第47話 美人エルフからの誘い
いつもお読みいただきありがとうございます。
アンリから聞いた情報を頼りに、森の調査へ向かう総一とマリン。
果たして、魔王軍につながる手掛かりは見つかるのでしょうか。
第47話、よろしくお願いします!
木々の隙間から差し込む朝日が、森の地面にまだら模様を作っていた。
総一はマリンと並んで、エルフの里から少し離れた森を歩いていた。
向かっているのは、昨日アンリから聞いた場所だ。
森の奥で魔族らしき者たちを見かけ、その者たちが突然現れた空間の中へ消えていったという。
もし本当なら、魔王軍の拠点につながる手掛かりになるかもしれない。
「それにしても、よくそんな話を聞き出したわね」
先を歩いていたマリンが振り返った。
「別に聞き出したわけじゃないぞ。アンリちゃんの方から教えてくれたんだ」
「ふうん。随分親切なのね」
「そりゃそうだろ。俺たち、もう結構いい感じだからな」
「……まだほとんど話したこともないでしょうに」
「時間じゃないんだよ。男女の仲ってのは」
「はいはい」
マリンは呆れたように前を向いた。
総一はそんな反応を気にすることもなく、周囲へ視線を巡らせる。
この辺りはアネポワールの木が多く、里の住人も果実を採りに訪れる場所らしい。足元には踏み固められた細い道が続き、ところどころに小さな籠を置いた跡も残っていた。
「この辺りか?」
「そうね。アンリが言っていた場所なら、もう少し先のはずよ」
二人は道を外れ、木々の間を進んだ。
しばらくすると、少し開けた場所に出た。
背の高い木々に囲まれた小さな空間で、中央には苔むした岩が転がっている。
「ここね」
マリンが足を止めた。
「魔族が消えたのは、この辺りだって?」
「そう聞いてる」
「ちょっと待ってて」
マリンは目を閉じ、片手をゆっくりと持ち上げた。
淡い光が指先に集まり、周囲へ薄く広がっていく。
魔法の痕跡を調べているのだろう。
その間、総一は地面にしゃがみ込み、落ち葉を軽くかき分けた。
人が歩いたような跡はある。
しかし、果実を採りに来たエルフたちのものなのか、魔族のものなのかは判別できない。
少なくとも、大勢が頻繁に出入りしているようには見えなかった。
「……何も感じないわね」
やがてマリンが目を開いた。
「どういうことだ?」
「この辺りに魔法が使われた形跡がないのよ。何かを隠す結界が張られているなら、多少は魔力の反応があるはずなんだけど」
「じゃあ、アンリちゃんが見たものは何だったんだ?」
「分からないわ。魔族が何らかの方法で姿を消した可能性もあるし、単に木々の陰に隠れただけかもしれない」
総一は周囲を見渡した。
確かに、この森は木々が密集している。少し離れただけで、人の姿を見失っても不思議ではなかった。
「もう少し調べてみるか」
「そうね。何か手掛かりが残っているかもしれないし」
二人は周辺を歩き回り、木の根元や岩陰まで確認した。
しかし、目立った手掛かりは見つからなかった。
途中、数匹のマナバブーンが木の上から姿を現したものの、総一を見るなり慌てて逃げていった。
「……あいつら、まだ覚えてるのね」
マリンが苦笑する。
「別に追いかけたりしないのにな」
「散々痛い目に遭わせた本人が言うことじゃないわよ」
「向こうから襲ってきたんだぞ」
「分かってるわよ」
結局、二人はさらに周囲を調べたものの、魔族につながるものは何一つ発見できなかった。
「今日はここまでにするか」
「そうね。これ以上探しても、同じことの繰り返しになりそうだし」
「アンリちゃんの見間違いだったのかな」
「それか、私たちが来る前に痕跡を消されたか。今のところは何とも言えないわ」
総一は小さく頷いた。
手掛かりが得られなかったのは残念だが、何もない場所にいつまでも留まっていても仕方がない。
二人は来た道を引き返し、エルフの里へ戻ることにした。
◇
里へ戻った頃には、太陽が頭上近くまで昇っていた。
家々の間を吹き抜ける風には、森とは違う穏やかな生活の匂いが混じっている。
畑へ向かうエルフや、籠を抱えて歩く子供たちの姿も見えた。
「さて、これからどうする?」
総一が尋ねると、マリンは肩を回しながら大きく息を吐いた。
「私は少し遊んでくるわ」
「遊ぶ?」
「昨日はゴンザットに散々こき使われたんだから、少しくらい息抜きしたっていいでしょ」
「研究はもういいのか?」
「今日は十分よ。あの爺さん、放っておいたら何日でも研究させるつもりなんだから」
マリンは心底うんざりしたような顔をした。
昨日の研究所では、ゴンザットと一緒になってレベルストーンの解析に没頭していた。
成果もあったらしいが、その分、相当疲れたのだろう。
「で、どこに遊びに行くんだ?」
「ジグゾーのところよ」
「ジグゾー?」
「昔の幼馴染。畑仕事をしてるって聞いたから、ちょっとからかいに行こうと思って」
「五百年ぶりに会うんだろ? 普通は懐かしがるもんじゃないのか」
「懐かしいから、からかいに行くのよ。昔は泣き虫だったけど、今じゃ立派なお爺ちゃんでしょうね」
マリンは悪戯っぽく笑った。
五百年という時間は、人間にとっては想像もつかないほど長い。
それでも彼女にとっては、幼い頃の友人と再会する楽しみの方が大きいらしい。
「総一はどうするの?」
「俺か? アンリちゃんのところに行ってくる」
「……また?」
「またって、まだそんなに会ってないぞ」
「そういう意味じゃないわよ」
「昨日の情報がどうだったか、報告もしないとな」
「それが本当の目的?」
「もちろん」
総一が真顔で答えると、マリンは疑わしそうに目を細めた。
「……本当はアンリに会いたいだけでしょ」
「よく分かったな」
「隠す気もないのね」
「美人に会いに行くのに、理由なんか必要ないだろ」
「はいはい。好きにしなさい」
マリンは呆れながらも、どこか楽しそうに笑った。
「じゃあ、また後でね」
「うん。ジグゾーによろしくな」
二人はそこで別れた。
マリンは畑の方へ、総一はアンリの食堂へと歩き出す。
その足取りは、森を調査していた時よりも明らかに軽かった。
◇
昼時を少し過ぎた食堂は、客の姿もまばらだった。
扉を開けると、香ばしい料理の匂いが総一を迎えた。
「いらっしゃいませ」
奥から聞こえてきた声に、総一の顔が自然とほころぶ。
「やあ、アンリちゃん」
「あら、総一さん。こんにちは」
アンリは手にしていた皿を置き、柔らかく微笑んだ。
長い髪が肩の上で揺れる。
相変わらず綺麗だ。
総一は思わず見惚れそうになったが、何とか平静を装って席に着いた。
「今日はお一人ですか?」
「うん。マリンは幼馴染をからかいに行ったよ」
「ふふっ。マリンさんらしいですね」
アンリは楽しそうに笑った。
「ところで、森の方はいかがでした?」
「それなんだけどな」
総一は水を一口飲んでから、調査の結果を伝えた。
「残念ながら、何も見つからなかったんだ。マリンも調べてくれたけど、魔法の痕跡はなかったらしい」
「そうだったんですか……」
アンリは申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんなさい。私の見間違いだったのかもしれませんね」
「いやいや、謝ることじゃないよ。魔族じゃなくても、怪しい連中がいたなら気になるだろうし」
「そう言っていただけると助かります」
「それに、情報を教えてくれただけでもありがたいよ」
アンリはほっとしたように微笑み、総一の前に小さな焼き菓子を置いた。
「よかったら、どうぞ。今日作ったものなんです」
「おっ、ありがとう。アンリちゃんの手作りなら、いくらでも食べられそうだ」
「そんなに褒めても、何も出ませんよ?」
「もう出てるじゃないか」
二人は顔を見合わせて笑った。
焼き菓子はほどよい甘さで、香ばしい木の実の風味が口の中に広がった。
総一が感想を伝えると、アンリは嬉しそうに頷いた。
「そういえば、総一さんたちは、これからどうされるんですか?」
「これから?」
「はい。魔族の手掛かりを探していらっしゃるんですよね」
「まあ、そうだな」
「まだ、この里に滞在されるんですか?」
「しばらくはいると思うよ。マリンも研究の途中だし」
「そうなんですね。シンさんたちも?」
「多分な。あいつらも何か手伝えることを探してるみたいだし」
アンリは静かに頷いた。
「それなら、明日も森へ?」
「いや、どうだろう。今日のところは手掛かりがなかったからな」
「そうですか……」
そこでアンリは少し考えるように視線を落とした。
そして、何かを決心したように顔を上げる。
「でしたら、総一さん」
「ん?」
「昨日のデートのお話なんですけど……明日はどうでしょうか?」
「……え?」
総一の手が止まった。
今、何と言った?
デート?
明日?
アンリちゃんから?
「ご都合が悪ければ、別の日でも構いませんけど」
「いや! 全然悪くない!」
思わず声が大きくなった。
近くの席にいた客がこちらを振り返り、総一は慌てて咳払いをした。
「……失礼。明日なら大丈夫だよ」
「よかった」
アンリは口元に手を添えて笑った。
「それじゃあ、明日のお昼頃にいかがですか? 私、この辺りの景色が綺麗な場所を知っているんです」
「もちろん。楽しみにしてるよ」
総一は平静を装って答えたが、内心では思わず拳を握りしめていた。
まさか向こうから誘ってくれるとは。
これは期待してもいいのだろうか。
「総一さんって、いつも旅をしていらっしゃるんですか?」
アンリが再び尋ねてきた。
「まあ、今はそうだな。探してる人がいるんだ」
「大切な方なんですね」
「そうだな。俺にとって、何より大切な相棒だよ」
その言葉だけは、自然と真剣なものになった。
薫の顔が脳裏に浮かぶ。
どこにいるのかも分からないまま、こうして旅を続けている。
必ず見つけ出す。
その気持ちは、少しも変わっていなかった。
「……素敵ですね」
アンリが静かに微笑んだ。
「その方を見つけたら、旅は終わりなんですか?」
「そうだな。少なくとも、今みたいにあちこち探し回る必要はなくなるだろうね」
「では、それまでは手掛かりを求めて?」
「そういうこと。魔王軍が何か知ってるかもしれないからな」
「そうなんですね」
アンリは頷くと、少し間を置いて続けた。
「魔族の方たちも、まだこの近くにいるんでしょうか?」
「どうだろうな。いるかもしれないし、もういないかもしれない」
「そうですよね。私たちも気をつけないと」
その表情には、不安が浮かんでいた。
森で怪しい者たちを見たというのだから、気になるのも当然だろう。
「大丈夫。何かあったら俺たちに言ってくれればいいよ」
「ありがとうございます。頼もしいですね」
アンリが微笑む。
総一も笑顔を返した。
「……総一さん?」
「ん? どうした?」
「何だか嬉しそうですね」
「そりゃそうさ。明日が楽しみだからね」
「ふふっ。私も楽しみにしています」
その笑顔を見ていると、総一も自然と頬が緩んだ。
残っていた焼き菓子を口に運び、もう一度その味を褒めた。
◇
食堂を出ると、午後の日差しが石畳を明るく照らしていた。
総一は大きく伸びをして、気持ちのいい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「いやあ、明日が楽しみだな」
思わず笑みがこぼれる。
美人のエルフと二人きりで出かけられる。
それだけで、今日一日が随分といい日になった気がした。
しかし、歩き始めてしばらくすると、先ほどの会話がふと頭に浮かんだ。
アンリが尋ねてきたのは、旅の話だけではなかった。
いつまで里にいるのか。
仲間たちはどうするのか。
明日も森へ行くのか。
どれも何気ない質問だったが、振り返ってみると、妙に行動予定に関するものが多かった。
「……ん?」
総一は足を止めた。
探偵として長年培ってきた勘が、ほんのわずかに引っかかった。
とはいえ、相手はまだ知り合ったばかりの女性だ。
自分のことを知りたいと思ってくれているだけかもしれない。
それに、アンリは自分から明日のデートを提案してくれた。
「……ま、考えすぎか」
総一は小さく笑い、再び歩き出した。
明日はどこへ連れていってくれるのだろう。
どんな話をしようか。
そんなことを考えているうちに、先ほど感じた小さな違和感も、いつの間にか頭の隅へ追いやられていた。
「さて、明日は何を着ていこうかな」
総一は上機嫌で鼻歌を口ずさみながら、エリナバールの家へと戻っていった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回は総一らしい一面が出たお話になりました。
美人エルフのアンリから、まさかのデートのお誘い。
すっかり上機嫌の総一ですが、果たしてどんな一日になるのでしょうか。
次回もお楽しみに!
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