第10話 隠された入口
第10話です。
謎の女性が消えた森で、再び張り込みを始める総一。
隠された場所へ入る方法を探す中、ついにチャンスが訪れます。
それでは、お楽しみください。
森を出た頃には、空が白み始めていた。
総一は一度も休まず、ライラックへ戻った。夜通し張り込んでいたせいで身体にはわずかな重さが残っていたが、眠気よりも頭の中の疑問の方が勝っている。
素性の分からない女。
森の奥で揺らいだ空間。
その先に何があるのか。
まだ答えは出ていない。
だからこそ、確かめる必要があった。
朝の街へ入ると、焼きたてのパンの香りが鼻をくすぐった。
「腹減ったな……」
思わず足が止まりかける。
だが、財布の中身は空だった。
「見るだけなら無料か」
そんな寂しい言い訳を残し、総一はラウベルの店へ向かった。
店はすでに開いていた。
店員たちが箱を運び、棚へ商品を並べている。その奥で帳簿を確認していたラウベルが、総一に気付いて顔を上げた。
「総一さん。お戻りになったのですね」
「ああ。少し話がある」
ラウベルはすぐに店員へ声を掛け、奥の応接室へ総一を案内した。
二人が向かい合って腰を下ろす。
「例の女性は見つかりましたか?」
「見つけた。店を出た後、森まで尾行した」
「森へ?」
ラウベルの眉が寄る。
「森の奥で、何もない場所で魔法を使ったように消えた」
「魔法……ですか?」
「空間が揺れて、その中へ消えたんだ」
ラウベルはしばらく言葉を失った。
「それは、つまり……」
「まだ何も分からない」
総一は即座に言った。
「女が何者なのかも、その先に何があるのかもな。ただ、普通の取引じゃないことだけは確かだ」
「そうですか……」
ラウベルは顔を伏せた。
長年付き合ってきた取引先が、何かに巻き込まれている。その可能性が現実味を帯びてきたのだろう。
「調査は続ける」
「ですが、これ以上は危険なのでは?」
「危険かどうかを確かめるのも仕事だ」
総一は淡々と答えた。
ラウベルはしばらく迷った後、机の引き出しを開けた。
中から小さな革袋を取り出し、総一の前へ置く。
「これは依頼料の一部です」
「依頼は終わってないぞ」
「分かっています」
ラウベルは真剣な表情を崩さない。
「ですが、調査を続けるにも費用が必要でしょう。食事もせず、森で一晩過ごされたのではありませんか?」
総一は答えなかった。
図星だった。
「必要経費として受け取ってください」
「……前払いってことか」
「はい」
総一は革袋を見つめる。
人から施しを受けるつもりはない。
だが、これは正式な依頼金の一部だ。
「分かった」
革袋を手に取る。
「依頼料として受け取る」
「お願いします」
「それと、取引先にはまだ何も言うな」
「なぜです?」
「こっちが気付いたと知られたら、相手は姿を消すかもしれない」
ラウベルははっとしたように頷いた。
「承知しました」
店を出た総一は、まず魔道具屋へ向かった。
通りの角にある店には、魔石を使った灯りや保存箱、小型の調理器具などが所狭しと並んでいる。
「テレマはあるか?」
店主の老人が、棚の奥を指した。
「初級用なら大銀貨一枚だ。魔石は別売りだよ」
総一は思わず革袋の中身を確かめる。
「便利な物は高いな」
「嫌なら伝書鳥でも飼うんだね」
「鳥の世話は苦手だ」
結局、総一は小型のテレマと予備の魔石を一つ購入した。
所持金の大半が消えた。
「また貧乏に逆戻りか」
手の中の魔道具を見つめながら、総一は小さく息を吐いた。
◇
ギルドカードをテレマへ差し込み、シンの名前とギルドナンバーを入力する。
しばらくすると、魔道具が淡く光った。
『はい』
「聞こえるか?」
『総一さん?』
すぐにシンの声が返ってくる。
「ちゃんと繋がったな」
『テレマを購入されたんですね。今、王都へ向かう途中です』
「ちょうどいい。聞きたいことがある」
総一は、素性不明の女を尾行したこと、その女が森の奥で空間を揺らして消えたことを簡潔に伝えた。
通信の向こうで、シンがしばらく沈黙する。
『それは結界魔法かもしれません』
「結界?」
『建物や入口を外から見えなくする魔法です。魔王軍が拠点を隠すために使うという話を聞いたことがあります』
「実際に見たことは?」
『ありません。ですから断定はできません』
「そうか」
『総一さん。中へ入るつもりですか?』
「入り口が見つかればな」
『一人で突入するのは危険です。相手の人数も分かりません』
「分かってる」
『本当ですか?』
「信用がないな」
『昨日の戦いを見た後では、なおさら心配です』
総一は苦笑した。
「まずは調べるだけだ」
『何か分かったら連絡してください。こちらでも結界について調べます』
「ああ。頼んだ」
通信を終える。
総一はテレマを懐へしまい、近くの露店へ向かった。
前払いの残りで、固いパンを二つ、干し肉、水の入った革袋を購入する。
店主の女性が包みを差し出しながら微笑んだ。
「もしかして森へ行くの? 気を付けてね」
「美人に心配されると、無事に帰らないとな」
「あら、お上手ね」
総一は笑ってみせた。
だが店を離れた瞬間、表情はすぐに引き締まる。
今は余計な寄り道をしている場合ではない。
◇
森へ戻った総一は、前夜に女が消えた場所から少し離れた茂みに身を潜めた。
気配遮断を意識する。
身体を包む空気が、わずかに薄くなったような感覚。
姿は見えている。
だが、森の一部へ溶け込んだように、自分の存在だけが周囲から抜け落ちていく。
「長時間でも使えそうだな」
小さく呟き、木の根元へ腰を下ろす。
昼が過ぎる。
パンを少しずつかじり、水を口へ含む。
木漏れ日は次第に傾き、森の中に長い影を作っていった。
何も起こらない。
それでも総一は動かなかった。
張り込みとは、待つ仕事だ。
焦った方が負ける。
夕暮れが近づいた頃、車輪の音が聞こえてきた。
総一は身体を起こし、茂みの隙間から覗く。
一台の荷馬車が森の奥から近づいてくる。
御者台には男が一人。
その隣には、昨日の黒髪の女が座っていた。
荷台には木箱や麻袋が積み上げられている。
「食料に、魔石か」
ラウベルが話していた大量の物資。
どうやら行き先は、ここで間違いない。
荷馬車が何もない木立の前で止まった。
女が降り、昨日と同じように片手を上げる。
小さな呪文。
空間が水面のように揺れ始めた。
昨日よりも大きな入口が開く。
揺らぎの向こうには、薄暗い石造りの通路が見えた。
荷馬車がゆっくりと動き出す。
総一は目を細めた。
「なるほど。荷物を運ぶ時は大きく開くのか」
ここで見送れば、次に入口が開くのがいつになるか分からない。
シンの忠告が頭をよぎる。
一人で入るな。
相手の数も分からない。
正しい意見だった。
「今日は帰るか……」
口ではそう呟いた。
だが、足はすでに動いていた。
薫が消えた時の光景が脳裏に浮かぶ。
手を伸ばしても届かなかった。
何も分からないまま、また待つのか。
「無理だな」
総一は気配遮断を強く意識し、地面を蹴った。
音を立てずに荷馬車へ追いつく。
御者も女も振り返らない。
総一は荷台の後ろへ回り込み、積まれた木箱の陰へ身体を滑り込ませた。
荷馬車が揺らぎを通過する。
一瞬、全身を冷たい膜が包んだ。
次の瞬間。
森の景色は消えていた。
薄暗い石の通路。
壁に灯る青白い光。
奥から聞こえてくる、複数の足音と低い話し声。
総一は木箱の陰で息を潜めた。
「……入れたな」
空間の入口が背後で静かに閉じる。
戻る道は消えた。
総一は暗い通路の先を見据え、口元をわずかに緩めた。
「さて。何を隠してるのか、見せてもらおうか」
第10話を読んでいただき、ありがとうございました!
シンから「一人で入るのは危険」と言われた総一でしたが……やっぱり入りました(笑)
探偵らしく張り込みと尾行を続け、ついに謎の場所への潜入成功です。
果たして、この奥には何があるのか。
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