第8話 それぞれの目的
第8話です。
魔王に薫を攫われた総一。
悲しみに暮れる暇もなく、探偵としての最初の一歩を踏み出します。
それでは、お楽しみください。
ライラックへ戻る道は、森へ入った時とはまるで違って見えた。
夕日が木々の間から差し込み、長く伸びた影が地面を覆っている。鳥のさえずりは戻っていたが、総一にはほとんど聞こえていなかった。
薫が消えた。
その事実だけが、何度も頭の中を巡っている。
肩を貸しているシンも、無理に話しかけようとはしなかった。
時折苦しそうに息を吐きながら、それでも自分の足で歩いている。
後ろではサリーが回復魔法を掛け続けていた。
淡い光がシンの傷を包むたび、血の滲んだ鎧が少しずつ元の色を取り戻していく。
やがてライラックの城壁が見えてきた。
門番たちは傷だらけの勇者を見つけると、慌てて駆け寄る。
「シン様! 一体何が!」
「話は後です。まずギルドへ向かいます」
その真剣な表情に、門番たちもただ事ではないと悟り、すぐに道を開けた。
三人はそのまま冒険者ギルドへ向かう。
扉を開けた瞬間、賑やかだった広間が静まり返った。
受付嬢が驚いた顔で飛び出してくる。
「シン様! その怪我は……!」
「森で魔王軍の幹部と遭遇しました」
その一言だけで、広間にどよめきが広がる。
「魔王軍……!」
「幹部がライラックの近くに?」
冒険者たちが顔を見合わせる。
受付嬢も青ざめた。
「詳しく教えてください」
シンは一度息を整えてから話し始めた。
「森の奥で魔王軍幹部七人と遭遇しました」
「七人も……」
「僕は二人倒しましたが、その後追い詰められました」
シンはそこで総一へ視線を向ける。
「残る五人を倒したのは――」
「勇者が倒した」
総一が静かに言葉を遮った。
シンは目を丸くする。
「総一さん……」
「勇者の仕事だろ」
「ですが」
「俺は依頼の途中で助けただけだ」
総一は肩をすくめた。
「街の人間は、勇者が守ったって聞いた方が安心する」
受付嬢も周囲の冒険者たちも黙って聞いている。
シンはしばらく総一を見つめていたが、小さく息を吐いた。
「……分かりました」
その声には納得よりも感謝が滲んでいた。
受付嬢は深々と頭を下げる。
「勇者シン様、本当にありがとうございました。ライラックはあなたのおかげで守られました」
ギルド中から拍手が起こる。
シンは複雑そうに笑った。
一方、総一は誰にも気付かれないように受付から離れ、そのまま外へ出た。
夕暮れの風が頬を撫でる。
歓声など耳に入らなかった。
「総一さん!」
後ろからシンが追い掛けてくる。
「どうしてあんなことを……」
「気にするな」
「でも、本当は――」
「本当も何もない」
総一は苦笑した。
「勇者ってのは、そういう役目なんだろ」
シンは黙り込む。
「俺は目立つのが苦手なんだ。それに、お前が評価される方が街のためになる」
「……ありがとうございます」
「礼を言われるようなことじゃない」
総一はそう言って歩き出した。
だが数歩進いたところで足を止める。
ポケットへ手を入れる。
右。
左。
胸ポケット。
何もない。
「……しまった」
「どうしました?」
サリーが不思議そうに首を傾げる。
「財布、薫が持ってた」
「あっ……」
サリーが口元を押さえた。
薫がいつも金銭管理をしていたことを思い出したのだ。
総一は苦笑する。
「宿代が払えないな」
シンはすぐに答えた。
「それなら、今日は僕たちの宿へ来てください」
「いや、悪いだろ」
「悪くありません」
シンは真っ直ぐ総一を見る。
「命を助けてもらったんです。それくらいさせてください」
サリーも優しく微笑んだ。
「食事もご一緒しましょう。今日は何も召し上がっていないでしょう?」
その瞬間。
ぐぅ……。
静かな通りに、小さく腹の音が響いた。
サリーが吹き出す。
「ふふっ」
「違う」
総一は真顔で首を振る。
「俺じゃない」
「ここには三人しかいませんよ」
シンまで笑い始めた。
総一は諦めたように肩を落とす。
「……今日だけ世話になる」
「もちろんです」
三人は並んで宿への道を歩き始めた。
その夜の食事が、これからの旅を大きく変える話し合いになることを、この時の総一はまだ知らなかった。
宿の一階にある食堂は、仕事を終えた冒険者たちで賑わっていた。
香ばしく焼かれた肉の匂いと、温かなスープの湯気が漂う中、総一たちは窓際の席へ腰を下ろす。
料理が運ばれてきても、総一はしばらく手を付けなかった。
薫がいない。
その事実だけが、胸の奥に重く残っている。
やがて静かにパンをちぎると、ぽつりと口を開いた。
「一つ、気になることがある」
シンとサリーが顔を上げる。
「魔王は、どうして薫を攫った」
二人は黙った。
総一はゆっくり続ける。
「殺すだけなら、あの場でできたはずだ。」
「わざわざ連れ帰ったってことは、生かしておく理由がある。」
食堂の喧騒が遠く聞こえる。
その中で三人だけが静かな空気に包まれていた。
「理由……ですか」
シンが小さく呟く。
「ああ」
総一は頷く。
「まだ分からない。」
「でも、理由は必ずある。」
事件には必ず目的がある。
目的がある以上、どこかに手掛かりが残る。
それが総一の考えだった。
少し沈黙が流れた後、シンが姿勢を正した。
「僕は明日、王都へ向かいます。」
「今回の出来事を国王陛下と騎士団へ直接報告しなければなりません。」
「魔王本人が姿を現した以上、王国全体に関わる問題です。」
「勇者として、今後の指示も受ける必要があります。」
総一は静かに頷いた。
「そうか。」
「それに……」
シンは少しだけ苦笑する。
「今回の戦いで、僕たちの戦力不足も痛感しました。」
「王国が新しい仲間を加える可能性もあります。」
「なるほどな。」
総一はスープを一口飲んだ。
「そういう報告って、毎回王都まで行くのか?」
「遠くから連絡する方法はないのか?」
「あります。」
シンは荷物から手のひらほどの四角い魔道具を取り出した。
「テレマです。」
「……テレマ?」
総一は首を傾げる。
「何だ、それ。」
サリーが少し驚いたように目を丸くした。
「ご存じないんですか?」
総一は苦笑する。
「田舎育ちなもんでな。」
「こういう便利なもんには縁がなかった。」
「そうだったんですね。」
シンは素直に納得し、魔道具を机へ置いた。
「これはギルドカード専用の通信魔道具です。」
「ギルドカードを差し込み、相手の名前とギルドナンバーを登録すれば通信できます。」
「動力は魔石なので、魔力は必要ありません。」
「俺でも使えるのか。」
「もちろんです。」
「魔道具屋で購入できますよ。」
総一はテレマを手に取り、裏表を眺める。
「便利なもんだな。」
「王都で何か分かったら、すぐ連絡します。」
「俺も情報が入ったら知らせる。」
二人はギルドカードを取り出し、お互いのギルドナンバーを書き留めた。
正式な仲間ではない。
だが、敵は同じ。
互いの情報が、いつか必ず役に立つ。
食事を終え、部屋へ戻る途中だった。
シンが総一へ声を掛ける。
「そういえば総一さん。」
「何だ?」
「今日のお話を聞いていて気になったんですが……」
「総一さんの故郷では、どんな仕事をされていたんですか?」
総一は少しだけ笑う。
「探偵だ。」
「探偵……?」
シンとサリーは顔を見合わせる。
「初めて聞く名前です。」
「人を捜したり、事件を調べたりする仕事だ。」
二人は感心したように頷いた。
「そんな仕事があるんですね。」
「だから探すのは慣れてる。」
総一は短く答えた。
「魔王も、薫も、必ず見つける。」
その言葉には、不思議な説得力があった。
翌朝。
宿の前で、シンとサリーを見送る。
「総一さん。」
「王都で情報が入りましたら、必ず連絡します。」
「ああ。」
「頼んだ。」
「総一さんも、お気を付けて。」
サリーが優しく頭を下げる。
二人の姿が見えなくなるまで見送ると、総一は大きく息を吐いた。
「さて……。」
旅へ出るには、まだ早い。
財布は薫が持っていた。
旅費もなければ、テレマを買う金もない。
それに、この街にもまだ探ることが残っている。
まずは依頼を受けて金を稼ぐ。
その間に聞き込みをして、魔王軍の情報も集める。
「焦るな。」
「手掛かりは、自分から拾いに行くもんだ。」
総一はそう呟くと、ギルドのある方向へゆっくりと歩き出した。
探偵の仕事は、事件が起きてからではない。
事件の裏にある真実を見つけること。
薫を取り戻すための捜査は、ここライラックから始まるのだった。
第8話を読んでいただき、ありがとうございました!
今回は、戦いの後のひと息と、総一がこれからどう動くのかを書きました。
薫を助けたい気持ちはあっても、闇雲に飛び出すのではなく、まずは情報を集めて準備をする。探偵らしい主人公にしたかった場面です。
ここからは総一が各地を旅しながら、事件を解決し、仲間と出会い、少しずつ魔王へ近づいていきます。
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次回もよろしくお願いします!




