第58話 それぞれの道
いつもお読みいただきありがとうございます。
エルフの里の大移動は無事に成功しましたが、マリンとアルベルは魔力を使い果たしてしまいました。
そんな中、国王から緊急召集を受けた勇者シン。
隣国ワルダシア王国との間で、何が起きているのでしょうか。
第58話、よろしくお願いします!
エルフの里の広場では、シンたちが慌ただしく出発の準備を進めていた。
国王からの緊急召集を受け、すぐに王都へ戻ることになったのだ。
「ナバルさん、馬車の準備をお願いします。サリーは荷物をまとめてくれる?」
「任せろ。馬の状態も確認しておく」
「分かりました。すぐに戻りますね」
二人がそれぞれ動き出すと、シンは広場の端に立っていた総一のもとへ歩み寄った。
「総一さん、急なことになってしまってすみません」
「気にしなくていいよ。国王からの呼び出しじゃ仕方ないでしょ」
「ありがとうございます」
「それにしても、隣国と何があったんだろうね」
「詳しいことは聞かされていません。王都に戻ってから説明を受けることになると思います」
「そうか。面倒なことにならなきゃいいけど」
総一は軽く肩をすくめた。
シンは勇者として王国に仕える身だ。国王から呼び出されれば、戻らないわけにはいかない。
「総一さんは、これからどうするんですか?」
「俺? 予定どおりラブリング島に行くつもりだよ」
「王都には来られませんか?」
「悪いけど、人間同士の争いには興味がないんだよね。それに、今は薫を探すのが先だから」
「ベルガですね」
「そう。四天王なら魔王の居場所を知ってるはずだからね。せっかく居場所が分かったんだし、会いに行かないと」
総一はいつもの調子で答えたが、その目は真剣だった。
キャナルから聞き出した情報によれば、ベルガはラブリング島にいる。
そこから魔王城へたどり着けるかもしれない。
「分かりました。僕も王都で何か情報が入ったら連絡します」
「よろしく頼むよ。こっちも何か分かったらテレマで知らせるから」
「はい」
「それに、シンなら大丈夫でしょ。勇者なんだから」
「そんな簡単に言わないでくださいよ」
「ははっ、期待してるってことだよ」
総一が笑うと、シンも少しだけ表情を緩めた。
「準備できたぞ!」
ナバルの声が広場に響いた。
馬車には荷物が積み込まれ、馬も出発を待っている。
そこへサリーも小さな鞄を抱えて戻ってきた。
「総一さん、マリンさんたちにはご挨拶できそうにありませんね」
「まだぐっすり寝てるからね。起こすのもかわいそうだし、俺から伝えておくよ」
「ありがとうございます。早く元気になるといいですね」
「そうだね」
マリンとアルベルは、里を移動させる大魔法で魔力を使い果たし、バルフの家で休んでいる。
すぐに目を覚ます様子はなかった。
「それじゃ、総一さん。僕たちは行きます」
シンが右手を差し出した。
総一はその手を握り返す。
「気をつけてね。何が起きてるか分からないんだから」
「はい。総一さんもベルガには気をつけてください」
「大丈夫。危なくなったら逃げるから」
「総一さんが逃げるところ、想像できませんけど」
「俺だって命は惜しいんだよ?」
シンは思わず笑った。
総一の実力を知っているからこそ、その言葉が冗談にしか聞こえなかった。
「それじゃ、また会いましょう」
「うん。またね」
シンが御者台に乗り込み、ナバルがその隣に座る。
サリーは客車へ乗り込む前に振り返った。
「総一さん、お元気で」
「サリーちゃんもね。今度会ったら、また美味しいものでも食べに行こうよ」
「ふふっ、楽しみにしています」
「総一さん、サリーを口説かないでくださいよ!」
御者台からシンの声が飛んできた。
「えっ、これくらいで?」
「これくらいって……」
シンが呆れた顔をすると、サリーが小さく笑った。
出発の準備が整ったところで、バルフが馬車の前へ進み出た。
「では、出口を開くぞ」
バルフが片手をかざすと、何もなかった空間がゆっくりと揺らぎ、森へと続く出入り口が現れた。
「お世話になりました、バルフさん」
シンが御者台から頭を下げる。
「気をつけて行くんじゃぞ」
やがて馬車が動き出す。
総一は片手を上げ、三人を見送った。
車輪の音が遠ざかり、馬車が出入り口を通り抜けると、バルフは静かにそれを閉じた。
「……さてと」
総一は馬車が消えた場所を眺めながら、ふと思い出した。
「……あっ、そうだ。馬車がないってことは、俺たちの移動手段がなくなっちゃったな」
思わず小さく呟くと、隣にいたバルフがその声を拾った。
「なるほどのう。里にも馬車はあるにはあるが、ここを出る者はほとんどおらんからのう」
「そうなんだ?」
「馬車を使うとすれば、アルベルくらいか。目を覚ましたら相談してみるとよい」
「そっか。じゃあ、アルベルが起きてから考えようかな」
総一はそう言って、バルフに顔を向けた。
「とりあえず、マリンのところへ戻ろうか」
「そうじゃのう」
二人は並んでバルフの家へ戻った。
総一は奥の部屋を覗いた。
マリンとアルベルは、並べられた寝台で眠っている。
どちらも顔色は悪くなさそうだったが、起きる気配はない。
「二人はどれくらいで回復しそう?」
「そうじゃのう。あれほど魔力を使ったんじゃ。数日は休ませた方がよかろう」
「数日かぁ……」
「おぬしも、しばらくは里でゆっくりするとよい」
「そうさせてもらうよ」
総一は頷いた。
マリンが回復しなければ、ラブリング島へ向かうことも難しい。
急いだところでどうにもならないなら、今は待つしかない。
そう考えたとき、総一の頭に一人の女性の顔が浮かんだ。
「……そうだ」
「どうしたんじゃ?」
「いや、ちょっと思い出したことがあってね」
アンリ。
以前、総一は彼女とデートをしたつもりでいた。
ところが、あのとき一緒にいたのは、変身魔法でアンリに化けたキャナルだった。
本物のアンリとは、まだデートをしていない。
総一の口元が自然と緩んだ。
「そういえば、アンリちゃんとはまだちゃんと会えてなかったんだよね」
「アンリ? わしの孫がどうかしたのか?」
「いやぁ、せっかく時間ができたし、アンリちゃんの店に行ってみようかなって」
「……おぬし、わしの孫に何をするつもりじゃ?」
「ちょっとデートに誘おうかなって」
「おぬし、さっきまで旅のことを考えておったじゃろう」
「それはそれ、これはこれだよ」
総一は悪びれる様子もなく答えた。
バルフは呆れたように息を吐く。
「まったく、調子のいい男じゃのう」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めておらんわ!」
総一は笑いながら玄関へ向かった。
その足取りは、先ほどまでとは見違えるほど軽い。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「本当に行くつもりか?」
総一は振り返り、にっこりと笑った。
「もちろん。アンリちゃんに会いに行くんだよ」
そう言い残すと、総一はバルフの家を飛び出した。
目指すはアンリの食堂。
昼の営業が始まる前なら、少しくらい話す時間もあるだろう。
マリンが目を覚ますまで、まだ数日はある。
どうやら退屈せずに済みそうだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回は、これまで一緒に旅をしてきたシン、ナバル、サリーとの一時的なお別れとなりました。
総一とマリンはラブリング島へ向かう予定ですが、肝心の移動手段がなくなってしまいましたね。
そして、待ち時間ができた総一が思い出したのは、本物のアンリとのデート!
キャナルに邪魔されてしまった恋の行方は、どうなるのでしょうか。
次回もお楽しみに!
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