第57話 里を動かす大魔法
いつもお読みいただきありがとうございます。
十個のレベルストーンを使い、ついに始まったエルフの里の大移動。
マリンとアルベルが力を合わせ、前例のない大魔法に挑みます。
果たして、里を無事に移動させることができるのでしょうか。
第57話、よろしくお願いします!
十個のレベルストーンが一斉に輝きを放った。
地面に描かれた巨大な魔法陣から光の柱が立ち上り、エルフの里全体を包み込んでいく。空気がビリビリと震え、足元から伝わる振動に、総一は思わず身構えた。
「おいおい……本当に大丈夫なんだろうな?」
総一の目の前では、マリンとアルベルが魔法陣を挟んで向かい合っていた。二人の周囲には無数の光の粒が舞い、足元から立ち上る魔力が髪や衣服を激しく揺らしている。
「総一! 余計なこと言ってないで、そこから動かないで!」
「動くなって言われても、地面の方が動いてるんだが!」
「だったら踏ん張ってなさい!」
いつもの調子で言い返すマリンだったが、その額にはすでに汗が浮かんでいた。
アルベルも両手を前に突き出し、魔法陣へ魔力を注ぎ続けている。
「師匠、異空間の境界を固定しました。いつでも移動できます!」
「分かったわ。ここからが本番よ!」
マリンが両手を高く掲げると、魔法陣の光がさらに強まった。
ゴゴゴゴゴ……。
地鳴りのような低い音が響き、里の周囲を覆っていた空間がゆっくりと歪み始める。
総一には、その光景が理解できなかった。
木々も家々も、足元の地面さえ元の場所にある。それなのに、里の外側に見える景色だけが、水面に映った風景のように揺らいでいた。
「……何だ、こりゃ」
「すごいですね……」
隣に立つシンも、目の前の光景に圧倒されているようだった。
「こんな規模の魔法、見たことがありません」
「そりゃそうだろ。村ごと引っ越しする魔法なんて、普通は考えねえよ」
「マリンさんたち、本当に大丈夫でしょうか?」
サリーが心配そうに二人を見つめる。
総一も同じことを考えていた。
マリンが世界でも屈指の魔法使いであることは知っている。アルベルも、その弟子とは思えないほどの実力者だ。
しかし、二人の表情を見れば、今回の魔法が簡単なものではないことくらい分かる。
「アルベル! 少し右側に魔力が偏ってる!」
「修正します!」
アルベルが指先を動かすと、魔法陣の一部が青白く輝いた。
その瞬間、里の外側に広がる景色が大きく揺れた。
ぐらり、と足元が傾いたような感覚が総一を襲う。
「うおっ!」
近くにいたサリーがよろめき、総一はとっさにその腕を支えた。
「大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます」
「気をつけろよ。何が起きるか分からねえからな」
そう言いながら、総一は再びマリンへ視線を向けた。
いつもなら余裕たっぷりに魔法を使う彼女が、今は歯を食いしばっている。
アルベルの顔色も悪い。
「師匠……想定以上に負荷がかかっています!」
「分かってる! でも、ここで止めたら最初からやり直しよ!」
「魔力の消費が……!」
「あと少し! 私に合わせなさい!」
二人の声が重なった。
魔法陣から放たれる光が一段と強くなり、里全体が白い輝きに包まれる。
総一は反射的に目を細めた。
周囲の音が遠ざかっていく。
風の音も、木々のざわめきも、エルフたちの声さえ聞こえなくなった。
まるで世界から切り離されたような、不思議な静寂だった。
その中で、マリンとアルベルの声だけが響く。
「アルベル、最後よ!」
「はい、師匠!」
二人が同時に両手を突き出した。
ドォォォン!
腹の底に響くような轟音とともに、巨大な魔法陣がひときわ激しく輝いた。
次の瞬間、総一の身体がふわりと浮き上がるような感覚に包まれた。
「うおおっ!」
思わず声を上げたが、それもほんの一瞬だった。
足元に確かな感触が戻り、周囲を満たしていた光がゆっくりと薄れていく。
地鳴りも止まっていた。
風が吹き抜け、木々の葉がさらさらと音を立てる。
何事もなかったかのような静けさが、里を包んでいた。
「……終わったのか?」
総一が周囲を見回す。
家々は元の場所にあり、木々も倒れていない。近くに停めてあった馬車も、移動前と変わらずそこにあった。
見たところ、里には何の変化もない。
「これで成功なのか?」
「外を確認してみましょう」
シンの言葉に頷き、総一たちは里の外れへ向かった。
異空間の境界に近づくにつれ、これまで見えていた山の景色がはっきりとしてくる。
そして総一は、その違いに気づいた。
「……おい、山の形が違うぞ」
以前は里の向こうに切り立った岩山が見えていた。しかし今は、緩やかな斜面と深い森が広がっている。
遠くに見える山並みの位置も、まるで違っていた。
「本当ですね。景色が変わっています」
シンが驚いたように呟く。
近くにいたエルフたちも、次々と声を上げ始めた。
「移動したのか?」
「レベルスマウンテンの反対側だ!」
「成功したんだ!」
喜びの声が里のあちこちから上がる。
総一もようやく実感が湧いてきた。
「すげえな……本当に里ごと動かしちまったのか」
感心しながら振り返った、そのときだった。
「……アルベル?」
マリンの声が聞こえた。
総一が視線を向けると、アルベルが膝をついていた。
「師匠……どうやら、成功したようです……」
そう言って微笑んだ直後、アルベルの身体が前へ傾いた。
「アルベル!」
近くにいたエルフたちが慌てて駆け寄る。
だが、総一の目は別の異変を捉えていた。
マリンもまた、ふらふらと身体を揺らしていたのだ。
「おい、マリン!」
「……ちょっと、疲れたかも」
そう言って笑おうとしたマリンの膝が、がくりと折れた。
総一は地面を蹴り、倒れかけた彼女を抱き止めた。
「おい! しっかりしろ!」
「……うるさいわね。そんな大声出さなくても聞こえてるってば……」
「だったらちゃんと立てよ!」
「無茶言わないでよ……もう、魔力が空っぽなんだから……」
マリンは総一の腕に身体を預けたまま、ぐったりと目を閉じた。
「マリン?」
返事はなかった。
総一の表情が変わる。
「おい、マリン! 冗談じゃねえぞ!」
「総一さん、落ち着いてください!」
駆け寄ってきたサリーがマリンの様子を確かめる。
呼吸は穏やかで、顔色も極端に悪いわけではなかった。
「大丈夫です。気を失っているだけみたいです」
「……本当か?」
「はい。でも、相当無理をされたんだと思います」
総一は腕の中のマリンを見下ろした。
普段は口が達者で、何を言っても倍にして返してくる女だ。それが今は、まるで別人のように静かだった。
「……ったく。無茶しやがって」
小さく呟くと、総一はマリンを抱き上げた。
「休ませられる場所はあるか?」
「わしの家へ運ぶのじゃ。二人とも、すぐに休ませねばならん」
バルフの指示を受け、総一はマリンを抱き上げたまま長老の家へ向かった。アルベルも数人のエルフに支えられ、その後に続く。
幸い、バルフの家には二人を休ませられる部屋があり、マリンとアルベルはそれぞれ寝台に寝かされた。
◇
しばらくして、総一たちはバルフの家で二人の状態について説明を受けていた。
「命に別状はない。じゃが、あれほどの大魔法を使ったのじゃ。魔力が戻るまでには数日かかるじゃろう」
「数日か……」
総一は椅子の背にもたれ、深く息を吐いた。
「それにしても、よく成功したな」
「まったく、あやつには驚かされてばかりじゃ。アルベルもよくやってくれた。あの二人でなければ、こんな大魔法は成功せんかったじゃろう」
バルフの言葉には、長年マリンを知る者ならではの感慨が込められていた。
総一も異論はなかった。
実際に目の前で見せられたのだから、あれがどれほど大変なことだったのか、魔法を使えない自分にも少しは分かる。
「これで、魔族に里の場所を知られる心配はなくなったんですよね?」
シンが尋ねると、バルフは頷いた。
「少なくとも、以前の場所を探しても見つからん。新しい場所についても、わしらが不用意に外へ知らせなければ、簡単には発見できんじゃろう」
「それなら、ひとまず安心ですね」
サリーが胸を撫で下ろした。
総一は窓の外へ目を向けた。
移動を終えた里では、エルフたちが家の周囲を確認したり、互いの無事を喜び合ったりしている。
あれだけの大魔法を使ったというのに、建物にも道にも目立った被害はない。
それを見ていると、ようやく肩の力が抜けた。
「これで俺たちも、少しはゆっくりできそうだな」
「そうですね。マリンさんが回復するまでは、ここに滞在することになるでしょうし」
シンも穏やかな表情を浮かべた。
総一は大きく伸びをする。
「そうと決まれば、久しぶりにのんびりするか。何かうまいもんでも食わせてもらおうぜ」
「総一さん、さっきまであんなに心配していたのに……」
サリーが苦笑する。
「心配してたからこそ腹が減るんだよ」
「そんな理屈、初めて聞きました」
シンが呆れたように笑った。
久しぶりに、穏やかな空気が流れた。
しかし、その時間は長く続かなかった。
ピピピッ、ピピピッ。
突然、聞き慣れない音が室内に響いた。
「ん?」
総一が顔を上げると、シンが腰の荷物に手を伸ばしていた。
「テレマですね」
「おっ、久しぶりに聞いたな、その音」
シンが取り出したのは、ギルドカードを使って遠くの相手と会話できる通信魔道具だった。
総一も同じものを持っているが、最近は使う機会がほとんどなかった。
「誰からだ?」
「確認してみます」
シンはテレマを操作し、通信をつないだ。
「こちら、シンです」
『勇者シン様! ようやく繋がりました!』
切羽詰まった男の声が響いた。
シンの表情が引き締まる。
「どうしました?」
『王都から緊急の連絡です。国王陛下より、シン様へ至急帰還するよう命令が出ています』
「国王陛下から?」
思いがけない知らせに、シンは驚いたように聞き返した。
総一とサリーも顔を見合わせる。
「何かあったのですか?」
シンの問いに、通信相手は一瞬言葉を詰まらせた。
『実は……隣国ワルダシア王国との間で、問題が発生しています』
「ワルダシア王国……?」
『詳しい状況は王都で説明するとのことです。とにかく、一刻も早くお戻りください』
その言葉を聞いた瞬間、シンの表情が険しくなった。
「……分かりました。すぐに帰還します」
『お願いいたします。国王陛下も、シン様の帰還をお待ちです』
通信が切れると、室内に重い沈黙が落ちた。
つい先ほどまで、エルフの里の移動成功を喜んでいたというのに、今度は人間の国同士で問題が起きているという。
総一は腕を組み、シンの顔を見た。
「……隣国との間で何かあったのか?」
「詳しいことは分かりません。ただ、国王陛下が僕を呼び戻すほどですから、何か重大な問題が起きているのかもしれません」
「そうか……面倒なことにならなきゃいいけどな」
シンはテレマを握りしめたまま、静かに頷いた。
総一は窓の外へ目を向けた。
そこには、ようやく平穏を取り戻したエルフの里が広がっていた。
せっかく一つの問題が片づいたと思った矢先に、また別の問題が持ち上がった。
「……まったく、この世界は休ませてくれねえな」
総一の呟きに答える者はいなかった。
勇者シンに届いた突然の召集命令。
その知らせが、総一たちの旅を再び大きく動かそうとしていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
マリンとアルベルの大活躍によって、エルフの里の移動は無事に成功しました!
ただし、二人とも魔力を使い果たしてしまい、しばらく休養が必要になりそうです。
これでようやく一息つけると思ったところへ、勇者シンに届いた突然の召集命令。
隣国ワルダシア王国との間で、いったい何が起きているのでしょうか。
次回から、物語は新たな展開へと進んでいきます。
続きも楽しみにしていただけると嬉しいです!
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