第50話 森に消えた足跡
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突然姿を消したゴンザットを捜し、森の奥へと進む総一たち。
わずかな痕跡を頼りに調査を続けますが、途中で足取りが途絶えてしまいます。
果たして、ゴンザットの行方につながる手掛かりは見つかるのでしょうか。
第50話、よろしくお願いします!
研究所の裏手から続く細い道を、総一たちは慎重に進んでいた。
朝の陽光が木々の隙間から差し込み、足元の草にはまだ露が残っている。里の中心部から離れるにつれ、人々の話し声は聞こえなくなり、代わりに鳥のさえずりと葉の擦れる音が辺りを満たしていた。
「総一さん、本当にこちらで間違いないんですか?」
シンが前を歩く総一に尋ねた。
「間違いないとまでは言えないけどね。少なくとも、誰かがここを通った形跡はあるよ」
総一は歩みを緩め、道の端に生えた草へ視線を落とした。
何本かの茎が同じ方向へ倒れ、柔らかな土には靴底で踏まれたような跡が残っている。普通なら気にも留めないほど小さな変化だったが、今の総一には不思議なほどはっきりと見えていた。
「……やっぱり、前よりよく見えるな」
「何がですか?」
「いや、こっちの話」
総一は軽く笑って歩き出した。
その後ろでは、マリンが周囲の魔力を探りながら進んでいる。
「こっちで合ってるわ。微かだけど、さっきの魔力がまだ残ってる」
「便利だな、魔法ってのは」
「総一だって、どうしてそんな小さな足跡が見えるのよ」
「長年の勘ってやつかな」
「絶対それだけじゃないでしょ」
マリンが呆れたように言うと、総一は肩をすくめた。
しばらく進んだところで、総一が突然立ち止まった。
「……ん?」
「どうした?」
ナバルが背後から覗き込む。
「足跡がここで途切れてる」
「途切れてるって、どういうことだよ」
「そのままの意味だよ。ここまでは続いてるのに、この先には見当たらないんだ」
総一は目の前の木々を眺めた。
道らしい道はまだ先へ続いている。しかし、追ってきた痕跡だけが不自然に消えていた。
「マリン、魔力は?」
「……変ね。ここで急に薄くなってる」
マリンは周囲を見回したあと、何かに気づいたように顔を上げた。
「そういうことね」
「何かわかったのか?」
「ここ、結界の裏の出入り口よ」
「裏口?」
「ええ。里の結界には出入り口が二つあるの。普段使っている表の出入り口と、森へ通じる裏の出入り口」
総一は辺りを見回したが、門らしいものはどこにもなかった。
「何も見えないけど?」
「当然よ。場所を知らなければ見つけられないようになってるんだから」
「なるほど。隠し扉みたいなものか」
「そんなところね。それに、場所がわかっても開け方を知らなければ通れないわ」
シンが不思議そうに首を傾げた。
「では、ここを通った人物は、出入り口の場所と開け方を知っていたということですか?」
「そうなるわね」
総一は腕を組んだ。
エルフの里は結界に守られている。外部の者が簡単に出入りできないのなら、里の事情を知る者が関わっている可能性もある。
もっとも、エルフ本人とは限らない。誰かに開けてもらえば、同行者も通れるからだ。
「とりあえず、向こうを調べてみようか」
「わかったわ。少し待ってて」
マリンは木々の間に立ち、片手を前へ伸ばした。
指先から淡い光が広がると、何もなかった空間に薄い波紋が生まれた。水面を揺らすように光が広がり、やがて人が通れるほどの開口部が姿を現す。
「おお、すげえな」
ナバルが感心した声を上げた。
「これ、知らなかったら絶対わかんねえぞ」
「だから結界なのよ」
マリンに促され、一行は順番に開口部を通り抜けた。
最後にマリンが通ると、背後の光は静かに消え、そこには再び何の変哲もない森の景色が広がった。
◇
結界の外は、里の中よりも空気がひんやりとしていた。
高い木々が陽光を遮り、地面には湿った落ち葉が厚く積もっている。遠くで鳥が鳴いていたが、その姿は見えない。
「さて、こっちにも残ってるかな」
総一はしゃがみ込み、落ち葉を指先で払いのけた。
しばらく地面を調べていたが、やがて小さく頷いた。
「あった」
「本当ですか?」
「ほら、ここ。土が少し沈んでるだろ」
シンが隣にしゃがんだものの、やはりよくわからないらしい。
「……言われれば、そんな気もします」
「気がするだけかよ」
ナバルが笑うと、シンは困ったように眉を下げた。
「ナバルさんには見えるんですか?」
「いや、全然」
「それなら笑わないでくださいよ」
「まあまあ。仲良くやろうぜ」
総一は二人の肩を軽く叩き、再び歩き始めた。
森の奥へ進むにつれ、足跡は少しずつわかりにくくなっていった。
それでも総一は、落ち葉の乱れや踏み折られた小枝を見つけ、進む方向を確かめていく。
やがて、一本の太い木の根元で足を止めた。
「……複数人だな」
「え?」
シンが聞き返す。
「足跡が重なってる。少なくとも二人以上は通ってるみたいだ」
「ゴンザットさんも一緒だったんでしょうか?」
「それはまだわからない。ただ……」
総一は少し離れた場所に残る足跡へ目を向けた。
「こっちの跡は、さっきより深いな」
「体格の大きな人物でしょうか?」
「その可能性もあるけど、途中で何か重いものを持ったのかもしれないね」
シンの表情が険しくなった。
「では、ゴンザットさんが運ばれた可能性も……」
「ある。でも、決めつけるのは早いよ」
総一は立ち上がり、森の奥へ視線を向けた。
もし誰かがゴンザットを連れ去ったのなら、何のためにこんな場所を通ったのか。
研究が目的なのか。それとも、別の理由があるのか。
今のところ、答えにつながるものは何一つ見つかっていない。
「総一、こっちの魔力もだいぶ薄くなってきたわ」
マリンが声をかけた。
「そっちもか。まあ、もう少し進んでみよう」
◇
それからしばらく歩いたところで、総一は再び足を止めた。
目の前には、木々に囲まれた小さな空間が広がっている。
地面には落ち葉が積もり、周囲と変わったところは見当たらない。
しかし、総一が追っていた足跡は、そこで完全に途切れていた。
「……おかしいな」
「また消えたんですか?」
「そうみたいだね」
総一は周囲をゆっくり見回した。
木の根元、茂みの奥、落ち葉の下まで調べてみるが、それらしい痕跡は見つからない。
「空でも飛んでいったのかねえ」
「飛行魔法ならあり得るわね」
マリンが頭上の枝を見上げた。
「でも、ここにはそれらしい魔力が残ってないのよ」
「じゃあ、木の上でも渡っていったか」
「それも考えられるわ」
総一は太い枝が何本も重なった頭上を眺めた。
身軽な者なら、枝から枝へ移動することも不可能ではないだろう。ただ、何者がどちらへ向かったのかを判断できる痕跡はなかった。
「困ったな。ここまで来て行き止まりか」
「どうしますか、総一さん?」
「もう少し周囲を調べてみよう。何か見落としてるかもしれない」
総一とシンは手分けして辺りを調べ始めた。
マリンも目を閉じて魔力を探ったが、しばらくすると首を横に振った。
「駄目ね。これ以上はわからないわ」
そのときだった。
「おーい、ちょっと休まねえか?」
ナバルが大きく伸びをした。
「朝からずっと歩きっぱなしだろ。少しくらいいいじゃねえか」
「ナバルさん、まだ調査中ですよ」
「わかってるって。ちょっと座るだけだよ」
そう言ってナバルは、近くの木陰に腰を下ろした。
ところが、座った途端に妙な顔をした。
「……ん?」
ナバルは腰を浮かせ、足元の地面を見つめた。
「何だ、これ」
「どうした、ナバル?」
総一が振り返る。
「いや、なんかここだけ柔らかいんだよ」
「柔らかい?」
「ほら、こっちと比べてみろよ」
ナバルは指先で地面を押した。
周囲の土は固く締まっているのに、彼が座っていた場所だけは簡単に指が沈む。
「それに、土の色もちょっと違わねえか?」
総一が近づき、隣にしゃがみ込んだ。
落ち葉を払いのけると、確かにその一角だけ土がわずかに明るい。
指先ですくってみると、周囲よりも柔らかく、細かな土が簡単に崩れた。
「……本当だな」
「だろ?」
ナバルが得意げに胸を張った。
「どうやら、最近掘り返されたみたいだ」
「えっ、じゃあ何か埋まってるんですか?」
シンも駆け寄ってきた。
「それは調べてみないとわからないな」
総一はナバルを見上げた。
「やるじゃないか、ナバル。たまには役に立つな」
「たまには余計だ!」
ナバルの抗議に、シンが思わず笑った。
しかし、総一の視線はすでに地面へ戻っていた。
こんな森の奥で、誰かがわざわざ土を掘り返している。
しかも、追ってきた痕跡が途切れた場所と重なっていた。
偶然と考えるには、少々出来すぎている。
「マリン、ちょっと頼めるか?」
「何をすればいいの?」
「この辺りの土を掘り返してほしいんだ。できる?」
「それくらい簡単よ」
マリンは地面へ手をかざした。
「みんな、少し離れて」
一行が後ろへ下がると、マリンの足元に淡い魔法陣が浮かび上がった。
次の瞬間、地面がゆっくりと盛り上がり始めた。
土が左右へ押し分けられ、絡みついていた木の根が露わになる。湿った土の匂いが辺りに広がり、積もっていた落ち葉が風に舞った。
「おお……」
ナバルが目を丸くした。
マリンがさらに魔力を込めると、盛り上がった土の下から、ぽっかりと黒い空間が現れた。
総一は思わず身を乗り出した。
掘り返された地面の下には、自然にできたとは思えない空洞が広がっている。
「……おいおい、何だよこれ」
ナバルの声から、先ほどまでの軽さが消えていた。
シンも驚いた様子で穴を覗き込む。
「総一さん、これは……」
総一は暗い空洞を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……地下があるぞ」
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回は総一の探偵としての観察力に加え、ナバルも思わぬところで活躍してくれました。
そして、森の地面の下から現れた謎の空間。
果たして、この地下には何が隠されているのでしょうか。
次回、総一たちは地下の調査へと進みます。
続きも楽しみにしていただけると嬉しいです!
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