第29話 追う者、追われる者
新しく手に入れた《追跡》スキル。
使い方もよく分からないまま、総一たちは山の調査を始めます。
これまで集めてきた情報が正しければ、この山のどこかに何かがあるはず。
果たして総一たちは、目的の場所まで辿り着けるのでしょうか。
今回もよろしくお願いします!
マリンの家を出ると、山の空気はひんやりとしていた。
木々の隙間から差し込む朝の光が、湿った地面に細長い影を落としている。昨日あれだけの魔物が押し寄せてきたとは思えないほど、森は静かだった。
先頭を歩いていた総一は、何度かギルドカードへ目を落とした。
《追跡 Lv1》
「で、これどうやって使うんだ?」
「私に聞かないでよ」
隣を歩くマリンが呆れたように返した。
「新しく覚えたんだから、説明書くらいつけてくれてもいいだろ」
「普通はなんとなく分かるものじゃないんですか?」
シンが言うと、総一は不満そうにカードをしまった。
「不親切な世界だな」
「総一さんが確認してなかっただけじゃ……」
サリーの小さな呟きは聞かなかったことにして、総一は地面へ目を向けた。
昨日までと景色が変わったわけではない。
だが、妙に気になるものが増えている。
柔らかな土についた浅い窪み。踏まれて倒れた草。木の幹に残った擦り傷。
総一はしゃがみ込み、土へ指を触れた。
「足跡が見えるとか、そういう便利なもんじゃないみたいだな」
「何か分かるんですか?」
「気になる場所が増えた」
シンにはよく分からないらしく、首を傾げている。
総一は立ち上がると、少し先に残っている草の乱れを追った。
山の奥へ進むにつれ、獣道は次第に細くなっていく。
その途中でナバルが足を止めた。
「待て」
総一が振り返る。
「どうした?」
ナバルは右側の斜面を見上げ、今度は左側へ視線を移した。左は木々の向こうが深く落ち込んでいる。
「ここから先は気をつけろ」
「何かいるのか?」
「地形だ。道が狭い。右は急斜面、左は谷になってる。大人数じゃまともに動けん」
シンも周囲を見回した。
「確かに、ここで襲われたら戦いにくいですね」
「俺が拠点を守る側なら、こういう場所を通らせる」
ナバルは腰の剣へ手を添えた。
「襲うのが楽だからな」
「さすが騎士様」
「茶化すな」
総一は笑ったが、その目はすでに周囲を探っていた。
風で枝葉が揺れる音。鳥の鳴き声。遠くを流れる水の音。
その中に妙なものが混じっている。
総一は再び歩き始めた。
しばらく進んだところで、急に立ち止まる。
「……増えてるな」
「何がです?」
サリーが後ろから覗き込む。
「足跡」
総一たちのものではない。
比較的新しい靴跡が、少し離れた場所からついてきている。
一定の距離を保ち、こちらと同じ方向へ進んでいた。
総一は何気なく首筋を掻きながら、木々の奥へ目を向けた。
「俺たち、つけられてる」
シンの表情が引き締まる。
「捕まえますか?」
「いや。お前らはそのまま歩いててくれ」
「総一さんは?」
「ちょっと散歩してくる」
総一の姿が木々の間へ消えた。
《気配遮断》
足音だけではない。人がそこにいると感じさせるものまで薄れていく。
残されたマリンが眉を寄せた。
「……変な能力」
「本人は気に入ってるみたいです」
「覗きに使いそう」
「否定できませんね……」
シンの声が少し遠くなった頃、木の陰に潜んでいた男が顔を上げた。
粗末な旅装をした三十代ほどの男。
その視線は遠ざかっていくシンたちへ向けられている。
男は人数を確認するように目を細めた。
その背後から声がした。
「誰を見張ってるんだ?」
「っ!」
男が振り返る。
すぐ後ろに総一が立っていた。
男は一瞬だけ目を見開くと、問いには答えず地面を蹴った。
「速いな」
男は斜面を駆け上がり、そのまま木々の奥へ消えていく。
追いついてきたシンが剣へ手をかけた。
「追います!」
「待て」
総一が止める。
「でも逃げられますよ」
「逃がすんだよ」
総一は男が消えた方向を見つめた。
「帰る場所があるなら、そこまで案内してもらえばいい」
「なるほど……」
そのときナバルが口を挟んだ。
「総一」
「ん?」
「そいつが素直に帰るとは限らんぞ」
総一が振り向く。
「追われてると気づいたなら、俺なら別の場所へ連れていく」
「罠ってことか」
「騎士を何年やってると思ってる」
「そいつは確かにな」
総一は逃げた男の跡を追い始めた。
新しい足跡は分かりやすい。
だが、しばらく追ったところで総一は再び立ち止まった。
足跡は東へ続いている。
総一はそちらへ行かず、少し離れた地面を調べ始めた。
「どうしました?」
「ナバルの言った通りだ」
総一が指差した先には、古い車輪の跡が薄く残っていた。
さらにその周囲には、何度も人が歩いた痕跡がある。
男が逃げた東側には、それがない。
「こっちは荷物を何度も運んでる。あいつの足跡は新しいのしかない」
ナバルが鼻を鳴らした。
「囮か」
「みたいだな」
総一は西へ続く古い痕跡へ目を向けた。
「本命はこっちだ」
そこからさらに山奥へ入った。
やがて馬車の跡も消え、荷物を人の手で運んだらしい痕跡だけが残る。
そして、それさえ突然途切れた。
目の前にあるのは木々と岩肌だけだった。
「ここだな」
総一が呟く。
「何もないわよ?」
マリンが前へ出る。
「だから怪しいんだよ。何人もここまで来てるのに、戻った跡がほとんどない」
マリンの表情が変わった。
片手を前へ伸ばし、ゆっくりと魔力を広げていく。
空気が微かに震えた。
次の瞬間、何もなかった空間に淡い光の膜が浮かび上がる。
「結界……」
マリンはさらに魔力を高めた。
髪がふわりと浮かび、周囲の落ち葉が震え始める。
シンたちは思わず数歩下がった。
昨日、あれだけの魔物を一瞬で焼き払った魔力だ。
だが。
結界には波紋が広がっただけだった。
マリンの表情から余裕が消える。
さらに魔力を注ぎ込む。
ビリビリと空気が震え、木々の葉が激しく揺れた。
それでも結界は破れない。
やがてマリンは手を下ろした。
「……無理ね」
シンが驚いて結界を見る。
「マリンさんでも?」
「今の私じゃ突破できない」
マリンは淡く光る膜を見つめたまま、目を細めた。
「これを張った奴、相当な魔法の使い手だわ」
総一は結界へ近づいた。
「壊す方法は?」
「ある」
マリンが振り返る。
「レベルストーンよ」
総一は自分が持つ一個と、マリンが持つ二個を思い出した。
「三つじゃ足りないのか?」
「この結界を力ずくで破るなら、もう一つ欲しい」
「あと一個か」
「四つあれば、私の魔法を一気に増幅できる。たぶん突破できるわ」
「結界だけ壊してくれよ。山ごと消すなよ」
「努力するわ」
「そこは言い切ってくれ」
サリーが小さく笑い、シンは困ったように山を見上げた。
総一はもう一度、目の前の結界を見る。
ようやく敵の居場所まで辿り着いた。
だが、目の前には、あれほどの魔法を操るマリンでさえ破れない壁がある。
総一は踵を返した。
「戻るぞ」
「ビジュールへですか?」
「探し物が一個増えた」
森の向こうには、宝石の街ビジュールがある。
必要なのは、あと一つ。
総一たちはまだ知らない。
探しているその石が、思いもよらないほど近くにあることを。
最後までお読みいただきありがとうございます!
《追跡》と探偵時代の経験、そしてナバルの騎士としての勘。
それぞれを頼りに、ついに怪しい場所まで辿り着いた総一たち。
しかし、そこにはマリンの魔力でも破れない強力な結界が張られていました。
突破するために必要なのは、あと一つのレベルストーン。
最後に少しだけ気になる一文を残しましたが、その石はいったいどこにあるのか。
次回もよろしくお願いします!




