第41話 五百年ぶりの帰郷 その二
五百年ぶりに故郷へ戻ってきたマリン。
長すぎる時間を経ての帰郷ですが、どうやら静かには終わりそうにありません。
そして総一にも、思いがけない出来事が……。
今回は最後までぜひお楽しみください!
今回もよろしくお願いします!
「……マリン?」
老人の口からその名前が漏れた。
マリンはしばらく黙ったまま、目の前の老人を見つめていた。
長い白髪。顔には深い皺が刻まれている。
五百年という時間は、さすがのエルフにも変化を与えたらしい。
「……久しぶりね、バルフ」
「本当にマリンなのか」
「見れば分かるでしょ」
バルフは信じられないといった様子でマリンを見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「お前は変わらんな」
「そう? あんたはずいぶん老けたわね」
「五百年経っているからな」
「私は変わってないけど」
「中身もな」
マリンの眉がぴくりと動く。
「どういう意味よ」
「そのままの意味だ」
「会って早々、喧嘩するなよ」
総一が呆れて口を挟んだ。
本当に五百年ぶりなのだろうか。
昨日まで会っていた二人と言われても信じてしまいそうだった。
「エタコーナ!」
人垣の向こうから女性の声が響いた。
一組の男女が慌てて駆けてくる。
女性はエタコーナの姿を見つけると、すぐに抱きしめた。
「どこへ行っていたの! 心配したのよ!」
「母さん……」
「その怪我は?」
「もう大丈夫。あの人たちが助けてくれたんだ」
エタコーナが総一たちを見る。
女性もこちらを向いた。
「息子を助けてくださったんですか?」
「見つけたのは総一さんです。治療したのは私ですけど……」
サリーが控えめに答える。
女性は深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます。私は母のエリナバールです。こちらは夫のコールズです」
「息子が世話になりました」
コールズも頭を下げる。
「無事だったんだから、それでいいよ」
総一は軽く手を上げた。
エリナバールはもう一度礼を言うと、エタコーナの肩を抱いた。
「皆さんもお疲れでしょう。よろしければ、うちで休んでいってください」
「そうさせてもらうか」
「私も行くわ」
マリンが即答する。
総一が横目で見る。
「ずいぶん素直だな」
「バルフの家じゃないもの」
「そこ重要なんだな」
「重要よ」
「私も行くぞ」
バルフが当然のように言った。
マリンの顔が露骨に曇る。
「なんであんたまで来るのよ」
「ひ孫が魔物に襲われたのだ。長である私が話を聞かなくてどうする」
「自分の家で待ってればいいじゃない」
「なぜ私がお前に気を遣わねばならん」
「やっぱり帰ってこなきゃよかった」
「まだ五分も経ってないぞ」
総一の言葉に、シンとサリーが笑いを堪えていた。
「五百年ぶりとは思えないな」
ナバルが二人を見ながら笑う。
「昨日も会ってたみたいだ」
「だろ?」
総一も苦笑した。
◇
エリナバールとコールズの家は、里の奥にある大きな木のそばに建っていた。
木をそのまま利用したような造りで、窓からは柔らかな光が差し込んでいる。
家へ入ると、一行は広い居間へ案内された。
エタコーナも母親に促されて椅子へ腰を下ろす。
ひと息ついたところで、バルフがエタコーナへ目を向けた。
「それで、アネポワールを採りに行った場所で襲われたのか?」
「はい。最初は三匹でした。でも逃げている途中で、木の上にもたくさんいて……」
バルフの表情が険しくなる。
「ついにそこまで下りてきたのか」
その反応を見て、総一が口を開いた。
「やっぱり、あそこにいるのは珍しいのか?」
「珍しいどころではない。ここ最近、山の麓で姿を見たという話は何度かあった。だが、アネポワールの採取場所まで来たという話は初めてだ」
「じゃあ、かなり行動範囲が広がってるってことだな」
「そう考えるべきだろうな」
マリンが腕を組む。
「五百年前とはずいぶん変わったみたいね」
「五百年前と今を一緒にするな」
「それ、俺も昨日言った」
総一が横から口を挟む。
マリンが二人を睨んだ。
「なんでそこで意気投合するのよ」
原因は分からない。
ただ、マナバブーンの行動範囲が明らかに広がっている。
しばらく考えていた総一が、バルフへ尋ねた。
「俺たち、明日レベルスマウンテンへ行くつもりなんだけど、今の山について何か知ってるか?」
「レベルスマウンテンへ?」
バルフが驚いた顔で総一を見る。
「何をしに行く?」
「魔族がレベルストーンを集めてるんだ。発祥の場所なら、何か手がかりがあるかもしれないと思ってな」
「レベルストーンが目的か?」
「いや」
総一は首を振った。
「俺は魔王の手がかりを知りたいだけだよ」
その声から、それまでの軽さが消えた。
薫が攫われてから、手がかりを追ってここまで来た。
レベルストーンそのものに興味があるわけではない。
その先に魔王がいる可能性があるから、山へ行く。
「魔王か……」
バルフが目を細める。
「簡単な山ではないぞ」
「それはマリンから聞いてる」
「ならば止めはせん。ただし、今の山がマリンの知っている頃と同じだとは思わないことだ」
「分かった」
総一は短く答えた。
そのとき、バルフがふと思い出したようにマリンを見た。
「そういえば、アネポワールといえば……」
「何よ?」
「お前が里を出ていったときも、アネポワールが原因だったな」
マリンがきょとんとする。
「……そうだっけ?」
「まさか忘れたのか?」
バルフは呆れたように息を吐いた。
「五百年前、お前が楽しみに取っておいたアネポワールを、私が間違えて食べてしまっただろう」
「…………」
マリンが黙る。
しばらくして、その表情がみるみる変わっていった。
「あっ!」
「思い出したか」
「そうよ! あれ、最後の一個だったのよ!」
「今さら怒るな。五百年前の話だぞ」
「今思い出したんだから仕方ないでしょ!」
総一は二人を交互に見た。
「ちょっと待て。それが喧嘩の原因?」
「そうよ」
「それで里を出た?」
「そうよ!」
「……そのまま五百年?」
「そうよ!!」
総一が少しのけぞった。
聞くたびに声が大きくなっている。
「いや、なんでお前がだんだん怒ってくるんだよ」
「思い出したら腹が立ってきたのよ!」
「五百年前のことで?」
「五百年前でも腹が立つものは腹が立つの!」
総一は額を押さえた。
「エルフってすげえな」
「どういう意味よ!」
シンは笑っていいのか分からない顔をしている。
サリーは口元を押さえ、必死に耐えていた。
ナバルは何度か瞬きをしてから、ぼそりと呟いた。
「俺なら途中で、何で喧嘩したか忘れるな」
「私は忘れてたわよ」
「忘れてたのかよ」
ナバルが思わず笑う。
「それで五百年も帰らなかったのか」
「……そうなるわね」
「そりゃすごいな」
「だから感心するなって」
総一が横から突っ込む。
エリナバールとコールズに至っては、完全に言葉を失っていた。
「おじい様……」
エタコーナが小さく呟く。
「なんだ」
「謝った方がいいと思います」
「……」
「ほら! この子の方が分かってるじゃない!」
「お前も五百年帰ってこなかっただろう!」
「それはあんたが謝らないからでしょ!」
また始まった。
総一はもう止めなかった。
五百年ぶりなのだ。
好きなだけやればいい。
◇
夕食を終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「そうだ」
エリナバールが思い出したように言った。
「皆さん、お風呂はいかがですか?」
「風呂?」
「天然の温泉なんですよ。レベルスマウンテンの近くは、地下から温かいお湯が湧く場所があるんです」
総一の顔が明るくなる。
「温泉まであるのか」
「ええ。庭の奥に大きな露天風呂があります。隣の家と共同で使っているんですけど、今なら空いていると思いますよ」
「最高じゃないか」
言うが早いか、総一は立ち上がった。
「じゃあ、俺先に入ってくる」
「もう行くんですか?」
シンが呆れたように総一を見る。
「当たり前だろ。日本人は温泉に弱いんだよ」
「ニホンジン?」
「まあ気にするな」
シンは首を傾げたが、総一は説明する気もないらしい。
「俺たちもあとで行くからな」
ナバルが笑う。
「じゃあ、先にいただくよ」
「一人で全部使うなよ」
「どんな入り方だよ」
そう言い残すと、総一はさっさと部屋を出ていった。
「……本当に行っちゃいましたね」
サリーが呟く。
「たまに意味の分からないこと言うわよね、あいつ」
マリンは慣れた様子でため息をついた。
◇
「はぁ……生き返るな」
総一は大きく息を吐いた。
岩に囲まれた広い露天風呂。
周囲には木々が立ち並び、その隙間から星空が覗いている。
遠くには夜のレベルスマウンテンが黒い影となってそびえていた。
湯加減もちょうどいい。
「エルフの里、悪くないな」
総一は岩に背中を預け、身体を伸ばした。
静かだった。
聞こえるのは、湯が流れる音と虫の声だけ。
薫を探す旅に出てから、こうして何も考えずに身体を休める時間はほとんどなかった。
ほんの少しくらい、いいだろう。
そう思ったときだった。
ガラッ。
反対側にある扉が開いた。
「ん?」
総一は何気なく振り返った。
そして固まった。
そこに立っていたのは、見知らぬ女性だった。
長い金髪。
整った顔立ち。
総一より少し高い場所にある入口に立ち、何も身につけていない。
豊かな胸元から、細く締まった腰。その中央には小さなおへそが覗いている。
腰から下は、天然温泉から立ち上る白い湯気が絶妙な位置を隠し、その向こうからすらりとした脚が伸びていた。
「……」
総一は声を失った。
女性も動かない。
「……」
目が合った。
一秒。
二秒。
女性の頬が、みるみる赤く染まっていく。
バタン!
勢いよく扉が閉まった。
直後。
「きゃああああああっ!」
静かなエルフの里に、女性の悲鳴が響き渡った。
総一は湯船の中で一人、瞬きをした。
「……俺、何もしてないよな?」
最後までお読みいただきありがとうございます!
マリンが五百年間、故郷へ帰らなかった原因。
まさかのアネポワール一個でした(笑)
しかも本人は理由を忘れていたのに、思い出した途端にまた怒り始めるという……。
五百年経っても、この二人の関係はあまり変わっていないようです。
そして、エタコーナを襲ったマナバブーン。
本来ならレベルスマウンテンにいるはずの彼らが、エルフたちの生活圏まで下りてきています。
明日はいよいよレベルスマウンテンへ。
……なのですが。
その前に温泉を満喫しようとした総一に、まさかの事件発生。
本人いわく、
「俺、何もしてないよな?」
さて、本当に何もしていないで済むのでしょうか(笑)
次回もよろしくお願いします!




