第35話 待つ男、動く者
ベルガが戻るまで、ビジュールで待つことになった総一たち。
ひとまず大きな戦いを終えた総一は、レベルストーンを譲ってくれたモネのもとへ向かいます。
一方、総一たちが去った山中の拠点では、ジャネストが次の行動を開始していました。
それぞれの時間が動き始めます。
今回もよろしくお願いします!
山を下りる頃には、空が少しずつ茜色に染まり始めていた。
総一たちは馬車へ戻り、そのままビジュールへ向かった。
御者台では、いつものようにナバルが手綱を握っている。その隣で総一は背もたれに身体を預け、流れていく景色をぼんやり眺めていた。
「ベルガって奴が戻れば、少しは前に進めそうだな」
荷台からシンの声が返ってくる。
「本当に知らせてくれるでしょうか」
「約束したからな」
「魔王軍ですよ?」
「ジャネスト、意外と話の分かる奴だったぞ」
向かいに座っていたマリンが呆れたように眉を上げた。
「あなたを殺そうとした直後だけどね」
「……そういやそうだったな」
「忘れるの早すぎない?」
サリーが小さく笑った。
「でも、ベルガという人が薫さんのことを知っているといいですね」
「そのために待つんだ。何もなけりゃ、また次を探せばいい」
総一はそう言って、遠くに見え始めたビジュールの白い城壁へ目を向けた。
焦っても薫の居場所が見つかるわけではない。
ようやく掴んだ糸なら、今は切らずに待つしかなかった。
翌日。
昼を少し過ぎた頃、総一は一人で宝石商が集まる通りを歩いていた。
目的はモネへの報告だった。
あの透明な石が本物のレベルストーンだったこと。そして、そのおかげで山の結界を破れたことくらいは伝えておきたかった。
何より。
「助けてもらった礼も、ちゃんと言ってなかったしな」
そう呟いてから、総一は首を傾げた。
「……いや、助けたのは俺か」
自分で言っておいて、少しだけ違う気がした。
結局モネは、いつもの店にいた。
店の奥で透明な石を光へかざし、角度を変えながらじっくりと眺めている。
「仕事中か?」
声をかけると、モネが顔を上げた。
「あら。生きてたのね」
「第一声がそれ?」
「魔王軍の拠点に乗り込むって言ってた人に、他に何て言えばいいのよ」
総一は苦笑しながら近くの椅子へ腰を下ろした。
「そういえば石、本物だったぞ」
モネの手が止まる。
「そう」
「おかげで結界を壊せた。その向こうに、でかい砦みたいなのがあった」
「……ちょっと待って」
「ん?」
「今、さらっと言ったけど、それかなり大変な話よね?」
「そうか?」
「そうよ」
モネは小さく息を吐くと、持っていた石を布の上へ戻した。
「それで?」
「砦にいた奴と話してきた。ベルガっていう四天王の部隊らしい」
「四天王……」
さすがのモネも表情を変えた。
だが総一は、そこから先を妙に軽い調子で続ける。
「ベルガ本人はいなかったけどな。戻ってきたら知らせてもらうことになった」
「魔王軍に?」
「そう」
「あなた、本当に変なところで人を信用するわね」
「信用っていうか、今は待つしかないからな」
モネはしばらく総一を見つめた。
こういうところなのだろうと思う。
無茶をするくせに、妙なところでは楽観的で、危険な場所へ平気で飛び込む。
それなのに。
あの夜のことを思い出す。
自分の首元に刃が当てられていたとき、総一は迷わなかった。
恐れる様子もなく、一瞬で自分を助け出した。
あのときの腕の感触まで、まだ妙に残っている。
「そういえば」
総一がモネの顔を覗き込んだ。
「家、直ったか?」
「まだ。扉が完全には直ってないわ」
「俺がもう少し早く着いてればな」
「そうね。誰かさんがもう少し早ければ、壊されずに済んだかも」
「助けた人間に言う?」
「助けてもらったから、この程度で済ませてるの」
モネはそう言いながら、口元を少し緩めた。
総一も笑う。
「まあ、モネに傷がなくてよかったよ」
「……」
「美人の顔に傷でも残ったら、ビジュール全体の損失だからな」
「本当にあなたって……」
「なんだよ?」
「何でもないわ」
以前なら、また始まったと思って聞き流していただろう。
今は少し違う。
格好をつけたかと思えば、次の瞬間には全部台無しにする。
そんな馬鹿な言葉まで、不思議と嫌ではなかった。
むしろ困る。
総一の顔を見ると、少しだけ安心してしまう自分がいる。
「そういや腹減ったな」
「……今?」
「朝から何にもに食ってない」
「私、今ちょっと大事なこと考えてたんだけど」
「考えながら食えばいいだろ」
モネは一瞬黙り、それから吹き出した。
「あなたねえ……」
「何か美味い店知らない?」
「仕方ないわね。案内してあげる」
「さすがモネ。美人で優しい」
「はいはい」
軽く流したつもりだった。
それでも、その言葉が以前より少しだけ胸に残った。
◇
その頃。
山中の拠点では、まるで別の時間が流れていた。
「田端総一は?」
浮かぶ椅子に座ったまま、ジャネストが尋ねる。
キャナルは手元の報告書から顔を上げた。
「現在もビジュールにいます」
「何をしている?」
「モネという女性と食事を」
「……女と?」
「はい」
ジャネストは静かに頷いた。
(よし)
(その女とできるだけ長く食事していてくれ)
もちろん顔には出さない。
「撤収準備を急がせろ」
「すでに重要資料の搬出を始めています」
「魔道具と資金は?」
「今夜中には」
「レベルストーン関連の記録は?」
「最優先で処理中です」
ジャネストは壊れた外壁へ目を向けた。
総一たちが結界を破り、この場所へ侵入した時点で、拠点としての役割はほとんど終わっている。
問題は、自分の判断だけで捨てることができないということだった。
「ベルガ様への連絡は?」
「先ほど返答が届きました」
キャナルが一枚の紙を差し出す。
ジャネストは内容へ目を通した。
短い文だった。
拠点放棄を許可する。
それだけ。
だが、それで十分だった。
「よし」
ジャネストの目つきが変わる。
「二日以内に撤収する」
「三日ではなく?」
「二日だ」
「承知しました」
キャナルはすぐに踵を返しかける。
「待て」
「はい」
「一日でできるか?」
キャナルが少しだけ考えた。
「可能です」
「……できるのか」
「諜報部隊を甘く見ないでください」
ジャネストは僅かに目を細めた。
(頼もしい)
(今だけはものすごく頼もしい)
「なら一日だ」
砦の中で一斉に人が動き始めた。
荷物が運び出され、資料が処分され、地下に保管されていた物資も次々と姿を消していく。
この場所に何があったのか。
何をしていたのか。
残せる痕跡は、できる限り消す。
「田端総一への連絡はどうしますか?」
キャナルが尋ねた。
「まだ必要ない」
「ベルガ様がお戻りになれば知らせる、でしたね」
「約束は守る」
ジャネストは静かに答えた。
嘘はついていない。
ベルガ様が戻れば知らせる。
ただし。
ジャネストは、騒がしく動き始めた拠点を見渡した。
(その頃には、我々はここにはいないがな)
ビジュールで総一がモネと笑っている頃。
山の奥では、魔王軍の拠点が音もなく消え始めていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は久しぶりにモネとの時間。
最初に出会った頃とは少し違い、モネの中でも総一の存在が変わり始めているようです。
そんなことをまったく気にせず「腹減った」と言い出すのが総一ですが(笑)。
そして、その頃のジャネスト。
総一との約束は守る。
でも、拠点を残しておくとは言っていない。
ベルガから許可も下り、まさかの一日撤収が始まりました。
果たして総一がこの事実を知ったとき、どんな反応をするのでしょうか。
次回もよろしくお願いします!




