第6話 森に広がる異変
第6話です。
順調に見えた薬草採取の依頼でしたが、森では思わぬ異変が起きていました。
総一たちが足を踏み入れた先で待ち受けていたものとは。
それでは、お楽しみください。
朝のライラックは、昨日と変わらぬ活気に包まれていた。
露店には焼きたてのパンが並び、商人たちの威勢のいい声が通りへ響く。冒険者ギルドにも朝から多くの冒険者が集まり、それぞれ掲示板を見上げながら依頼を選んでいた。
「今日も賑やかね。」
薫が周囲を見回しながら微笑む。
「依頼が多いってことは、それだけ稼げるってことだ。」
総一は欠伸をしながら掲示板へ向かった。
「お金のことばっかり。」
「生きるには必要だからな。」
「昨日も同じこと言ってたわ。」
「名言は何度言っても名言だ。」
薫は小さく笑い、呆れたように肩をすくめる。
二人が掲示板を眺めていると、受付嬢が慌ただしく奥から姿を現した。
「皆さん、お知らせがあります。」
ギルド内が静かになる。
「ここ数日、ライラック近郊の森で、今まで確認されていなかった強力な魔物の目撃情報が相次いでいます。」
冒険者たちがざわめいた。
「原因は現在調査中です。そのため、森の奥へ向かう依頼は、一時的にBランク以上の冒険者を優先して受注していただきます。」
総一は薫へ顔を向ける。
「俺たちは関係なさそうだな。」
「まだ登録したばかりだもの。」
その時だった。
ギルドの扉が開き、一人の青年と修道服姿の女性が入ってくる。
「シン様!」
「サリー様も!」
昨日と同じように、ギルド中から声が上がった。
シンは照れくさそうに笑いながら受付へ歩いていく。
「例の森の調査依頼ですね。」
「はい。これから僕たちが向かいます。」
受付嬢は深く頭を下げた。
「よろしくお願いいたします。」
シンとサリーは地図を受け取り、すぐにギルドを後にする。
その背中を見送りながら、総一は腕を組んだ。
「朝から大変そうだな。」
「勇者だもの。」
薫は静かに答えた。
「期待されるって、きっと大変よ。」
「俺には向いてないな。」
「知ってる。」
「即答か。」
「英雄扱いされたら、その日のうちに街を出ようとするでしょ。」
「よく分かってるじゃないか。」
二人が笑っていると、受付嬢が依頼書を持ってやって来た。
「こちらはいかがでしょう?」
差し出された紙には、『薬草採取』と書かれている。
「昨日と同じ依頼ですか?」
薫が尋ねる。
「はい。ただ……。」
受付嬢は少し困ったように笑った。
「昨日は薬草を採りに行く冒険者が多かったので、森の手前はほとんど採り尽くされているそうなんです。」
「なるほど。」
「少し奥へ入れば、まだ十分残っていると聞いています。ただ、危険を感じたら無理はなさらないでください。」
「分かりました。」
薫は依頼書を受け取った。
総一は軽く伸びをする。
「じゃあ、今日も行くか。」
「そうね。」
二人はギルドを出ると、朝の風を受けながら森への道を歩き始めた。
街を離れるにつれ、人の声は少なくなり、小鳥のさえずりが耳に届く。
昨日歩いた道を進み、薬草が生えていた場所へ着く。
しかし。
「……ないな。」
総一が周囲を見回す。
薬草は根元だけが残り、ほとんど摘み取られていた。
薫もしゃがみ込み、地面を見つめる。
「本当に採り尽くされてる。」
「受付嬢さんの言う通りだったな。」
総一は森の奥へ視線を向けた。
「仕方ない。」
一歩前へ踏み出す。
「もう少し奥まで行くか。」
薫はその背中を見て、少し不安そうに眉を寄せた。
「そうちゃん……。」
「ん?」
「ちょっと奥へ行きすぎじゃない?」
木々は次第に深くなり、昨日よりも人の気配が薄れている。
総一は笑って振り返った。
「大丈夫だって。」
「でも……。」
「熊だって倒したんだ。少しくらいなら問題ない。」
薫は小さくため息をつく。
「本当に無茶だけはしないでね。」
「任せろ。」
「その返事が一番心配なの。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
しかし、その笑顔は長く続かなかった。
奥へ進むにつれ、森の様子が少しずつ変わり始める。
鳥の鳴き声が聞こえない。
風だけが、木々を静かに揺らしている。
総一の足が止まった。
「……どうしたの?」
薫が尋ねる。
総一は周囲を見回しながら、静かに答えた。
「静かすぎる。」
その言葉と同時に、折れた大木が視界へ飛び込んできた。
さらにその先には、大きく抉れた地面。
鋭い爪で引き裂かれたような岩。
激しい戦闘があったことは、一目で分かった。
総一の表情から笑みが消える。
「こりゃあ何かあったな……。」
二人は顔を見合わせ、慎重にその先へ歩き始めた。
総一は折れた大木の前で足を止めた。
地面には剣で斬り裂かれた跡が幾筋も走り、周囲の木々は無残に薙ぎ倒されている。岩は砕け、土は大きく抉れ、ここで激しい戦いが繰り広げられたことを物語っていた。
「すごい……。」
薫が思わず息をのむ。
「たしかに。かなり派手にやったみたいだな。」
総一は周囲を警戒しながら歩みを進める。
やがて視界の先に、黒い鎧をまとった何者かが倒れているのが見えた。
人の姿をしている。
だが、額には二本の角が生え、灰色の肌は人間とは明らかに違っていた。
さらに少し離れた場所にも、同じ姿の亡骸が転がっている。
「人間じゃ……ない。」
薫が小さく呟く。
総一も黙って頷いた。
見たこともない相手だった。
その時だった。
かすかに苦しそうな息遣いが聞こえてきた。
「向こうだ。」
二人は足早に駆け出す。
木々を抜けた先の空き地で、片膝をついた青年が剣を支えにして立っていた。
勇者シンだった。
鎧は砕け、全身には無数の傷が走っている。
その隣では、サリーが必死に回復魔法をかけ続けていた。
淡い光がシンを包み込むが、傷はあまりにも深く、回復が追いついていない。
「シンさん!」
薫が思わず駆け寄ろうとする。
「来るなっ!」
シンの鋭い声が森に響いた。
薫の足が止まる。
シンは荒い息を繰り返しながら、必死に言葉を絞り出した。
「まだ……魔族がいる……。」
「魔族?」
総一が聞き返した、その瞬間。
ガサッ。
枝が揺れた。
前方。
右の木の上。
左の岩陰。
そして背後。
次々と黒い鎧の影が姿を現す。
五人。
その全員が、倒れている者たちと同じ角を持っていた。
ゆっくりと距離を詰めながら、総一たちを取り囲んでいく。
シンは震える腕で二体の亡骸を指した。
「七人……いました。」
苦しそうに息をつく。
「あの二人を倒すので……精一杯でした。」
総一は倒れている二体へ目を向けた。
勇者と呼ばれる男が命懸けで倒した敵。
それでも、あと五人残っている。
普通なら絶望する状況だった。
総一は無意識に唾を飲み込む。
(……勇者でも勝てなかった相手が五人か。)
胸の鼓動が少しだけ速くなる。
(正直、楽な相手じゃなさそうだな。)
だが、その表情だけは変えなかった。
「そうちゃん……。」
背中から薫の小さな声が聞こえる。
総一はゆっくりと一歩前へ出た。
自然と薫をかばう位置になる。
「大丈夫。」
落ち着いた声だった。
「……本当に?」
総一は肩を軽く回し、小さく笑う。
「何とかなるさ。」
薫は呆れたように息をついた。
「その根拠のない自信、昔から変わらないわね。」
「探偵ってのは、追い詰められてからが勝負なんだ。」
その言葉に、薫は小さく苦笑した。
少しだけ肩の力が抜ける。
一方、五人の魔族は無言のまま武器を構えた。
剣。
槍。
大斧。
どれも禍々しい気配を放っている。
やがて、その中の一人が一歩前へ出た。
赤黒い鎧をまとい、他の者より一回り大きな体格をした男だった。
鋭い視線が総一を射抜く。
「勇者の増援か。」
低い声が森に響く。
総一は首を軽く鳴らしながら答えた。
「いや、ただの冒険者だ。」
魔族の男は鼻で笑う。
「ならば運が悪かったな。」
総一は相手から目を離さない。
背中では、シンが歯を食いしばりながらその姿を見つめていた。
(この人……。)
勇者である自分でさえ圧倒された相手を前にしても、その男は逃げようとしない。
森を吹き抜ける風が止んだ。
張り詰めた空気が、その場を支配する。
そして五人の魔族が、一斉に武器を構えた。
第6話を読んでいただき、ありがとうございました!
ようやく総一と魔族が正面から対峙しました。ここからしばらく戦闘が続きます!
総一がどんな戦いを見せるのか、楽しみにしていただけたら嬉しいです。
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次回もよろしくお願いします!




