第10話 優しい嘘にもそれなりの(帰省②)
「北海道っていっても暑いね」
「私が小さかった頃はもっと涼しかった気がするすね」
「次は冬にも行かなくちゃね」
「そうすね、近いうちに」
「それにしても良かったね」
先輩が広縁のイスに腰を掛けて対面の私を見て言った。二人の間には小さなテーブルがあり、そこに置かれているおちょこを先輩が手に取って口に運んだ。
「優しい家族だね。私の親とは大違い。これで四人分の祝福をもらった」
「それはどうすかね」
「どうって、どういう意味?」
「先輩の目にはそう見えたってだけすよ」
「よくわからないけど」
「父も母も常識というものを持っているだけす。それだけのことす」
「常識って」
私はテーブルの上のオレンジジュースで口を湿らせた。
先輩を連れて私は実家に帰った。二人の弟は先輩のような美人を連れてきたことに浮き足立っているようにも見えた。両親と弟たち、そして私たちの六人は出前で取ったお寿司をメインに食事をしながら団欒をしていた。先輩はたぶん私にしかわからない強ばった表情をしていた。一方の私は出前でも東京と北海道では味が全然違うなとぼんやり思うくらい緊張をしていなかった。一通りの自己紹介を先輩がして、意を決したわけでもなく、あくまで日常の延長にあるかのように、私は先輩との関係を家族に伝えた。ついでに来年には一緒に暮らす予定であることも言った。保証人の問題があるからどちらかと言えばこっちの方が優先度が高い。両親は言葉を失い目を丸くしていた。十数秒の沈黙のあと、父が「そうか」と言い、母が箸を置いて「まあ、いいんじゃない」と言った。先輩を横目で見るとほっと胸をなで下ろしていた。それからみんな、そのことには一切触れず、ただのお客様として先輩を扱い、和やかな雰囲気で雑談をしながら過ごした。私は拍子抜けをしたわけでもない。おそらく私の両親ならそうするだろうな、という直感の通りになっただけだ。こうして一応、私と先輩は親公認となった。
翌日私と先輩は私の案内で街を歩き、バスに乗って隣接した市にある温泉街に行き、何種類もある温泉に入り、部屋でやや豪華な夕食を取りこうしてくつろいでいる。先輩とお風呂に入るのは初めてだよな、と思ったが大浴場だし二人ともきちんとした大人であるのではしゃぐことはなかった。先輩は今度来るときは貸し切り風呂にしようと言っていて、なんか、そっちの方が変に意識してしまうな。
「うちの親が本当に祝福しているわけじゃないすよ。親は普通の人間で、常識があって、今は私たちみたいのが非難されず、祝福されるべきであると世間が言っているから、それが『良いことだ』と言われているから、それに従っているだけす」
「そんな言い方しなくても」
「親のことは先輩よりはわかっているだけす」
「でも、そういうのって価値観のアップデートとか、そういうのじゃない? いいことだと思うけど」
「私はその言葉、嫌いなんすよね。一人の人間が人生をかけて作り上げた思想を他人が『アップ』させられると考えるのがおこがましい」
「そうかもしれないけど、私は嬉しかったよ。ご両親は複雑かもしれないけど、普通に扱ってくれればそれでいいし。こういうのって結局、態度や言葉に出たものが全部じゃない?」
「はい、私もそれは思うす」
「しない善よりする偽善、みたいな?」
「出たインターネット人間。あんまりインターネットに入り浸らない方がいいすよ」
「はいはい、君の言う通りにします」
「まあ、内心の自由すよね。私は、親は賛成しているわけじゃないのが経験からわかりますけど、心から祝ってくれている可能性もゼロじゃないし、そもそも祝ってくれるかどうかは私たちに影響はしませんからね」
「うん、それでも私は心からの方が嬉しいけど、ね」
「同棲に反対しないなら私たちには十分じゃないすか? 私も先輩もいい年ですし、親の許可なんてどうでもいいじゃないすか」
「同棲……。なんか言葉にすると照れるね」
「最初に言い出したのは先輩ですが……」
「でもでも、同居と同棲ってなんか言葉が違って~、なんかさ~」
だいぶできあがってきた先輩が顔をほころばせる。そういうのが伝わってくると逆に照れてしまいそうになる。
「あとはまあ、孫とかそういうのは弟二人がバックアップにいるんで、私に最初から期待していないんじゃないすかね」
「あはは、バックアップって」
先輩が首を傾げて笑った。
「私が長女で長男じゃなかったからというのも実際にある気がするすね。先輩にどう見えたかは知りませんが、それくらい親は古くさい人間すよ」
「弟さんたちには申し訳ないけど、それでいいなら私はいいかな」
弟たちは私と違って美人の姉ができるかもしれないから喜んでいそうではある。これは先輩に言ったら調子に乗るからやめておこう。
「あのね、もし君が将来私のこと……」
お酒の効果で頬を緩めつつも、僅かに暗い表情をして先輩が言った。
「なんすか?」
先輩はゆっくり目を閉じて首を小さく横に振った。
「やっぱりいい。言葉にしたら、きっと可能性が生まれてしまうから。私はたとえ嘘でも幸せが続けばいいな」
「なんなんすか」
「忘れて。もう寝ようか。朝にもう一回温泉入りたいし」
「そうすか。じゃあ寝ましょうか」
「うん、それとも寝かさない方向にする?」
「ウザ……」
「ショック」
先輩が両手を上げた。
「明日は昼頃札幌着です」
「はーい、本場のスープカレーだね、楽しみ」
「口に合うといいすけど」




