第3話 冒険者ギルド
第3話です。
総一と薫は、異世界で初めて人々が暮らす町「ライラック」へたどり着きます。
冒険者ギルドでの登録、そして二人を待ち受ける思いもよらない出来事とは……。
それでは、お楽しみください。
森を抜けた先に広がっていたのは、高い石壁に囲まれた町だった。
壁の上には槍を持った兵士が立ち、開かれた門からは荷馬車や旅人が絶えず出入りしている。その向こうには赤や茶色の屋根が幾重にも重なり、町の中央には時計塔らしき細長い建物が見えた。
総一は門へ続く道を歩きながら、物珍しそうに町を眺める。
「映画の撮影じゃなさそうだな」
「巨大な熊を殴り飛ばした後で、まだ疑ってたの?」
「大掛かりなドッキリって可能性も捨てきれない」
「誰が私たちを殺してまで仕掛けるのよ」
「……そこなんだよな」
総一の足がわずかに緩んだ。
元いた世界で撃たれたことは間違いない。意識を失う直前に見た血も、身体から急速に熱が失われていく感覚も、妙にはっきり覚えている。
それなのに今は、傷一つない身体で見知らぬ町を目指して歩いている。
「考えても分からんな」
「今ある情報だけじゃ無理ね」
「だったら後回し。まずは飯と寝床だ」
「切り替えが早いわね」
「腹が減ってちゃ推理もできないだろ?」
薫が呆れたように総一を見るうち、二人は町の門へ辿り着いた。
「止まれ」
門を守る兵士が槍を横にして、二人の前へ立った。
「見ない顔だな。どこから来た?」
「遠いところからです」
「どこの国だ?」
「かなり遠いところです」
総一が曖昧に答えるたび、兵士の眉間の皺が深くなっていく。
このままでは怪しまれる一方だと察した薫が、横から口を挟んだ。
「旅の途中で荷物を失ってしまったんです。道にも迷って、ようやくこの町を見つけました」
「盗賊に襲われたのか?」
「似たようなものです」
殺し屋を盗賊と呼んでいいものかは分からないが、異世界から来ましたと説明するよりはずっとましだろう。
兵士は二人の服装を上から下まで確認した。
荷物はなく、武器らしいものも見当たらない。やがて二人の前を塞いでいた槍が少し下がった。
「ここはライラックだ。身分を証明するものは?」
「ありません」
「金は?」
「それもありません」
総一が堂々と答えると、兵士は額に手を当てた。
「胸を張って言うことじゃないぞ」
「隠しても増えないので」
「……仕事を探すなら冒険者ギルドへ行け。旅人の登録も受け付けている。大通りを真っすぐ進めば分かる」
「助かります」
二人が門を抜けようとしたところで、兵士が思い出したように声を掛けてきた。
「待て。お前たち、森を通ってきたのか?」
「ええ」
「黒くて巨大な熊を見なかったか?」
総一と薫の視線が重なる。
「黒くて大きな熊なら……」
総一が口を開いたところで、腕に痛みが走った。
薫につねられている。
「見ましたけど、遠くからだったので」
「そうか。ダークデッドベアという危険な魔物だ。討伐隊が向かっているが、しばらく森には戻らない方がいい」
「そうします」
門から十分に離れたところで、総一はつねられた腕をさすった。
「痛いって。なんで止めるんだよ」
「大騒ぎになるかもしれないでしょ」
「正直に話した方が早くないか?」
「大きな熊を素手で殴ったら何十メートルも吹き飛びました、って?」
総一は少し考えた。
「変な奴だと思われるな」
「もう十分変だけどね」
「薫ちゃん、最近ちょっと俺に厳しくない?」
「十五年以上前から厳しいわよ」
「年季入ってるなぁ」
二人は並んで石畳の大通りを歩いていく。
総一は町の様子を眺めながら、行き交う人々にも目を向けていた。
腰に剣を下げた男。尖った耳を持つ女性。人間の半分ほどしか背丈がないのに、立派な髭を蓄えた老人までいる。
映画の撮影という線は、さすがに消してよさそうだった。
それより総一が気になったのは、武装した者が妙に多いことだ。門の兵士も森の熊を警戒していた。この町では、魔物とやらが日常的な脅威なのかもしれない。
そんなことを考えていると、どこからか肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
ぐぅ、と総一の腹が鳴る。
「腹減ったな」
「お金は?」
「ない」
「さっき確認したばかりよ」
「美人の店員さんに頼めば、一食くらいなんとか」
「その顔で近づいたら通報されるわよ」
「世知辛い異世界だな」
薫はため息をつきながらも、口元には少し笑みが浮かんでいた。
二人が教えられた冒険者ギルドは、町の中央近くにあった。
二階建ての大きな建物で、入口の上には剣と盾を組み合わせた看板が掲げられている。
扉を開けると、酒と汗、それに革の匂いが混ざった空気が押し寄せてきた。
壁際の掲示板には何枚もの紙が貼られ、武器を持った者たちが依頼を選んでいる。奥には受付がいくつも並んでいた。
総一は室内を見回したあと、一つの受付へ向かう。
そこに座っていたのは若い女性だった。
「そうちゃん」
「何?」
「今、受付を選んだでしょ」
「空いてたからだよ」
「隣も空いてるわよ」
「偶然だ」
「鼻の下が伸びてる」
「気のせいです」
受付嬢が二人を見て、にこやかに応対する。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者登録をお願いします」
「お二人ともですね。登録料は必要ありませんが、最初は最下級のFランクからとなります」
受付嬢はカウンターの下から、掌ほどの透明な板を二枚取り出した。
「こちらがギルドカードです。手を置くと登録者の能力が記録されます。本人以外では、許可されたギルド職員だけが詳しい内容を確認できます」
「便利だな。俺たちの世界にも欲しかった」
薫が横目で総一を見る。
「探偵の経歴まで全部出たら困るんじゃない?」
「薫ちゃん。俺には人に見られて困るような過去なんて」
「女性関係」
「そんな欄はないだろ」
先に薫がカードへ手を置いた。
透明な板の内側を淡い光が走り、やがて文字が浮かび上がる。
受付嬢は表示された内容を確認すると、少しだけ目を見開いた。
「魔力がかなり高いですね。固有技能については未確認ですが」
「魔力……」
薫はカードから手を離し、自分の掌を見つめた。
「魔法を使った経験はありませんか?」
「ありません」
「でしたら、使い方を学べば適性も分かってくると思います。登録自体は問題ありません」
「次は俺だな」
総一がカードへ手を置く。
透明な板が淡く光った。
ところが文字が現れかけたところで、光が不規則に明滅する。
やがて中央に、赤い文字が浮かび上がった。
ERROR
「……エラー?」
総一が首を傾げる。
受付嬢はカードを持ち上げ、裏返して確認した。
「申し訳ありません。カードの不具合かもしれません」
「俺、こういう機械によく嫌われるんですよ」
「機械ではなく魔道具です」
「魔道具にも嫌われたか」
受付嬢は困惑しながら新しいカードを取り出した。
総一がもう一度手を置く。
淡い光。
そして、
ERROR
「また?」
薫が覗き込む。
「もう一枚試してみます」
三枚目。
結果は変わらなかった。
ERROR
受付嬢の表情から、とうとう営業用の笑顔が消えた。
「おかしいですね……」
「登録できないんですか?」
「お名前と出身地を手作業で記録すれば、仮登録はできます。能力測定についてはこちらで原因を調べますので」
しばらくして総一のカードには、名前とFランクだけが刻まれた。
「魔力も分からないんですか?」
「最初に一瞬だけ、ゼロと表示されたように見えました。ただ、それ以外はすべてエラーです」
「魔法は使えないってことか」
薫が少し楽しそうに総一を見る。
「残念だったわね、そうちゃん」
「別にいいさ。熊は殴れる」
受付嬢がきょとんとした。
薫の肘がすぐさま総一の脇腹へ入る。
「何でもありません」
「痛いって……」
そのときだった。
バンッ!
ギルドの扉が勢いよく開いた。
剣を背負った若い青年と、白い神官服の女性が入ってくる。その後ろには数人の冒険者とギルド職員が続いていた。
「勇者シンが戻ったぞ!」
広間の視線が一斉に入口へ集まる。
総一は周囲を見回した。
さっきまで酒を飲んでいた男まで立ち上がっている。どうやら、あの若い青年はこの町では相当な有名人らしい。
シンは受付の前まで進むと、集まった者たちへ向けて口を開いた。
「ダークデッドベアは、すでに討伐されていました」
広間の空気がざわつく。
「討伐されていた?」
「はい。何者かに、たった一撃で」
今度はどよめきが起こった。
「一撃だと?」
「Aランクの魔物だぞ」
「誰がやったんだ?」
総一は隣にいる薫へ顔を寄せる。
「やっぱり、あの熊らしいぞ」
「静かにして」
白い神官服の女性が、シンの隣から説明を続けた。
「武器や魔法を使った痕跡はありませんでした。鼻のあたりを、とても強い力で殴られたようです」
総一は何食わぬ顔で視線を逸らした。
今度は薫が顔を寄せてくる。
「完全にそうちゃんね」
「世の中には似たような熊もいる」
「殴られ方まで似るの?」
「不思議なこともあるもんだ」
シンが広間を見回す。
その視線が総一と薫の上を通り過ぎたが、そこで止まることはなかった。
当然だ。
今日この町へ来たばかりの、Fランク冒険者二人。
その片方がAランクの魔物を素手の一撃で吹き飛ばしたなど、誰が想像するだろう。
総一は何事もなかったように受付嬢へ向き直った。
「ところで、今日泊まれる宿ってあります?」
「料金はお持ちですか?」
「ありません」
受付嬢が一瞬黙った。
「……では、明日まで支払いを待ってくれるギルド提携の宿をご案内します。ただし、明日中に依頼を達成して料金をお支払いください」
「助かります」
ようやく寝床が決まり、総一と薫はギルドを後にした。
二人の姿が扉の向こうへ消れてから、受付嬢はカウンターに残された三枚のカードへ視線を落とす。
試しに一枚へ自分の手を置いた。
淡い光とともに、正常に文字が表示される。
「壊れてない……」
二枚目も、三枚目も同じだった。
エラーが出たのは、田端総一が触れたときだけ。
受付嬢は三枚のカードをまとめて手に取った。
「ギルドマスターに報告しないと……」
◇
宿へ向かう石畳の道を、総一と薫は並んで歩いていた。
「明日はどの依頼にする?」
「まずは安全な仕事ね」
「美人の護衛とか?」
「薬草採取にしましょう」
「俺の希望は?」
「却下」
「聞くだけ聞いてくれてもいいだろ」
「聞いた結果、却下したの」
総一は肩を落とした。
異世界へ来ても、薫との力関係だけは何一つ変わっていないらしい。
もっとも、それが少しだけ心地よくもあった。
「じゃあ、明日は薬草採取か」
「そういうこと。まずは宿代を稼がないとね」
「よし。さっさと稼いで、うまいものでも食おう」
「目的が変わってるわよ」
二人の声が、夕暮れのライラックの雑踏へ紛れていった。
第3話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回はライラックの町と冒険者ギルドが登場し、異世界での生活がいよいよ始まりました。
一方で、総一の能力には早くも普通ではない謎が見え始めています。
次回は初めての冒険者依頼へ。総一と薫らしい掛け合いを交えながら、物語も少しずつ動き出します。
「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると、とても励みになります!
次回もよろしくお願いいたします!




