第43話 魔法を喰らう魔物
レベルスマウンテンへ足を踏み入れた総一たち。
五百年の間に変わってしまった山で、果たして何が待っているのか。
第43話、よろしくお願いします!
「きゃああああああああっ!!」
マリンの絶叫が森中に響き渡った。
木々に止まっていた鳥たちが、一斉に空へ飛び立っていく。
「最悪……最悪よ……!」
マリンはサリーから渡された布で、何度も頬を拭っていた。
「マリンさん、もう取れましたから」
「そういう問題じゃないの!」
マリンの肩が小刻みに震えている。
総一は少し離れたところから、その様子を眺めていた。
手には先ほど掴んだ黒紫色の塊がある。
「こっちはカチカチなんだけどな」
「それをこっちに向けるな!」
「同じものとは思えないな」
「捨てなさいよ!」
総一が仕方なく放り捨てる。
その間も、木の上では何匹ものマナバブーンがこちらを見下ろしていた。
「ウキッ」
「ウキキッ」
その鳴き声が笑っているように聞こえたのか、マリンの眉がぴくりと動いた。
「……許さない」
「マリン?」
「絶対に許さない!」
マリンが勢いよく右手を掲げた。
その頭上に青白い魔法陣が広がる。
バチッ!
バチバチバチッ!
周囲の空気が震え、無数の雷光が魔法陣の周囲を走った。
「ちょっと待て。お前、こいつらには……」
「食らいなさい!」
総一が止めるより早く、マリンが腕を振り下ろした。
ズガァァァンッ!
巨大な雷撃が木々の間を駆け抜ける。
青白い光が森を染めた。
その先にいた数匹のマナバブーンが、一斉に口を大きく開く。
「ウキィィッ!」
次の瞬間。
雷撃の軌道が歪んだ。
「え?」
シンが目を見開く。
激しく暴れていた雷が細長く引き伸ばされ、マナバブーンたちの口へ吸い込まれていく。
バチッ。
バチバチッ。
最後の雷光まで飲み込まれると、森に静寂が戻った。
マナバブーンたちは何事もなかったように口を閉じる。
「…………」
マリンが固まった。
「食った……」
ナバルが呟く。
「本当に魔法を食べるんですね……」
シンも唖然としている。
総一はマリンを見る。
「忘れてただろ」
「忘れてないわよ!」
「じゃあ、なんで撃ったんだよ」
「腹が立ったからよ!」
「忘れてたのと大差ないだろ」
「うるさい!」
そのときだった。
「ウキィィィィッ!」
一匹のマナバブーンが大きな声を上げた。
直後、周囲の木々が一斉に揺れる。
ガサガサガサッ!
「……来ます!」
シンが剣を抜いた。
右にもいる。
左にもいる。
頭上にも。
見える範囲だけでも五十匹近い。
さらに森の奥からも鳴き声が聞こえてくる。
「ずいぶんいるな」
総一の表情から笑みが消えた。
「総一さん!」
「シンは自分の身を守れ。ナバル、サリーを頼む」
「任せろ!」
ナバルが大盾を構え、サリーの前へ出る。
「マリンは俺の後ろにいろ」
「私だって戦えるわよ!」
「魔法食われてただろ」
「……今だけお願い」
「最初からそう言え」
次の瞬間。
数匹のマナバブーンが一斉に枝を蹴った。
ドンッ!
紫色の巨体が降ってくる。
一匹がシンへ拳を振り下ろした。
「っ!」
シンは横へ跳んだ。
直後。
ドゴォンッ!
「なっ……!」
土と小石が激しく飛び散った。
マナバブーンの拳が叩き込まれた地面には、大きな穴が開いている。
シンの頬を冷たい汗が伝った。
「まともに受けたら……」
「腕力は人間の十倍近いわ! 気をつけなさい!」
「先に言ってください!」
「昨日言ったでしょ!」
シンはすぐに体勢を立て直した。
再び迫ってきた拳をかわし、懐へ踏み込む。
「はっ!」
ザシュッ!
剣がマナバブーンの肩を斬り裂いた。
「ウギャッ!」
マナバブーンがよろめく。
そこへシンが柄を叩き込み、地面へ倒した。
「一匹!」
一方、ナバルの前にも別の個体が飛び込んでいた。
「来い!」
大盾を正面へ構える。
マナバブーンの拳が振り抜かれた。
ガァァンッ!
「ぐっ!」
ナバルの身体が後方へ滑った。
靴底が地面を削り、数歩下がったところでようやく止まる。
「ナバルさん!」
「大丈夫だ!」
だが、盾を見たナバルの表情が変わった。
分厚い金属製の盾の中央が、わずかにへこんでいる。
「……冗談だろ」
ナバルが顔を引きつらせた。
「王国騎士団の盾だぞ、これ」
その横を紫色の影が駆け抜けた。
「総一!」
マリンが叫ぶ。
一匹のマナバブーンが、総一へ真正面から飛びかかった。
太い腕が振り抜かれる。
地面を砕き、ナバルの盾すらへこませた拳。
総一は避けなかった。
パシッ。
「……え?」
シンが動きを止める。
総一の左手が、マナバブーンの拳を掴んでいた。
腕は微動だにしていない。
「ウ……キ?」
マナバブーンが首を傾げた。
「力は強いみたいだな」
総一は掴んだ拳を離した。
「でも、それだけだ」
ドンッ!
右拳が腹へ突き刺さる。
「ウギャッ!」
マナバブーンの身体が浮き上がり、そのまま地面へ転がった。
一撃。
動かなくなったが、息はしている。
次の一匹が背後から飛びかかる。
総一は振り返りざまに拳を叩き込んだ。
ドガッ!
また一匹。
右から二匹。
「ウキィッ!」
「順番に来いよ」
ゴッ!
ドンッ!
二匹とも一発。
木の上から飛びかかってきた個体には、蹴りを叩き込む。
バキッ!
紫色の身体が地面へ落ちた。
総一の周囲だけ、次々とマナバブーンが倒れていく。
「……すごい」
サリーが呟いた。
シンが一匹を相手にしている間に、総一はすでに何匹倒したのか分からない。
それでも総一は、マリンの前からほとんど動いていなかった。
襲ってくるものだけを迎え撃っている。
そして。
「ウキ……」
一匹のマナバブーンが動きを止めた。
総一を見る。
地面に倒れている仲間を見る。
もう一度、総一を見る。
ゆっくり後ずさった。
「ウキッ!」
短く鳴く。
その声を合図にしたように、他のマナバブーンたちの動きも止まった。
「何だ?」
ナバルが盾を構えたまま周囲を見る。
次の瞬間。
マナバブーンたちが一斉に木へ飛び移った。
ガサガサガサッ!
紫色の影が次々と森の奥へ消えていく。
あれほど騒がしかった森が、あっという間に静かになった。
「……逃げたんですか?」
シンが剣を下ろす。
「頭がいいんだろ」
総一は倒れているマナバブーンを見た。
「俺には勝てないって分かったんじゃないか」
◇
それから先、マナバブーンが襲ってくることはなかった。
遠くの木々から視線を感じることはある。
だが、総一がそちらを見るだけで紫色の影はすぐに姿を消した。
「完全に怖がられてるわね」
「俺、何もしてないのにな」
「何匹殴り倒したと思ってるのよ」
マリンが呆れる。
「お前が最初に喧嘩売ったんだろ」
「それは忘れなさい」
「都合いいな」
やがて一行は、かつてエルフたちがレベルストーンを採掘していた場所へ辿り着いた。
山肌がむき出しになり、あちこちに岩が転がっている。
「ここよ」
マリンが辺りを見回した。
「昔はこの辺りで採れたはず」
五人で手分けして透明な石を探す。
だが、見た目だけでは普通の石とレベルストーンの区別はつかない。
見つけるたびにマリンが確認していった。
「これは違う」
「こっちは?」
「それも普通の石ね」
「じゃあ、これ」
総一が透明な石を放る。
マリンが受け取り、確かめる。
「……これはそうね」
「レベルストーン?」
「間違いないわ」
ようやく一つ。
その後も探し続け、いくつかのレベルストーンを見つけることができた。
だが。
「……少ないわね」
マリンが手の中の石を見つめた。
「やっぱり?」
「ここなら、もっと見つかると思ってた」
シンが周囲を見回す。
「魔族が先に持っていった可能性はありませんか?」
「あり得るわね。あいつらがレベルストーンを集めてるのは分かってるし」
マリンはそう答えながら、ゆっくりしゃがみ込んだ。
地面へ手を触れる。
しばらく黙ったまま目を閉じる。
「どうした?」
「……魔素よ」
マリンが目を開いた。
「この辺り、異常なくらい魔素が濃い」
「それがどうした?」
「これだけ魔素が濃い場所なのに、レベルストーンがこれっぽっちしかないのが気になるのよ」
マリンは手の中の透明な石を見つめた。
何かを思い出そうとしているように、しばらく黙り込む。
やがて、その表情が変わった。
「……そういえば」
「何だ?」
「昔、レベルストーンばかり研究してた変わり者がいたわ」
「変わり者?」
「ゴンザットよ」
マリンは立ち上がった。
「まだ生きてるか知らないけど……」
その視線が、手の中のレベルストーンへ落ちる。
「あいつなら、何か知ってるかもしれないわ」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
レベルスマウンテンで新たな手掛かりを掴んだ総一たち。
そして最後に名前が出てきた「ゴンザット」とは何者なのか。
物語はここから、さらに山の秘密へと踏み込んでいきます。
続きが気になると思っていただけたら、ブックマークと高評価で応援してもらえると嬉しいです!
今後の執筆の大きな励みになります。
次回もよろしくお願いします!




