第48話 思いがけないダブルデート
いつもお読みいただきありがとうございます。
美人エルフのアンリからデートに誘われ、すっかり上機嫌の総一。
魔王軍の調査はひとまず置いて、今日はエルフの里で楽しいひとときを過ごすことに。
ところが、思いがけない出会いが待っていました。
第48話、よろしくお願いします!
朝から、総一の機嫌はすこぶるよかった。
エリナバールの家に用意された客室で、鏡の前に立っては髪を整え、服の襟元を直している。
すでに三度目だった。
「総一さん、今日はどこかへ出かけるんですか?」
部屋を覗いたシンが、不思議そうに尋ねた。
「おう。ちょっとな」
「調査ですか?」
「いや、デートだ」
「……デート?」
シンが目を丸くする。
その後ろから顔を出したナバルは、総一の姿を見るなり深いため息をついた。
「昨日、魔族の調査に行ったばかりでしょう。今日はもう女性と遊ぶんですか」
「遊ぶとは失礼だな。男女の交流も立派な人生経験だぞ」
「総一さんの場合、その人生経験が多すぎるんですよ」
「何事も経験が大事だからな」
悪びれる様子もなく答える総一に、ナバルはそれ以上何も言わなかった。
シンは少し考えてから、遠慮がちに口を開く。
「あの……薫さんのことは?」
「忘れるわけないだろ。薫を見つけるのが俺の一番の目的だ」
「だったら、どうしてデートを……」
「それとこれとは別だ。せっかく美人に誘われたんだぞ? 断ったら失礼だろ」
「そういう問題なんでしょうか……」
真剣に悩み始めたシンの肩を、ナバルが軽く叩いた。
「シン。考えるだけ無駄ですよ」
「おいおい、ひどい言われようだな」
総一は笑いながら最後にもう一度鏡を確認すると、上機嫌で部屋を出た。
約束は正午。
まだ時間はあったが、待ち合わせに遅れるつもりなど毛頭なかった。
◇
エルフの里には、住居や畑だけでなく、小さな商店が集まる通りがあった。
人口はおよそ千五百人。人間の大きな街ほど賑やかではないものの、焼きたてのパンを売る店や、木工品を並べた雑貨屋、色鮮やかな布を扱う店などが軒を連ねている。
総一が待ち合わせ場所に着くと、ほどなくしてアンリが姿を現した。
「総一さん、お待たせしました」
いつも食堂で見かける仕事着とは違い、今日は淡い緑色のワンピースを身につけていた。長い髪も丁寧に整えられ、耳元には小さな飾りが揺れている。
総一は思わず言葉を失った。
「……アンリちゃん」
「どうかしました?」
「いや、綺麗すぎて言葉が出なかった」
「ふふっ。そんなに褒めても何も出ませんよ?」
「笑顔を見せてもらえただけで十分だよ」
「もう、総一さんったら」
アンリは楽しそうに笑った。
その笑顔に、総一の頬も自然と緩む。
「今日はどこへ連れていってくれるの?」
「里の中を少し歩いてから、湖のそばにある茶屋へ行こうと思っているんです。景色がとても綺麗なんですよ」
「アンリちゃんのおすすめなら、どこでも大歓迎だ」
二人は並んで商店通りを歩き始めた。
途中、総一は小さな装飾品の店で足を止めた。店先には木の実や花を模した髪飾りが並んでいる。
「これ、アンリちゃんに似合いそうだな」
総一が手に取ったのは、白い花をかたどった髪飾りだった。
「素敵ですね」
「よかったらプレゼントするよ」
「えっ、そんな。悪いですよ」
「今日の記念ってことで」
総一が笑うと、アンリは少し迷った末に受け取った。
「ありがとうございます。大切にしますね」
その言葉だけで、総一は今日のデートが成功したような気分になっていた。
◇
湖畔の茶屋は、里の中心から少し離れた場所にあった。
木々に囲まれた小さな湖のほとりに建てられた店で、屋外には湖を眺められる席がいくつも並んでいる。
水面には青空が映り、時折吹く風が細かな波紋を広げていた。
「いいところだね」
「でしょう? 昔からよく来ていたんですよ」
アンリに案内され、二人が席に着こうとしたときだった。
「あれっ? アンリさんじゃないですか!」
背後から明るい声が飛んできた。
振り返ると、見覚えのある筋骨隆々のエルフが立っていた。その隣には、笑顔の可愛らしい女性がいる。
「あれ? 確か……ボンズさん?」
総一が声をかけると、ボンズもこちらに気づいた。
「総一さんでしたか。こんなところで会うとは」
「いやあ、偶然ですね」
ボンズは総一の隣にいるアンリへ目を向けた。
「アンリも一緒だったんですね」
「ええ。今日は総一さんと出かけていたんです」
「そうでしたか」
ボンズは少し意外そうな顔をしたが、それ以上は何も聞かなかった。
すると、隣にいたカリーナが嬉しそうに口を開いた。
「もしかして、お二人ってデートですか?」
「そうなんだよ。今日はアンリちゃんとデートなんだ」
「わあ! そうだったんですね!」
カリーナは満面の笑顔を浮かべた。
「それなら、せっかくですし一緒にお茶しませんか? 私たちも今からお茶するところだったんです!」
「えっ、一緒に?」
総一は思わずアンリを見た。
せっかく二人きりで過ごせると思っていたのだが、カリーナの勢いに押されてしまう。
「私は構いませんよ」
アンリが微笑む。
「……それなら、ぜひ」
こうして、思いがけないダブルデートが始まった。
◇
カリーナは、とにかくよくしゃべった。
最近の里の出来事から、ボンズの研究の話、茶屋の新しい菓子の評判まで、話題が尽きることがない。
ボンズは時折苦笑しながらも、楽しそうに話を聞いている。
そんな二人を眺めていた総一は、ふと疑問を口にした。
「そういえば、二人っていつから付き合ってるんだ?」
「アンリさんと別れてからですよ!」
「……ん?」
総一の手が止まった。
「ちょっと待って。今、何て?」
「ですから、ボンズがアンリさんと別れたあと、私が猛アタックしたんです!」
「……はあっ!?」
総一は思わず立ち上がりかけた。
「ボンズさん! アンリちゃんと付き合ってたんですか!?」
「そんなに驚かれるとは思いませんでしたよ」
「いや、だって……!」
総一はボンズをまじまじと見つめた。
整った顔立ち。エルフとは思えないほど鍛え上げられた身体。頭もよく、性格も穏やかで優しい。
改めて考えれば、女性に人気があっても不思議ではない。
「くそっ……。よく見たら、欠点がないじゃないですか」
「何の話ですか?」
「こっちの話ですよ!」
カリーナが声を上げて笑った。
「ボンズって昔からすごくモテるんですよ! だから私も大変だったんです!」
「カリーナ、何を言い出すんだ……」
困り顔のボンズをよそに、カリーナはアンリへ顔を向けた。
「そういえばアンリさん、前から聞いてみたかったんですけど」
「何かしら?」
「どうしてボンズと別れたんですか?」
ボンズの表情が固まった。
「おい、カリーナ。それは……」
「だって、ボンズに聞いても理由を知らないって言うんですもん!」
アンリは少し困ったように笑った。
「そうね……ボンズがあまりにもモテるから、かな」
「えっ?」
「いつも女の子たちに囲まれているでしょう? 別にボンズが悪いわけじゃないの。でも、私が嫉妬することに疲れちゃったのよ」
ボンズは驚いた顔でアンリを見つめた。
「……そんな理由だったのか」
「あなた、全然気づいてなかったものね」
「言ってくれればよかったのに」
「言ったところで、あなたが優しいのは変わらないでしょう?」
ボンズは返す言葉を失った。
するとカリーナが、勢いよく彼の腕に抱きついた。
「でも、今は私が彼女ですからね!」
「わかってるわよ」
「本当に?」
「本当だって」
満足そうに笑うカリーナを見て、総一もつられて笑った。
「いやあ、ボンズさん。幸せ者ですね」
「……そうですね」
照れくさそうに答えるボンズの横で、カリーナはますます嬉しそうな顔になった。
◇
「そういえば、研究所の方はどうなの?」
ひとしきり恋愛話で盛り上がったあと、カリーナが思い出したように口を開いた。
「一昨日なんて、ゴンザットさんがものすごく喜んでいたんですよ!」
「たしか、マリンが手伝ってた日か」
総一が頷く。
「そうなんです! あんなに嬉しそうなゴンザットさん、久しぶりに見ました!」
「何か新しい発見でもあったの?」
アンリが尋ねた。
「レベルストーンの研究が一気に進んだんですよ!」
「レベルストーン?」
「はい! ゴンザットさん、ずっと人工的に作れないか研究しているんです!」
アンリが小さく目を見開いた。
「人工的に作る……そんなことができるの?」
「まだできてないぞ」
ボンズが口を挟んだ。
「一昨日、マリンさんのおかげで大きな進展はあったらしいけどな。完成までは、まだいろいろ課題があるそうだ」
「へえ……それはすごい研究ね」
「じいちゃんは何百年もレベルストーンを調べてるからな。完成したら大騒ぎになるだろうよ」
「そうね。きっと、いろいろな人が欲しがるでしょうね」
アンリは穏やかに微笑んだ。
総一はそんな会話を聞きながら、残っていた菓子を口に運ぶ。
「まあ、研究のことはマリンとゴンザットの爺さんに任せておけばいいだろ。俺には難しすぎる」
「総一さんは研究よりデートですもんね!」
カリーナが楽しそうに笑う。
「よくわかってるじゃないか」
「もう、総一さんったら」
アンリも笑い、四人の席には再び賑やかな声が広がった。
◇
茶屋を出たあと、四人は湖畔の道をしばらく散歩した。
カリーナは最後までよくしゃべり、ボンズはその隣で穏やかに笑っていた。
やがて二人と別れ、総一とアンリは商店通りへ戻ることにした。
「いやあ、まさかダブルデートになるとは思わなかったな」
「ふふっ。楽しかったですね」
「そうだね。でも、できればもう少しアンリちゃんと二人きりでいたかったな」
「そんなこと言ったら、カリーナさんが悲しみますよ?」
「それは困るな。あの笑顔には勝てない」
総一が肩をすくめると、アンリは声を立てて笑った。
夕暮れが近づき、二人は並んで商店通りを歩いていた。
「今日はありがとう、アンリちゃん。本当に楽しかったよ」
「こちらこそ。素敵な髪飾りまでいただいてしまって」
アンリは髪に飾った白い花へ、そっと手を添えた。
「よく似合ってるよ」
「ふふっ。ありがとうございます」
他愛のない話を続けながら歩いているうちに、見慣れた家並みが見えてきた。
エリナバールの家と、その隣に建つアンリの家だった。
「もう着いちゃったか。楽しい時間ってのは早いもんだな」
「そうですね。私も楽しかったです」
「また誘ってもいいかな?」
アンリは少しだけ間を置いてから、柔らかく微笑んだ。
「ええ。機会があれば、ぜひ」
その返事に、総一の顔がぱっと明るくなる。
「よし! その言葉、忘れないでね!」
「ふふっ。忘れませんよ。それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ、アンリちゃん」
アンリが隣の家へ入っていくのを見届けてから、総一はエリナバールの家へ向かった。
ほんの数歩の距離だというのに、鼻歌まで飛び出してしまう。
昨日までの調査では、魔族につながる手がかりは何も得られなかった。
それでも、今日くらいはこんな一日があってもいいだろう。
総一は上機嫌のまま、家の扉を開けた。
その頃、里ではいつもと変わらない穏やかな夕暮れが訪れていた。
誰もが、明日も同じ朝を迎えるものだと思っていた。
だが、その夜。
エルフの里で、ある人物が忽然と姿を消すことになる。
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回は総一とアンリのデート回でした。
まさかのダブルデートとなりましたが、ボンズとカリーナの意外な恋愛事情も明らかになりましたね。
そして、最後には少し気になる出来事が……。
穏やかなエルフの里で、いったい何が起こるのでしょうか。
次回もお楽しみに!
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