第42話 レベルスマウンテンへ
五百年ぶりにエルフの里へ戻ってきたマリン。
そして総一たちは、いよいよレベルスマウンテンへ向かいます。
果たして、山で待っているものとは……。
「きゃああああああっ!」
静かなエルフの里に、女性の悲鳴が響き渡った。
「……俺、何もしてないよな?」
露天風呂の中で、総一は一人呟いた。
悲鳴を上げた女性は、すでに反対側の扉の向こうへ消えている。
総一が状況を整理するより先に、今度はこちら側の扉が勢いよく開いた。
「総一さん!」
「おい、何があった!」
飛び込んできたのはシンとナバルだった。
二人ともまだ服を着たままだ。
「何って……」
総一は湯船につかったまま二人を見る。
「女の人が入ってきた」
「女?」
「金髪の、すげえ綺麗でナイスバディだった」
「そこは聞いてない」
ナバルが即座に返した。
「大事だろ」
「それで、何したんだ?」
「何もしてない」
「本当か?」
「なんで最初から俺が悪い前提なんだよ」
シンが反対側の扉を見る。
「でも、かなり大きな悲鳴でしたよ」
「俺だって驚いたんだよ。いきなり裸の女が入ってきたんだから」
「……裸?」
「風呂だからな」
「それはそうですけど……」
シンが困ったように黙る。
ナバルは総一をしばらく見つめたあと、肩をすくめた。
「まあ、お前が覗いたわけじゃないならいい」
「だから最初からそう言ってるだろ」
◇
一方。
悲鳴を聞いたエリナバールは、すぐに声の主に気づいていた。
「今の……アンリだわ!」
慌てて家を飛び出し、隣家へ向かう。
「アンリ?」
マリンとサリーもその後を追った。
隣家へ入ると、アンリはすでに服を着ていた。
長い金髪は少し乱れ、頬はまだ真っ赤だった。
「アンリ、大丈夫!?」
「エリナバール!」
アンリが振り返る。
「お風呂に男の人がいたんだけど!」
「あっ……」
エリナバールの動きが止まった。
「何、その反応」
「ご、ごめんなさい!」
両手を合わせる。
「今日、お客さんが来てることを伝えるの忘れてた!」
「忘れないでよ!」
「本当にごめんなさい!」
アンリは怒っているというより、まだ恥ずかしさの方が勝っているようだった。
「じゃあ……あの人も知らなかったの?」
「ええ。アンリが入ることは知らなかったわ」
「そう……」
アンリが少し安心したように息を吐いた。
マリンが腕を組む。
「まあ、女好きではあるけど、そういうことをする奴じゃないわ」
「女好きなんですか?」
「かなりね」
「マリンさん、それ、フォローになってませんよ」
サリーが困ったように笑う。
「でも、総一さんなら大丈夫です。そういうことは絶対にしませんから」
アンリは二人の顔を交互に見た。
「総一さんっていうのね」
「そうよ。ちょっと変だけど悪い奴じゃないわ」
「マリンさんがそれを言うんですか?」
「どういう意味よ」
サリーは笑ってごまかした。
◇
しばらくして、全員がエリナバールの家へ戻った。
総一も服を着ている。
改めて女性を見ると、やはりかなりの美人だった。
長い金髪に整った顔立ち。見た目は二十代ほどだろう。
服を着ていても分かるほどスタイルがいい。
「さっきは、その……」
アンリが少し気まずそうに頭を下げる。
「驚いてしまって、ごめんなさい」
「いや、俺も悪かった」
「総一さんは悪くありませんよ。私が伝え忘れたんですから」
エリナバールが申し訳なさそうに言った。
「じゃあ、誰も悪くないってことで」
総一が笑う。
アンリもほっとしたように微笑んだ。
「私はアンリです。バルフの孫です」
「孫?」
総一は思わずバルフを見る。
「何だ、その顔は」
「いや……こんな可愛い孫がいたんだなと思って」
「いて悪いか」
「悪いなんて言ってないだろ。むしろ逆だよ」
総一はもう一度アンリを見る。
アンリは少し困ったように笑っていた。
アンリは二百歳には届かないらしい。
エルフの寿命を考えれば、見た目が若いのも不思議ではなかった。
話してみても穏やかで、柔らかな雰囲気がある。
隣にいるマリンとはずいぶん違う。
「何よ」
マリンが総一を見る。
「何も言ってないだろ」
「顔に出てるのよ」
「怖いな、エルフ」
「エルフでまとめないで」
アンリがくすりと笑った。
その笑顔を見て、総一の目尻がわずかに下がった。
◇
夜も遅くなり、そのまま里で泊まることになった。
ただ、エリナバールの家には全員が眠れるだけの部屋がない。
「それなら、マリンさんとサリーさんは私の家に泊まってください」
アンリが申し出た。
「いいの?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
サリーが頭を下げる。
これで総一、シン、ナバルはエリナバールの家。
マリンとサリーはアンリの家へ泊まることになった。
アンリが一度自宅へ戻ったところで、総一はエリナバールへ近づいた。
「なあ」
「はい?」
「ちょっと聞いていいか?」
「何でしょう?」
総一は声を少し落とす。
「アンリって……彼氏いるの?」
「え?」
「いや、ちょっと気になっただけだ」
エリナバールは一瞬きょとんとしたあと、小さく笑った。
「つい最近、別れたみたいですよ」
「そうなの?」
「ええ」
「そうか」
それだけ言って、総一は離れていった。
しばらくしてアンリが戻ってくる。
「それじゃあ、マリンさん、サリーさん。行きましょうか」
「ええ」
「お世話になります」
三人が家を出ようとした、そのとき。
「ふんふーん♪」
妙に上機嫌な鼻歌が聞こえた。
アンリが振り返る。
総一が楽しそうに寝床の準備を手伝っている。
「……あの人、なんだか楽しそうですね」
「放っておきなさい」
マリンは振り返りもしなかった。
「たぶん、ろくでもない理由だから」
「そうなんですか?」
「だいたいね」
「でも、総一さんが楽しそうなのはいいことですよ」
サリーが微笑む。
「サリーは優しすぎるのよ」
三人が家を出ていく。
総一の鼻歌は、しばらく止まらなかった。
◇
翌朝。
総一たちはレベルスマウンテンへ向かうため、里の入口に集まっていた。
山までは歩いて向かう。
「くれぐれも無理はするな」
バルフが険しい表情で言った。
「今の山で何が起きているのか、我々にも分からん」
「分かってるよ」
総一は軽く手を上げる。
「危なくなったら戻ってくる」
「お前が一番信用ならんのだがな」
「昨日会ったばかりだろ」
「昨日だけで十分分かった」
「ひどいなぁ」
シンが苦笑する。
アンリも見送りに来ていた。
「皆さん、気をつけてくださいね」
「心配すんな。行ってくるよ」
総一がやけにいい笑顔で答える。
マリンが横からじろりと見た。
「何だよ」
「別に」
「じゃあそんな目で見るなよ」
そんなこんなで五人は里を出発した。
◇
森へ入ってしばらくすると、空気が変わった。
レベルスマウンテンは目の前に見える。
総一は歩きながら、ふと頭上へ目を向けた。
太い枝の上に、明るい紫色の影がある。
マナバブーン。
一匹だけだった。
こちらをじっと見ている。
「いますね」
シンも気づいた。
「いるな」
だが、襲ってくる気配はない。
総一たちが進むと、マナバブーンも枝から枝へ移動した。
しばらくすると、別の木にも一匹。
さらにその先には二匹。
「なんか増えてないか?」
ナバルが周囲を見回す。
「確実に増えてるな」
総一が答える。
「襲ってきませんね」
サリーが不思議そうに言った。
「様子を見てるのよ」
マリンが木の上を見ながら答える。
「あいつらは頭がいいの。知らない相手を見つけたから、何者なのか観察してるんでしょうね」
「猿だけあって賢いんだな」
「普通の猿と一緒にしない方がいいわよ。腕力だって人間の十倍くらいあるんだから」
「それはなんか聞いたな」
山へ近づくほど、その数は増えていった。
右にも。
左にも。
頭上にも。
十匹を超えたあたりで、総一は数えるのをやめた。
それでも不思議なほど静かだった。
鳴き声を上げることもない。
ただ木の上から五人を見ている。
「歓迎されてるみたいだな」
「どう見たらそうなるんだ」
ナバルが呆れる。
その直後だった。
ヒュッ!
何かが飛んできた。
総一は反射的に右手を伸ばす。
パシッ。
「……なんだ、これ?」
手の中にあったのは、黒紫色の塊だった。
石のように硬い。
だが、妙な形をしている。
「変な石だな」
「マナバブーンは道具を使うのよ。物を投げるくらい珍しくないわ」
マリンがそう言った直後。
ヒュッ!
今度は別の方向から何かが飛んできた。
マリンも素早く片手を伸ばす。
「ふんっ」
難なく掴んだ。
ぐにゅ。
「……え?」
妙な音がした。
マリンが恐る恐る手を見る。
掴んだ黒紫色の塊が潰れ、指の間からはみ出していた。
しかも一部が飛び散り、頬にまでついている。
「…………」
マリンが固まった。
総一も、シンも、サリーも、ナバルも黙った。
「ウキッ」
頭上から鳴き声がした。
全員が顔を上げる。
一匹のマナバブーンが、太い枝の上にしゃがみ込んでいた。
「何してるんだ、あいつ」
総一が見つめる。
次の瞬間。
マナバブーンの尻から、黒紫色の塊がぽとりと落ちた。
「…………」
総一は木の上を見る。
次に、自分が握っている硬い塊を見る。
そして、マリンの手と頬を見る。
「……それ、ウンコじゃないか?」
マリンの顔が引きつった。
「きゃああああああああっ!!」
大賢者の絶叫が、レベルスマウンテンの麓に響き渡った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
いよいよレベルスマウンテンへ。
総一たちを待ち受けるものは何なのか。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです!
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