第55話 ベルガの居場所
いつもお読みいただきありがとうございます。
キャナルとの交渉を続ける総一。
事件の真相は明らかになりましたが、総一にはまだ確かめたいことがありました。
大切な相棒、薫を取り戻すために、さらなる情報を引き出そうとします。
果たして、交渉はうまくいくのでしょうか。
第55話、よろしくお願いします!
「じゃあ、知りたくない? レベルストーンの正体」
総一の言葉に、キャナルの黒い耳がぴくりと動いた。
「……正体?」
「そう。あの透明な石が、どうやって生まれるのかって話」
キャナルは目を細めた。
レベルストーンは魔王軍が各地で探し求めている重要な石だ。その存在は知っていても、どこで、どのように生まれるのかまでは分かっていない。
それを目の前の男が知っているという。
「本当に知っているの?」
「もちろん。さっきの取引でも嘘はつかなかっただろ?」
「……そうね」
キャナルは総一の隣に立つマリンへ視線を向けた。
先ほど受け取った二個のレベルストーンは本物だった。マリンが魔力を流し込んだ際の反応も、この目で確かめている。
少なくとも、総一がまったく根拠のない話をしているとは思えなかった。
「それで、今度は何が欲しいの?」
「話が早くて助かるよ」
総一は嬉しそうに笑った。
「ベルガの居場所を教えてほしい。ただそれだけだ」
「……またその話?」
「俺にとっては大事な話だからね」
キャナルの表情が険しくなった。
「ベルガ様の居場所を教えることが、どれほど重大なことか分かっているの?」
「もちろん。だから、こっちも大事な情報を出そうとしてるんだろ」
「……」
「悪い取引じゃないと思うけどな」
総一は余裕の笑みを浮かべ、キャナルの返事を待った。
その横でマリンが小さくため息をつく。
「総一。あなた、魔王軍の幹部を相手にずいぶん楽しそうね」
「こういう交渉は嫌いじゃないんだよ」
「相手が美人だからでしょう?」
「それもある」
「否定しなさいよ」
マリンの呆れた声にも、総一は笑っている。
キャナルはそんな二人を見つめながら、頭の中で状況を整理していた。
ベルガ様の居場所を教えるなど、本来なら許されることではない。
しかも、この男がベルガ様を探している理由は分かっている。
魔王ダグラス様に攫われた女、花咲薫。
総一はその女を取り戻すため、魔王様へつながる手掛かりを追っているのだ。
ベルガ様の居場所を教えれば、この男は間違いなくそこへ向かうだろう。
だが、このことをすぐに報告すれば、ベルガ様が何とかしてくださるはず。
相手がどれほど強くても、ベルガ様なら対処する方法を考えてくださる。
それに、レベルストーンも二個手に入れた。
ゴンザットという研究者の存在も、人工レベルストーンの研究についても報告できる。
さらに、レベルストーンの正体まで分かれば、魔王軍にとって大きな成果になる。
これだけの情報を持ち帰れば、きっとベルガ様も許してくださる。
キャナルは自分にそう言い聞かせた。
何より、目の前の男からこれ以上の情報を引き出せる機会は、そう何度もないだろう。
「……分かったわ」
キャナルが静かに口を開いた。
「その取引、受けましょう」
「キャナル様!」
壁際に控えていたリトリスが、思わず声を上げた。
「ベルガ様の居場所を人間に教えるなど!」
「リトリス。私が決めたことよ」
「ですが!」
「責任は私が取るわ」
その一言で、リトリスは口を閉じた。
キャナルは再び総一へ向き直る。
「ただし、あなたも約束を守ってもらうわよ」
「もちろん。俺は約束を破る男じゃないからね」
「……信用していいのかしら」
「女性との約束は特に大事にしてるよ」
「総一」
マリンが低い声で名前を呼ぶ。
「はいはい。真面目にやります」
総一が姿勢を正すと、キャナルは小さく息を吐いた。
「ベルガ様は現在、ラブリング島にいらっしゃるわ」
「ラブリング島?」
聞き慣れない地名に、総一は首を傾げた。
「ここから南にある、大きな島よ」
「どのくらい大きいんだ?」
「島を一周するだけでも相当な時間がかかるわ。小さな島ではないわよ」
「へえ。そんな島があるのか」
「知らないの?」
キャナルが意外そうな顔をした。
「ラブリング島は有名な観光地よ。島の形がハートに似ていることでも知られているわ」
「ハート形の島?」
総一の顔が明るくなった。
「それはまた、ずいぶんロマンチックな場所だな」
「観光に行くわけじゃないでしょう」
マリンがすかさず指摘する。
「分かってるって。でも、せっかく行くなら楽しみもあった方がいいだろ?」
「あなたの場合、楽しみの意味が違いそうね」
「失礼な。俺だって綺麗な景色くらい楽しむよ」
「綺麗な女性の間違いじゃないの?」
「両方かな」
マリンは額に手を当てた。
キャナルは二人のやり取りを不思議そうに眺めていたが、やがて話を続けた。
「島の中央には、ラブマウンテンという大きな火山があるわ」
「ラブリング島にラブマウンテンか。名前だけ聞くと平和そうだな」
「実際、観光客も多いわ。冒険者も大勢集まっている」
「冒険者も?」
「ええ。島には魔物が生息する地域もあるから、冒険者ギルドも賑わっているそうよ」
総一は興味深そうに頷いた。
観光客が集まり、冒険者も行き交う巨大な島。
魔王軍が秘密裏に活動するには、かえって都合のいい場所なのかもしれない。
「それで、ベルガは島のどこにいるんだ?」
「そこまで詳しい場所は知らないわ。ただ、島にある小さな拠点を利用しているはずよ」
「小さな拠点?」
「ええ。マルガリーゼという幹部が、先に現地で活動していたの」
「マルガリーゼ……」
総一はその名前を頭に刻んだ。
「その幹部が何か見つけたのか?」
「レベルストーンよ」
キャナルの答えに、マリンの表情がわずかに変わった。
「ラブリング島でも見つかったの?」
「そう報告されているわ。発見された数や詳しい場所までは聞いていないけれど、ベルガ様が自ら向かわれるほどの情報だったということよ」
「なるほどな」
総一は腕を組んだ。
レベルストーンが見つかった。
それなら、ベルガが向かった理由も納得できる。
「ベルガは一人で行ったのか?」
「いいえ。ジャネストも同行しているわ」
「ジャネストか」
総一は以前の戦いを思い出した。
浮遊する椅子に座った虎の魔族。
強力な魔法を使いながらも、勝ち目がないと判断すると迷わず交渉に切り替えた男だ。
「あいつも一緒なら、話が早いかもしれないな」
「……あなた、ジャネストを何だと思っているの?」
「話の分かる相手かな」
「魔王軍の大幹部よ?」
「知ってるよ。でも、無駄な戦いをしないところは気に入ってる」
キャナルは返す言葉を失った。
普通の人間なら、魔王軍の四天王と大幹部の二人がいると聞けば警戒するはずだ。
ところが、この男はまるで知り合いに会いに行くような口ぶりだった。
「……本当に変わった人ね」
「よく言われる」
総一は笑い、椅子から少し身を乗り出した。
「さて、こっちの約束も果たさないとな」
キャナルの耳が再び動く。
「レベルストーンの正体ね」
「そうそう」
総一は隣のマリンを見た。
「マリン、説明してもいいよな?」
「取引すると決めたのはあなたでしょう」
「まあ、そうなんだけどさ」
「ただし、ちゃんと説明しなさいよ」
「任せてくれ」
総一は自信満々に頷いた。
そして、キャナルへ向き直る。
「実はな、レベルストーンっていうのは……」
そこで一度、言葉を切った。
キャナルは真剣な表情で続きを待つ。
リトリスも聞き逃すまいと身を乗り出した。
総一は二人の顔を見比べ、あっさりと言った。
「マナバブーンのウンコなんだよ」
「…………」
広間が静まり返った。
キャナルは瞬きもせず、総一を見つめている。
リトリスも口を半開きにしたまま固まっていた。
「……何ですって?」
ようやくキャナルが声を絞り出した。
「だから、マナバブーンのウンコ」
「二度言わなくていいわ!」
キャナルの声が広間に響いた。
「あなた、私を馬鹿にしているの!?」
「いや、馬鹿になんかしてないよ」
「魔王軍が必死に探しているレベルストーンが、魔物の排泄物だと言うの!?」
「そういうことになるな」
「ふざけないで!」
キャナルが勢いよく立ち上がった。
背後ではリトリスが怒りに震えている。
「キャナル様! やはりこの男は我々を愚弄しています! 今すぐ!」
「リトリス、静かに!」
「しかし!」
「私が話しているの!」
リトリスは悔しそうに歯を食いしばった。
総一は困ったように頭をかく。
「いやあ、こうなるとは思ってたけどさ」
「だったら、もっとまともな説明をしなさい!」
今度はマリンが怒った。
「あなた、わざとでしょう?」
「いや、事実を簡潔に伝えただけなんだけど」
「簡潔すぎるのよ!」
マリンは総一を押しのけるように一歩前へ出た。
「キャナル。言い方はともかく、総一が言ったことは事実よ」
「……あなたまで?」
「マナバブーンの排泄物が、特定の環境で長い時間をかけて変化したもの。それがレベルストーンなの」
キャナルは眉をひそめた。
「特定の環境?」
「魔素の濃い場所よ。ただし、どこでも同じように変化するわけじゃない。条件が揃わなければ、普通の排泄物のまま終わるの」
「……そんなことが」
「信じられないでしょうけど、本当よ」
マリンの声は落ち着いていた。
総一とは違い、冗談を言っている様子はない。
キャナルは考え込んだ。
魔素の濃い場所。
マナバブーン。
その二つが関係しているのなら、レベルストーンの発見場所にも何らかの共通点があるのかもしれない。
だが、あまりにも突拍子もない話だった。
「……証拠はあるの?」
「今ここで見せるのは無理ね」
マリンは正直に答えた。
「変化する瞬間を見つけること自体が難しいもの」
「それでは信じられないわ」
「信じるかどうかは自由よ」
マリンは肩をすくめた。
「でも、レベルストーンを調べるなら、マナバブーンの生息地を調査する価値はあると思うわ」
キャナルは黙り込んだ。
目の前の二人が嘘をついている可能性はある。
だが、もし本当だったら。
魔王軍がこれまで探し続けていた石の入手方法が、大きく変わるかもしれない。
それはベルガに報告する価値のある情報だった。
「……確認させてもらうわ」
キャナルは静かに告げた。
「もちろん。好きなだけ調べてくれ」
総一は軽く手を振った。
「ただし、マナバブーンを見つけたからって、すぐにレベルストーンが手に入るわけじゃないからな」
「分かっているわ」
「あと、ウンコを拾うときは気をつけて」
「もうその話はいいわ!」
キャナルの尻尾が大きく揺れた。
マリンは呆れた顔で総一の腕を引っ張る。
「もう帰るわよ」
「そうだな。聞きたいことも聞けたし」
総一は椅子から立ち上がった。
「それじゃあキャナルちゃん、いろいろありがとな」
「……あなたに感謝されても、素直に喜べないわね」
「俺は楽しかったよ」
「私は疲れたわ」
「それは残念」
総一は笑いながら出口へ向かった。
マリンもその後に続く。
扉の前で、総一がふと足を止めた。
「そうそう。キャナルちゃん」
「……まだ何かあるの?」
「ベルガによろしく伝えておいてくれ」
キャナルの表情が引き締まった。
「本当に会いに行くつもりなのね」
「もちろん。まだ聞かなきゃいけないことがあるからな」
総一の声から、先ほどまでの軽さが少し消えた。
キャナルは、その理由を知っている。
花咲薫。
魔王に攫われた、総一の大切な相棒。
この男は、彼女を取り戻すために旅を続けている。
「……ベルガ様を甘く見ないことね」
「忠告ありがとう」
総一は振り返り、いつもの笑顔を見せた。
「じゃあ、またどこかで」
扉が閉まった。
広間には、キャナルとリトリスだけが残された。
「……キャナル様」
リトリスが恐る恐る声をかける。
「本当によろしかったのですか?」
キャナルはしばらく閉じた扉を見つめていた。
「よくはないわ」
その答えに、リトリスが顔を上げる。
「でも、手に入れた情報は大きい。レベルストーン二個に、人工レベルストーンを研究するゴンザットというエルフ。そして、石の生成に関する新しい手掛かり」
キャナルは自分に言い聞かせるように続けた。
「ベルガ様へ報告するわ。できるだけ早く」
「承知しました」
「それから、ゴンザットについても引き続き調べさせて。あの研究者は重要人物よ」
「エルフの里へ兵を向かわせますか?」
「ええ。ただし、今は総一たちがいる。無理に手を出さず、監視を優先しなさい」
「はっ!」
リトリスが頭を下げた。
キャナルは窓の外へ目を向ける。
あの男は、本当にラブリング島へ向かうのだろう。
そして、ベルガ様と再び接触する。
そのとき何が起こるのか。
考えたくもなかった。
それでも、キャナルは自分の判断が間違っていないと信じたかった。
ベルガ様なら、きっと何とかしてくださる。
黒い尻尾を静かに揺らしながら、キャナルは報告の準備を始めた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
ついにベルガの居場所が判明しました!
次なる目的地は、ハート形の島として知られるラブリング島。
そして、魔王軍が必死に探していたレベルストーンの正体まで明らかに。
まさかの事実に、キャナルも驚きを隠せませんでしたね。
総一たちの旅は、いよいよ新たな舞台へと向かいます。
次回もお楽しみに!
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