第54話 黒豹の諜報作戦
いつもお読みいただきありがとうございます。
ついにキャナルと再会した総一。
ゴンザット失踪事件の真相を確かめるため、魔王軍の諜報部隊長を相手に交渉を始めます。
果たして、キャナルは素直に真実を語ってくれるのでしょうか。
第54話、よろしくお願いします!
黒豹の獣人は、総一の顔を見つめたまま、しばらく動かなかった。
城の最上階に設けられた広間には、壁際に並ぶ魔法灯の柔らかな光が満ちている。豪華な絨毯の上には、総一たちが連れてきた二人の魔族が座らされており、その背後ではマリンが腕を組んでいた。
「まさか、こんなところまで来るとは思わなかったわ」
「俺も驚いたよ。魔族って、ずいぶんいいところに住んでるんだな」
「……観光に来たわけではないでしょう?」
「もちろん。今日はちょっとした事情聴取だよ」
総一が笑うと、キャナルは小さく息を吐いた。
「その二人を返してもらえるかしら。私の部下なの」
「そうしたいのは山々だけど、こっちにも聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「エルフの里で起きたことについてね」
その言葉を聞いた瞬間、キャナルの耳がわずかに動いた。表情は変わらなかったが、総一はその小さな反応を見逃さなかった。
「……何を知りたいの?」
「全部かな。アンリのことも、ゴンザットさんのことも」
「アンリ? 誰のことかしら?」
「エルフの女性だよ。君がなりすましていた人のこと」
キャナルは黙って総一を見つめた。
「……なんのことかしら?」
「さすが諜報員。簡単には認めないか」
総一が笑っても、キャナルの表情は変わらなかった。
「私が素直に話すと思う?」
「だから、取引しようと思ってね」
総一はマリンを手招きすると、キャナルたちに聞こえないよう耳元で囁いた。
「なあ、マリン。レベルストーン、何個か持ってたよね?」
「持ってるけど……何よ」
「二個ほど貸してくれない?」
「嫌よ。あれは私がもらったものなんだから!」
「いいじゃん。またもらえば」
「簡単に言わないでよ!」
思わず声を上げたマリンだったが、総一に口元を押さえられ、慌てて声を潜めた。
「あとでちゃんと埋め合わせするからさ。頼むよ」
「……本当に?」
「もちろん」
「その言葉、忘れないでよね」
マリンは不満そうにしながらも、小さな袋から透明な石を二個取り出した。
それを見たキャナルの瞳が、わずかに大きくなる。
「レベルストーン……?」
「そう。これを二個あげるから、知っていることを全部話してくれないかな」
「ずいぶんと気前がいいのね」
「俺は石より真実の方が欲しいんだよ」
キャナルはしばらく考え込んだ。やがて部下二人へ視線を向け、静かに頷く。
「いいでしょう。ただし、部下は解放してもらうわ」
「もちろん。その代わり、嘘はなしでお願いね」
「諜報員に嘘をつくなと言うの?」
「だから、保険をかけさせてもらうよ。マリン、お願い」
「え?」
マリンが指を動かすと、キャナルの足元に淡い光の輪が現れた。次の瞬間、光の縄が伸び、彼女の両腕と身体を素早く拘束する。
「なっ……何をするの!」
「悪いね。逃げられると困るからさ」
「これが取引をする相手への態度?」
「話が終われば解くよ。約束する」
キャナルは光の縄を引っ張ったが、びくともしなかった。
「無駄よ。私より魔力が強くなければ解けないわ」
マリンが得意そうに胸を張る。
その様子を見ていたリトリスが、怒りに顔を赤くした。
「貴様ら! キャナル様に何をするのだ!」
小さな身体から魔力が噴き上がり、掲げた右手に赤い光が集まり始める。
「リトリス、手を出さないで」
「し、しかし、キャナル様! このような無礼を許すわけにはいかないのだ!」
「私の命令が聞けないの?」
キャナルの鋭い声に、リトリスの動きが止まった。
「相手の実力は、あなたも見たでしょう。ここで戦っても意味がないわ。魔法を収めなさい」
「ぐぬぬ……わ、分かったのだ」
リトリスは悔しそうに歯を食いしばりながら、右手に集めていた魔力を消した。
総一は約束どおり、捕らえていた二人の諜報員を解放した。二人はキャナルへ頭を下げると、リトリスの側へ移動する。
「さて、それじゃ聞かせてもらおうか。まず、アンリのことから」
キャナルは総一の顔を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「最初は偶然だったのよ」
「偶然?」
「森で一人のエルフを見つけたの。こんな場所にエルフがいるなんて珍しいでしょう?」
その頃、総一たちは勇者シン一行とともにレベルスマウンテンを調査していた。
アンリは食堂で使うアネポワールを採るため、里の外へ出ていたという。
「声をかける前に気絶させたわ。それから《記憶読取》を使ったの」
「ずいぶん手荒な挨拶だな」
「相手が何者か分からなかったもの。警戒するのは当然でしょう」
キャナルは悪びれる様子もなく続けた。
「驚いたわ。隠されたエルフの里があって、そこにあなたたちが滞在していたんですもの」
アンリの記憶には、里の出入り口の場所や開け方、住民たちの顔、日々の生活まで残されていた。
キャナルは《完全擬態》でアンリの姿になり、本物のアンリを部下に預けた。
「地下に隠しておいたの。もちろん、生かしてね」
「それでアンリになりすまして、里へ入ったわけか」
「そういうこと」
総一は顎に手を当てた。
「じゃあ、森で魔族を見たって話は?」
「作り話よ。あなたたちを別の場所へ誘導したかったの」
「やっぱりな。どうりで何も見つからないわけだ」
キャナルは薄く笑った。
「リトリスがこの拠点を完成させるまで、少し時間が必要だったの。あなたが近くをうろついていると困るでしょう?」
「それでデートに誘ったの?」
「ええ。効果は抜群だったわね」
「うっ……」
総一が言葉に詰まると、マリンが呆れた顔を向けた。
「本当に単純なんだから」
「美人に誘われたら、断る理由がないだろ?」
「そこは否定しないのね……」
キャナルも思わず小さく笑ったが、すぐに表情を引き締めた。
「ただ、あのデートは私にとっても予想外の収穫があったわ」
「ゴンザットさんのことだね?」
「そう。湖畔の茶屋で会った二人から、人工レベルストーンの研究について聞いたの」
総一はあの日の光景を思い返した。
ボンズとカリーナに偶然出会い、四人で過ごした午後。何気ない会話の中で、ゴンザットの研究が話題になった。
「なるほど。あのとき知ったのか」
「魔王軍にとって、レベルストーンを人工的に作る技術は大きな価値があるし、研究者を確保できれば、大手柄だわ」
「だから誘拐した」
「ええ。アンリの記憶から、ゴンザットという研究者の存在も、研究所の場所も知っていたわ。でも、人工レベルストーンの研究については何も知らなかったの」
「それを知ったのが、あのデート中だったわけだな」
「そうよ。研究の価値が分かった以上、放っておく理由はなかったわ」
総一は黙って頷いた。
「それで、デートの夜に実行したわけだ」
「まず、アンリの家に泊まっていた二人を薬で眠らせたわ」
「私とサリーね」
マリンの声が低くなる。
「そう。あなたに起きられたら厄介だったもの」
キャナルはその視線を受け流し、話を続けた。
本物のアンリは地下の隠れ家から連れ出され、記憶を操作された。捕らえられていた記憶を消し、キャナルがアンリとして過ごした数日間の出来事を、自分自身の記憶として受け入れるようにしたのだという。
「ちょっと待って。じゃあ、デートの記憶も?」
「もちろん。あなたから白い花の髪飾りをもらったことも覚えているはずよ」
総一は思わず天井を見上げた。
「それは……なんとも複雑な気分だな」
「何が複雑なのよ。あんたはただ鼻の下を伸ばしていただけでしょう」
「マリン、今は真面目な話をしてるんだけど」
「私は大真面目よ」
キャナルは二人のやり取りを眺めていたが、やがて話を戻した。
「アンリを自宅へ戻したあと、部下たちにゴンザットを眠らせて連れ出させたの。私は現場を確認してから合流したわ」
「研究所に残っていた匂いは、やっぱり君のものだったんだな」
「匂い?」
「デートのときのアンリと、翌日に会ったアンリでは匂いが違ったんだ。本人は香水なんて使わないと言っていたしね」
キャナルの目が細くなる。
「……そこまで気づいていたの?」
「まあね。それに、アンリとゴンザットさんの手首には、よく似たあざがあった」
「拘束用の魔法紐ね」
「二人とも同じ方法で縛られていたってことか」
総一は腕を組み、これまでの出来事を頭の中で並べ直した。
空振りに終わった森の調査。デートのときと翌日で違っていたアンリの匂い。研究所に残っていた同じ香り。二人の手首にあったよく似たあざ。そして、裏口へ続く足跡と地下室で発見したゴンザット。
ばらばらだった手がかりが、一つの筋道を描いていく。
「これで全部つながったよ」
総一が静かに呟くと、キャナルはわずかに肩をすくめた。
「あなた、ただ強いだけの男じゃなかったのね」
「一応、元探偵だからね」
「探偵?」
聞き慣れない言葉に、キャナルは首を傾げた。
「人探しや事件の謎を解く仕事をしてたんだよ」
「そんな仕事があるのね……。少し甘く見ていたようだわ」
キャナルは苦笑した。
「ただ、一つだけ誤算があった。あの地下室を見つけられるとは思わなかったの」
「ナバルのお手柄だよ。地面の違和感に気づいたのは彼だからね」
「そう……。部下たちが戻ったときには、もうゴンザットはいなかったわけね」
「残念ながらね」
総一は椅子の背もたれから身体を起こし、キャナルへ顔を向けた。
「ところでさ、もう一つ聞いてもいいかな?」
「何かしら?」
「ベルガって、今どこにいるの?」
キャナルの表情から笑みが消えた。
それまで静かに話を聞いていたリトリスも、思わず顔を上げる。
「……それは、今回の取引には入っていないわ」
「そうだったな」
総一はあっさりと頷き、マリンへ目配せした。
「約束は約束だ。縄を解いてあげて」
「本当にいいの?」
「全部話してくれたからね」
マリンが指を鳴らすと、キャナルを拘束していた光の縄が静かに消えた。
自由になったキャナルは両腕を軽く回し、総一へ視線を戻す。
「ずいぶん律儀なのね」
「約束を破ったら、次から誰も話してくれなくなるだろ?」
総一は笑いながら、レベルストーンを二個差し出した。
キャナルは受け取った透明な石を魔法灯にかざし、その輝きを確かめる。
「……これ、本物なの?」
「もちろん。本物だよ」
「見た目だけでは判断できないわ。どうやって証明するつもり?」
「マリン、お願いできる?」
「もう、人使いが荒いんだから」
マリンは呆れながらもキャナルの手から石を一つ受け取り、指先を添えた。
次の瞬間、石の中心へ高密度の魔力が注ぎ込まれる。すると透明だった石の内部に淡い光が生まれ、脈打つように輝き始めた。
「これが本物のレベルストーンの反応よ。普通の宝石なら、こんなふうに魔力を受け止めたりしないわ」
キャナルは石の内部に浮かぶ光を食い入るように見つめた。
「なるほど……確かに本物のようね」
マリンが魔力を止めると、石は元の透明な姿に戻った。
キャナルは二個の石を大切そうに手元へ収めた。
「これで取引成立ね」
「そうだね。ありがとう、助かったよ」
総一が軽く頭を下げると、キャナルは意外そうな顔をした。
「魔族に礼を言う人間なんて、初めて見たわ」
「そう? 美人には礼儀正しくする主義なんだ」
「……またそれ?」
マリンが呆れた声を漏らす。
しかし、総一は気にした様子もなく、キャナルへ一歩近づいた。
「それでさ、キャナルちゃん」
「まだ何かあるの?」
総一は少しだけ身を乗り出し、楽しそうに口元を緩めた。
「じゃあ、知りたくない? レベルストーンの正体」
キャナルの黒い耳が、ぴくりと動いた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回は、これまでの伏線が一気につながるお話となりました。
アンリの正体、ゴンザット誘拐の目的、そして総一が感じていた小さな違和感。
ようやく事件の全貌が明らかになりましたね。
しかし、総一の交渉はまだ終わっていないようです。
最後に持ち出した「レベルストーンの正体」とは……。
次回もお楽しみに!
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