第30話 あと一つ
強力な結界を突破するために必要なのは、あと一つのレベルストーン。
総一たちはいったん山を離れ、ビジュールへ戻ることにします。
しかし、半年探し続けたマリンでさえ二つしか見つけられなかった希少な石。
最後の一つは見つかるのでしょうか。
今回もよろしくお願いします!
結界の場所を離れ、総一たちは来た道を引き返していた。
山の向こうへ傾き始めた陽が、木々の隙間から赤みを帯びた光を落としている。行きに追った痕跡を辿る必要がないぶん帰りの足取りは早かったが、それでも馬車を置いた街道まではそれなりの距離があった。
「ちょっと待って」
途中でマリンが足を止めた。
「どうした?」
「このまま街に戻れるわけないでしょ」
マリンは自分の長い耳を指先で軽く弾いた。
「エルフがビジュールを歩いてたら目立つもの」
「別にいいんじゃないか?」
「よくない」
「俺はそのままの方が好きだけどな」
「あなたの好みは聞いてない」
マリンが片手を胸元まで上げると、淡い光が全身を包んだ。輪郭が水面のように揺らぎ、長い耳が人間と変わらない形へ縮んでいく。髪の色も顔立ちも少しずつ変わり、光が消えたときには、見覚えのない人間の女が立っていた。
総一は顎に手を当て、じっと眺める。
「……結局、美人なんだよな」
「何か問題でもある?」
「いや。便利な魔法だなと思って」
「今、絶対それだけじゃなかったでしょ」
マリンは相手にせず歩き始めた。
やがて街道脇に残していた馬車へ戻ると、ナバルが当然のように御者台へ上がった。
「帰りも俺がやる」
「頼んだ。俺は疲れた」
「お前、ほとんど疲れることしてないだろ」
「今日は頭を使ったんだよ」
「便利な頭だな」
ナバルが手綱を握り、馬車がゆっくりと走り出す。
ビジュールの城壁が見えてきた頃には、すでに日は落ちていた。
門をくぐると、昼間とは違う賑わいが街を包んでいる。宝石店の明かりが石畳を照らし、飲食店からは肉を焼く香ばしい匂いが漂ってきた。
「さて、あと一個か」
総一が通りに並ぶ宝石店へ目を向ける。
「また透明な石を探すんですよね」
シンの言葉に、マリンが小さく息を吐いた。
「簡単に見つかれば、私は半年もかかってないけどね」
「とりあえずモネに聞いてみるか」
「モネさんに?」
「宝石のことなら、俺たちで探し回るより詳しいだろ」
言い終わったところで、総一の腹が鳴った。
隣にいたサリーが口元を押さえる。
「……その前に飯だな」
「今までレベルストーンの話をしてたじゃないですか」
「だから両方済ませる」
総一は少し考えてから、通りの先へ目を向けた。
「この時間なら、あの店にいるかもしれない」
「分かるんですか?」
「最初にモネと会った店だよ。あのときも夜だっただろ」
シンも思い出したらしく、納得したように頷いた。
「仕事が終わってよく寄る店なら、今日もいるかもしれない」
マリンが横から総一を見る。
「それだけ?」
「美人がいた場所は忘れない」
「最後の一言で全部台無しね」
総一は気にせず歩き出した。
最初にビジュールへ来た夜、偶然モネと出会った飲食店はそれほど遠くない。
扉を開けると、温かな空気と料理の匂いが流れてきた。仕事帰りらしい客たちの話し声が重なり、奥から食器の触れ合う音が聞こえる。
総一が店内を見回す。
「……いた」
奥の席で一人、食事をしている女がいた。
モネだった。
「本当にいるんですね」
「言っただろ」
「半分くらい願望だと思ってました」
「失礼な勇者だな」
総一たちに気づいたモネが顔を上げた。その視線が総一からシン、サリー、ナバルへ移り、最後に見知らぬ女で止まる。
「ずいぶん大人数ね。そちらは?」
「マリンだ」
モネが目を瞬かせた。
「マリンって……前に話してた?」
「そう。そのマリン」
「初めまして」
マリンが軽く手を上げる。
モネは少し意外そうにマリンを見たあと、総一へ視線を戻した。
「それで? わざわざ私を探してたってことは、何か分かったの?」
総一たちも席につき、料理を注文する。
待っている間に、総一は山で見つけたものを話した。
人の出入りした痕跡。その先に隠されていた拠点らしき場所。そしてマリンの魔法でも破れなかった強力な結界。
「そんなものが、この近くに……」
モネの表情から笑みが消えた。
「入る方法はあるの?」
「そのために、もう一個必要なんだ」
「何が?」
「レベルストーン」
聞き慣れない言葉に、モネが眉を寄せる。
説明を引き継いだのはマリンだった。
「見た目は透明な宝石とほとんど変わらないわ。普通に鑑定しただけじゃ、まず見分けられない」
「宝石じゃないの?」
「少なくとも普通の石ではないわね。大量の魔力を一点に集めて、石の中心へ正確に流し込むと反応するの」
宝石を扱う人間らしく、モネは興味深そうに聞いていた。
「透明度や傷じゃ判別できないの?」
「無理ね」
「……そう」
モネが考え込む。
料理が運ばれてきても、すぐには手をつけなかった。
「どうした?」
総一が尋ねると、モネはゆっくり顔を上げた。
「そういえば一つ気になる石があるわ」
マリンの視線が鋭くなる。
「どんな石なんだ?」
「昔、買い付けた透明な石よ。かなり綺麗だったんだけど、どうしても普通の宝石と同じように扱う気になれなくて」
「売れなかったのか?」
「逆よ」
モネは総一を見る。
「売ろうと思えば売れたわ。でも、自分でもよく分からないものを、分かったふりして売るのは嫌だったの」
「バイヤーの意地か」
「信用で仕事してるのよ」
モネはそう言って、ようやく料理へ手を伸ばした。
「その石、今どこにある?」
「自宅」
「じゃあこれから見に行こう」
「今から?」
「近いなら」
「嫌よ」
即答だった。
「家には保管部屋があるの。仕事で扱うものとは別に、昔から趣味で集めた宝石や珍しい鉱石を置いてるから、探すだけでも時間がかかるわ」
「そんなにあるのか?」
「あなたが綺麗な女性を覚えてるくらいには、私も綺麗な石を集めてるの」
「そりゃ相当だな」
「どういう意味よ」
モネは呆れながらも、少し笑った。
「帰ったら探してみる。見つかったら明日持ってくるわ」
「頼む」
食事を終えたモネは、一足先に席を立った。
「じゃあ、また明日」
軽く手を振り、店を出ていく。
総一はその背中を見送った。
しばらくして、注文していた料理がほとんどなくなった頃だった。
酒を飲んでいたナバルの向かいで、総一の手が止まった。
頭に浮かんだのは、山で自分たちを監視していた男だった。
あの連中はこちらの動きを探っている。
ビジュールでも以前から透明な石を買い集めていた。
そしてモネは、自分たちと一緒にその流れを調べている。
「……まずいな」
総一が立ち上がった。
「どうしました?」
サリーが驚いて見上げる。
「モネを一人で帰しちまった」
シンの表情も変わった。
「狙われるかもしれないってことですか?」
「分からない。けど、確かめた方がいいな」
店を出ると、夜の冷えた空気が頬を撫でた。
モネが出てから少し時間が経っている。
総一は店の前に立ち、石畳へ視線を落とした。
《追跡 Lv1》
山とは違う。
人通りの多い街では、無数の靴跡が重なっている。硬い石畳には形のはっきりした足跡など残っていない。
それでも、総一の目には気になるものがあった。
道の端に散った土。靴底から落ちたわずかな泥。水を踏んだ跡。
そしてモネが履いていた靴は覚えている。
「……こっちだな」
総一が歩き始める。
大通りから細い道へ入り、さらに二つ目の角を曲がったところで足が止まった。
モネのものと思われる痕跡の近くに、別の靴跡がある。
それだけなら何でもない。
だが次の路地にもあった。
さらにその先にも。
一定の距離を保つように、同じ痕跡が続いている。
「……やっぱりか」
「何か分かったんですか?」
追いついたシンに、総一は路地の先を見たまま答えた。
「モネだけじゃない」
「え?」
「誰かが、あいつを追ってる」
総一の声から、いつもの軽さが消えた。
「シン。マリンたちを連れて後から来い」
「総一さんは?」
「先に行く」
「でも、モネさんの家がどこか分からないんですよね?」
総一は地面に残されたわずかな痕跡へ目を落とした。
「だから追うんだよ」
次の瞬間、総一は夜のビジュールを駆け出した。
最後までお読みいただきありがとうございます!
あと一つ必要になったレベルストーン。
そんな中、宝石を扱ってきたモネから思わぬ情報が飛び出しました。
果たして彼女が保管している石は、本当にレベルストーンなのか。
しかし、その確認をする前に総一が気づいた新たな異変。
どうやら敵も、総一たちの動きを黙って見ているつもりはないようです。
モネを追う何者かを追って、総一は夜のビジュールを駆けます。
次回もよろしくお願いします!




