第9話 素性の知れない女
第9話です。
薫を探すため、まずはライラックで情報を集めることにした総一。
今回は、異世界で初めて「探偵らしい依頼」に挑みます。
それでは、お楽しみください。
朝のライラックは、昨日までと変わらない活気に包まれていた。
露店から立ち上る湯気。石畳を行き交う荷馬車。店先では商人たちが声を張り上げ、冒険者たちは武器を背負ってギルドへ向かっている。
その中を、総一は一人で歩いていた。
隣にいるはずの薫はいない。
何か言えばすぐに返ってきていた小言も、呆れたようなため息も聞こえない。
「静かなもんだな」
独り言に返事はなかった。
総一はわずかに眉を寄せたが、すぐに前を向く。
今は立ち止まっている場合ではない。
まず金を稼ぐ。
テレマを手に入れる。
そのうえで、ライラックに残っているかもしれない魔王軍の手掛かりを探す。
やることは多かった。
冒険者ギルドへ入ると、朝から依頼掲示板の前に人だかりができていた。
「おはようございます、総一さん」
受付嬢が声を掛けてくる。
「今日はお一人なんですね」
「ああ。相棒は、ちょっと遠くへ出掛けてる」
受付嬢は事情を知らない。
総一はそれ以上説明せず、掲示板へ目を向けた。
「すぐに受けられる依頼はあるか?」
「総一さんはまだFランクですので、街中の仕事か、危険の少ない採取依頼になります」
「薬草はもういいかな」
「昨日も大変でしたものね」
受付嬢は苦笑し、数枚の依頼書を机へ並べた。
荷物運び。
倉庫の整理。
街路の清掃。
どれも今の総一には少々物足りない。
とはいえ、無一文の男に選り好みする権利があるのかは怪しいところだった。
「まずカードを確認しますね」
受付嬢に求められ、総一はギルドカードを差し出した。
カードが確認用の魔道具へ置かれる。
淡い光が表面を走り、情報が浮かび上がった。
受付嬢はそれを確認しようとして、動きを止めた。
「……え?」
「どうした?」
「少々お待ちください」
受付嬢はカードを取り上げ、別の確認用魔道具へ置き直した。
もう一度、光が走る。
表示された内容は変わらない。
「総一さん」
「今度は何が壊れた?」
「壊れていません。レベルが上がっています」
「レベル?」
「現在、二十です」
総一もカードをのぞき込んだ。
登録されたばかりの頃には表示されていなかった数字が、確かに刻まれている。
レベル二十。
「ギルドへ登録されて、まだ数日しか経っていませんよね?」
「たぶんな」
「たぶん……」
受付嬢は困ったように眉を下げた。
「普通は依頼を何度もこなし、少しずつ経験を積んでいくものです。これほど短期間で二十まで上がるなんて、聞いたことがありません」
魔王軍幹部を五人倒した影響だろう。
総一には心当たりがあったが、その事実はシンの功績にしたばかりだ。ここで話せば、昨日のやり取りが丸ごと水の泡になる。
「成長期なんじゃないか?」
「三十六歳でしたよね?」
「人にはそれぞれ成長する時期がある」
「そういうものなのでしょうか……」
受付嬢は納得していない様子だったが、さらに表示を追い、また首を傾げた。
「スキルも一つ増えています」
「スキル?」
「はい。名称は……気配遮断」
カードには新しい項目が浮かんでいた。
スキル。
気配遮断、レベル一。
「知ってるか?」
「申し訳ありません。私は聞いたことがありません」
受付嬢は奥にある資料棚へ目を向けた。
「スキルには非常に多くの種類があります。珍しいものや、本人にしか発現しない固有スキルもあるので、ギルドでもすべては把握できていないんです」
「名前からすれば、気配を消すんだろうな」
「おそらくは。ただ、使用方法や効果までは確認できません」
「使って確かめるしかないか」
総一はカードを裏返した。
筋力、体力、敏捷。
そのすべてには、相変わらず赤い文字が並んでいる。
ERROR。
魔力だけは変わらずゼロだった。
「能力値の方は相変わらずだな」
「こちらも引き続き調査中です」
「別に急がなくていい。困ってないからな」
受付嬢は複雑そうにカードを返した。
「ところで、変わった仕事はないか?」
「変わった仕事、ですか?」
「魔物を倒すとか、荷物を運ぶとかじゃないやつだ」
受付嬢は少し考え、依頼書の束をめくった。
「一件だけあります。ただ、冒険者向きかどうか分からなくて、何日か残っている依頼なんです」
差し出された紙には、短くこう記されていた。
『素性不明の女性に関する調査』
「調査か」
総一の目がわずかに細くなる。
「これにする」
「まだ内容をご説明していませんよ?」
「詳しい話は依頼人から聞けばいい」
受付嬢は少し驚いた後、奥の待合席へ視線を向けた。
「依頼人のラウベルさんは、今もギルドにいらっしゃいます」
呼ばれて現れたのは、四十代後半ほどの男だった。
濃紺の上着を着込み、髪も髭も丁寧に整えられている。商人らしい落ち着いた身なりだったが、目元には疲れがにじんでいた。
「初めまして。ラウベルと申します」
「田端総一だ。依頼について聞かせてくれ」
二人はギルドの隅にあるテーブルへ移った。
ラウベルは周囲を気にするように声を落とす。
「私はライラックで食料品や生活物資を扱っています。長年付き合いのある取引先があるのですが、最近、見知らぬ女性が頻繁に出入りするようになりまして」
「名前は?」
「分かりません。取引先へ尋ねても、ただの客だとしか答えてくれないのです」
「見た目は?」
「二十代半ばほど。黒髪で、背の高い女性です。目立つほど美しい方なのですが……」
総一の眉がわずかに動いた。
「美人か」
「そこに反応するんですか?」
受付嬢が横から呆れた声を挟む。
「人物を特定するための重要な情報だ」
「顔が嬉しそうですけど」
「気のせいだ」
薫がいれば、間違いなく脇腹をつねられていただろう。
そう思った瞬間、総一の表情からわずかに笑みが消えた。
「その女は何を買っている?」
「分かりません。ただ、彼女が現れるようになってから、取引先が大量の食料や魔石、薬品を仕入れるようになりました。店の規模に見合わない量です」
「取引先は売り先を教えない?」
「はい。商売上の秘密だと言われました」
「なるほどな」
大量の物資。
素性を明かさない女性。
口を閉ざす取引先。
確かに調べる価値はある。
だが、怪しいからといって悪人とは限らない。
「何者なのか確認すればいいんだな」
「はい。危険な相手でなければ、それで構いません。私はただ、長年の取引先が何かに巻き込まれていないか心配なのです」
「分かった。ただし、結果があんたの望むものじゃなくても、そのまま報告する」
「もちろんです」
依頼は正式に受理された。
◇
午後。
総一はラウベルから教えられた商店の向かいにある路地へ入った。
壁にもたれ掛かるように立ち、人通りへ視線を向ける。
露店の商品を眺めるふりをしながら、商店の出入り口を静かに見張った。
対象の女性が現れたのは、日が傾き始めた頃だった。
黒い髪を背中まで伸ばした、長身の女。
灰色の外套をまとい、迷いなく商店の中へ入っていく。
「確かに美人だな」
総一は小さく呟いた。
だが、いつものように声を掛けようとはしない。
仕事中だ。それに今は、薫を探すための手掛かりが何より優先だった。
しばらくして女が店から出てきた。
手ぶらだった。
買い物に来た様子ではない。
総一は周囲へ自然に視線を走らせる。
女が少し離れたのを確認すると、一定の距離を保ちながら静かに後を追った。
女との距離を保ちながら、通りの人混みに紛れた。
そこで、カードに表示されていたスキルを意識する。
「気配遮断……だったか」
身体の内側で、何かが静かに切り替わった。
姿が消えたわけではない。
足音も出ている。
それなのに、人々の視線が不自然なほど総一を避けていく。
前を歩く女が一度振り返った。
総一は隠れなかった。
道の端を普通に歩いている。
だが女の視線は、総一の上を素通りした。
「なるほど。こりゃ尾行向きだな」
女は街の中心部を離れ、人気の少ない道へ入っていった。
やがて門を抜け、森へ向かう。
日が沈みかけた森に、女の足音だけが続く。
総一は一定の距離を保ったまま、その後を追った。
しばらく進むと、女は何もない木立の前で立ち止まった。
岩も建物もない。
ただ木々が並んでいるだけだった。
女が片手を上げ、小さく何かを唱える。
次の瞬間、目の前の空間が水面のように揺れた。
「……何だ?」
揺らぎの向こうに、暗い通路らしきものが一瞬だけ現れる。
女は周囲を確認すると、その中へ足を踏み入れた。
空間が閉じる。
後には、何も残らなかった。
総一は木陰から出て、女が消えた場所へ近づく。
手を伸ばしても、触れるのは冷たい空気だけだ。
「隠し扉……いや、魔法か」
何があるのかは分からない。
女が何者なのかも、まだ断定できない。
ただ一つ確かなのは、この森の奥に誰かが隠している場所があるということ。
総一は静かに周囲を見回した。
「さて……どうやって入るかな」
新しく得たスキルだけでは、閉ざされた空間を開くことはできない。
力ずくで殴れば開く可能性もある。
だが、それでは調査にならない。
中にいる者すべてに、自分の存在を知らせることになる。
総一は何もない空間を見据え、口元をわずかに緩めた。
「まずは、出入りの仕組みを調べるか」
探偵の仕事は、扉を壊すことではない。
鍵の開け方を見つけることだった。
第9話を読んでいただき、ありがとうございました!
今回は久しぶりに、総一の探偵らしい部分をしっかり描いてみました。
新しく手に入れた「気配遮断」も、総一とはかなり相性のいいスキルになりそうです。
そして、怪しい女性の先に現れた謎の隠し場所。
次回、総一がどうやって中へ入り込むのか。
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次回もよろしくお願いします!




