第23話 もう一人いる
南採掘場へ向かう総一たち。
目的はもちろん、突然現れたという「水のように透き通った石」です。
薫につながる手掛かりとなるのか。
それとも、そこで待っているのは別の何かなのか。
総一たちは南採掘場へ向かいます。
今回もよろしくお願いします!
南採掘場へ向かう馬車は、朝から乾いた街道を走っていた。
空はよく晴れ、前方にはなだらかな丘陵が続いている。その向こうに見える山肌には、ところどころ岩がむき出しになっていた。
御者台ではナバルが手綱を握り、荷台には総一、シン、サリー、モネが乗っている。
「本当にレベルストーンだといいですね」
シンは期待を隠さなかった。
「もし見つかれば、薫さんを助けるための大きな一歩になります」
「そうだな」
総一は窓の外を眺めたまま答えた。
その横顔を、モネがじっと見る。
「なんだか嬉しそうじゃないわね」
「嬉しいさ。今すぐ踊りたいくらいだ」
「そうは見えないけど」
「昨日まで何の話もなかった石が、俺たちが来た途端に見つかったんだぞ」
総一はようやくモネへ顔を向けた。
「ちょっと出来すぎてないか?」
シンの表情が引き締まる。
「罠だと思っているんですか?」
「そこまでは分からん。ただ、都合のいい話をそのまま信じるほど素直じゃない」
「総一は女性の誘いなら、すぐについてきそうだけど」
「それは話が別だ」
即答すると、サリーが小さく笑った。
「でも、モネさんが誘ったから今日も来たんですよね?」
「もちろん」
「石でしょう?」
「もちろん」
総一が二度頷く。
モネは呆れたように息を吐いた。
「便利な性格ね」
◇
南採掘場へ到着すると、総一は馬車から降りる前に周囲を見渡した。
西採掘場とはまるで違う。
坑道から鉱夫たちが次々と出入りし、掘り出された石を積んだ荷車が行き交っている。金槌の音や男たちの掛け声も聞こえてきた。
ブラックゴーレムの姿などどこにもない。
「普通に採掘していますね」
サリーが辺りを見回す。
「平和なのはいいことだ」
総一は馬車から降りた。
「石があればもっといいけどな」
モネは顔見知りらしい採掘場の責任者を見つけ、片手を上げた。
「久しぶり」
「モネさんじゃないか」
日に焼けた中年の男が笑顔を見せる。
「今日は仕入れか?」
「それもあるんだけど、ちょっと聞きたいことがあるの」
モネは坑道へ目を向けた。
「昨日、ここで珍しい透明な石が出なかった?」
責任者が眉を寄せる。
「透明な石?」
「水みたいに透き通ってるって聞いたんだけど」
「いや、知らないな」
「本当に?」
「そんな珍しい石が出たら、まず俺のところに報告が来るよ」
モネの表情が変わった。
総一が一歩前へ出る。
「昨日の採掘記録は残ってる?」
「あるが……あんたは?」
「総一。ちょっと珍しい石を探してる」
責任者は不思議そうにしながらも、詰所から帳簿を持ってきた。
昨日採れた石が細かく記録されている。
透明度の高い宝石はいくつかあった。
しかしモネが聞いたような、特別な透明石の記録は一つもない。
「噂だけだったんでしょうか」
シンが帳簿を覗き込む。
「その可能性が高いな」
総一は帳簿を閉じた。
驚きはなかった。
むしろ胸の中にあった違和感が、少し形になった。
「モネ。その話、誰から聞いた?」
◇
ビジュールへ戻ると、総一たちはすぐに噂の出どころを辿り始めた。
最初はモネの知り合いの宝石商。
そこから別の商人。
さらに東地区の仲買人。
そしてようやく辿り着いたのが、一人の旅商人だった。
「そいつから聞いたよ」
仲買人が言う。
「南採掘場で、とんでもなく透明な石が出たってな」
「どんな男?」
「四十くらいだったかな。茶色い髪で、髭を生やしてた」
「名前は?」
「聞いてない」
「泊まってる宿は?」
「そこまでは知らんよ」
店を出ると、モネが総一を見る。
「どうする?」
「そいつを探してみる」
「見つかると思う?」
「さあな。でも、いないと決めつけるよりはマシだろ」
「こういうこと、慣れてるのね」
総一は肩をすくめた。
「昔の仕事柄な」
「何してたの?」
「人を探したり、誰かの秘密を調べたり」
モネが少し考える。
「変な仕事」
「俺もそう思う」
だが、旅商人は見つからなかった。
主要な宿を回り、商業ギルドでも確認した。
それらしい人物がビジュールで商売をした記録もない。
総一は商業ギルドを出たところで足を止めた。
「やっぱり変だな」
「何がです?」
シンが尋ねる。
「商人なのに何も残ってない。しかも、たった一人が話したにしては噂が広がるのが早すぎる」
モネが腕を組む。
「誰かがわざと広めた?」
「可能性はある」
「でも、何のために?」
「俺たちを南採掘場へ行かせるため……だったりしてな」
シンが息を呑んだ。
「僕たちが狙われている?」
「まだ分からんよ」
総一は歩き出した。
ただ、一つだけ確かなことがある。
誰かが意図的にこの噂を流したのなら、自分たちが透明な石を探していることを知られている可能性がある。
◇
山中のアジト。
ベルガの前に、一人の魔族が跪いていた。
「南採掘場へ向かいました」
「反応は?」
「石が存在しないと分かったあと、噂の出どころを調べています」
ベルガの太い指が止まった。
「噂を?」
「はい。特に例の男が」
「最初から疑っていたか」
「その可能性が高いかと」
ベルガは黙り込んだ。
ブラックゴーレムを素手で破壊する力。
それだけでも警戒する理由としては十分だった。
だが、どうやら力だけの男でもない。
「面倒な奴だな」
「排除しますか?」
「まだいい」
ベルガは椅子へ深く身体を預けた。
「奴らは透明な石という言葉に反応した。それが分かっただけで十分だ」
何を探しているのか。
どこまで知っているのか。
もう少し調べる必要がある。
「監視を続けろ。ただし近づきすぎるな」
「承知しました」
◇
夕方。
総一とモネは宝石店の並ぶ通りを歩いていた。
結局、旅商人の正体は分からないままだった。
「今日は空振りだったわね」
「そうでもないさ」
「何か分かった?」
「誰かが俺たちを見てるかもしれない」
「怖いことを普通に言わないでよ」
「美人と歩いてるから、男どもに睨まれてるだけかもしれんぞ」
「それなら総一だけ置いて帰るわ」
「それは困る」
そんな話をしていた時だった。
「モネ!」
店先から声が飛んできた。
顔見知りらしい宝石商が手招きしている。
「ちょうどよかった。透明な石、持ってないか?」
モネの足が止まった。
「また?」
「またって?」
総一が反応する。
「最近多いのよ。透明な宝石を探してる人」
宝石商も頷いた。
「うちにも何人か来たよ」
総一は店主へ向き直る。
「買い手は何て言ってる?」
「透明度が高ければいいらしい。多少傷があっても構わないし、相場より高くても買うってさ」
「同じ客?」
「いや、毎回違う。若い男もいたし、年寄りもいた。金持ちそうな女も来たな」
総一の目が細くなる。
モネも何か考えながら店内の宝石へ目を向けた。
「最近になって急に?」
「何人も来るようになったのは最近だな」
店主はそこで言葉を切った。
「ただ、透明な石を探してる奴自体は前からいるぞ」
総一が顔を上げる。
「前から?」
「半年くらいかな」
「半年……」
「今みたいに片っ端から買っていく感じじゃない。時々、使いの者が来て、透明度の高い石が入ってないか聞いていくんだ」
「本人は?」
「見たことないな」
総一はモネを見る。
「知ってた?」
「そんな人がいるって話くらいは。でも最近の買い占めと同じだと思ってた」
「俺も今聞いた限りじゃ、同じに見える」
総一はそう言ってから、少し考えた。
半年ほど前から、透明な石だけを定期的に探している何者か。
そして最近になって、年齢も性別も違う複数の人間が、値段を気にせず透明な石を買い集め始めた。
同じ目的なのか。
それとも。
「店主」
「なんだ?」
「半年前から来てる使いと、最近の客。同じ奴が来たことは?」
店主はしばらく記憶を探り、やがて首を横に振った。
「いや。たぶん一度もない」
総一の口元から笑みが消えた。
西と北の採掘場を襲ったブラックゴーレム。
市場から消え始めた透明な宝石。
意図的に流された可能性のある偽の噂。
それだけでも十分ややこしい。
だが、どうやらもう一本、別の線がある。
「総一?」
モネが顔を覗き込む。
総一は夕暮れの宝石街を見渡した。
「透明な石を探してる奴……一人じゃないかもしれないな」
その言葉に、モネの表情が変わった。
総一たちがビジュールへ来るよりずっと前から。
そして、最近の異変が始まるよりも前から。
何者かがすでに、同じ石を探していた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
期待して向かった南採掘場でしたが、透明な石の話そのものが怪しいものになってきました。
さらに、今回新しく分かったのが「半年前から透明な石を探している何者か」の存在。
最近になって石を買い集めている者たちとは、どうやら少し様子が違います。
同じ透明な石を巡って、いくつの思惑が動いているのか。
総一も少しずつ、その違和感に気づき始めました。
次回もよろしくお願いします!




