆?」
「そうす」
「確かに鬼は外はダメかもだけど、福は内くらいはやっておきたいね」
「そうすよ」
私は袋の中身を取り出した。それを見て先輩はきょとんとした、というかフリーズをした。
「豆?」
「そうすけど」
「でも、それ大豆じゃなくて落花生じゃない?」
「そうすけど?」
「え?」
「え?」




