第2話 運命じゃない方がよかった?(元旦)
「ねえ、神様って信じる?」
先輩がそう言いながら水の上でくるりと回った。
時間は十分前に戻る。
「寒いすね」
「寒いね」
「年明けから行くような場所じゃないすね」
「じゃあいつならいいと思う?」
「夏じゃないすか?」
「でも結構人いるよ」
先輩が砂を蹴った。結構な勢いで砂が舞う。前方に人がいなくてよかった。先輩は人より頭一つ抜けたその長身を活かして、メトロノームみたいな動きをした。BPMは60か。お酒は抜けているはずだけど、先輩は顔が変わらないし言動はいつも通りだしなあ。
「みんな馬鹿なんじゃないすかね」
「それじゃ私たちも馬鹿ってことになるよ」
「明らかに馬鹿だと思いますけど」
「自明ってやつ?」
「そうすね。でも今馬鹿で困ることなんてないすからね」
「そう、今日は浮かれ気分で過ごしていい!」
先輩は毎日だと思うけど。これやっぱりまだ酔っているな。
私たちは先輩の部屋でテレビを見ながら過ごして、仮眠を取って、寝起きに突然先輩が言い出して、早朝の電車に乗ってなんと小田原駅まで来た。そこから歩きに歩いて海を見に来た。
「初日の出に合わせた方がよくなかったすか?」
パラパラいるのは初日の出を見た人たちだろう。みんな駅へ向かっている。
「だって決めたのさっきだし」
「それはそうすね」
言っても一時間以上かかったけど。
「海嫌い?」
「特に思い入れはないすね」
「そうなんだ。地元海じゃなかった?」
「そうすよ」
「じゃあ色々あるじゃん」
「そうすか?」
「ほら」
「うわっ」
先輩が波打ち際まで行って、海水を掬ってこちらに投げてきた。
「こういうことしたんじゃない?」
先輩がパンプスを脱いで丁寧に並べた。こういう所作はするのが先輩なんだよなあ。
「どうすかね」
「君、なんか反応薄いなあ」
「薄くて悪いすね」
「まあ、君の特性ってところだね」
「そうすね」
「それで、あったの、そういうこと?」
「ないとは言わないすけど」
「夕陽の海に向かって叫んだり?」
「それはないすね」
「バカヤローって?」
「今私ないって言ったすよね?」
「解散した?」
「ジョークの意味はわかるすけど面白くはないすね」
そこで先輩は冒頭の言葉を言った。
「個人の信仰について聞くのは今はNGすよ」
「そういう意味で言ったんじゃなくて。神様でも、仏様でも、宇宙大僧正様でもいいんだけど」
最後に変なやつ混じってたな。
「そういう存在がいて、私たちを操っているって思うことない?」
「運命論みたいな話すか? それなら別に思わないすね。あと仏様はそういうのとは関係ないと思うすよ」
「そうなの?」
「あとでググってください」
「覚えてたらね」
「帰りにもう一回言うんで」
「君にも自我が……」
「私のことなんだと思っているんすか」
「年越しを一緒に過ごして元旦に海まで連れ出したくなるような可愛い可愛い後輩で恋人?」
こういうのしれっと言うのがなんかムカつくんだよなあ。顔が良いのも考えものだ。先輩と(に?)付き合っている私が言うのもなんだけど、そのうちしっぺ返し食らうぞ。
「私たちってたまたま同じ年代に生まれて、たまたま同じ大学に通って、たまたま知り合ったわけじゃない?」
「たまたまバイト先でゲロ吐いてたのが先輩すね」
「それは本当に申し訳ない」
「それで先輩がたまたま財布落として、たまたま次の日学生課に届けた私と鉢合わせたんすね」
「いやあ焦った」
「学生証あったんで」
「苦学生に盗まれでもしたら」
「今のはアウトすね」
いくら先輩の面でも許せないことがある。
「ごめん」
「今ツーアウトなんで気をつけてください」
「いつ一個取られたの!?」
「気をつけてください」
「マジっぽいじゃん。ちなみにスリーアウトだとどうなるの?」
「ハーゲンダッツくらいには化けるすね」
「良かった。もっとチャレンジしていこう」
「都合良く解釈しないでください。それで何が言いたいんすか?」
「うん、ああ、そういう『たまたま』の積み重ねって、『運命』とかと何が違うのかなって」
「それこそ解釈の問題だと思うす」
「たまたま、たまたま、ってビリヤードみたいに、ドミノ倒しみたいに、最初から全部繋がっているんじゃないのかなあって」
「それは決定論的な問題すね」
「違うの?」
「説明するのは面倒なんであとでググってください」
「ひょっとしてさっきの怒っている?」
「怒ってはいないすけど」
「ふふふ」
「なんすか気味悪い」
あえての含み笑いを先輩がしている。それさえも美人なのやっぱりムカつくな。
「私はさ、さっきの、運命論とか決定論とか、そういうのって昔は信じていたんだよね。だから私が何をしても変わらず決まったとおりに世界は進んでいくんだなって」
「話が大きいすね」
「でも」
「でも?」
「私は、君といて楽しいよ」
「な、なんすか急に」
「お、うろたえてる」
思わず顔を背けてしまいそうになるけど、ここで背けたら負けだ。
「『運命的な出会い』ってやつ? どう思う?」
「違うと思うすよ。私が選んで、先輩が選んだ。それだけじゃないすか。それまでがどんな積み重ねでも、最後の選択肢を私たちが選んだ。単純な話すよ、運命とかどうとか考えすぎじゃないすか?」
「ほら、そういうの。そういうところが好き」
「なんか丸め込まれているような気もするすね。先輩がそれでいいならいいすけど」
「よし、じゃあ行こう」
「満足したすか。帰るすか?」
「うん、これが言いたかっただけだから」
「そうすか」
「生しらす丼食べて帰ろう。お店調べて」
「……残念すけど、今は禁漁期間すね。春にまた来ましょう」
「そうする。他に空いている店探そう。あ、私財布忘れた、スマホとパスモしかない。あとで返す」
「スリーアウトすね」
「オーケー。ストロベリー味を進呈しよう」




